The Last Supper-人生最期の豆腐-(中編)
ー前回のあらすじー
豆腐を食ったら、主人公が死にかける
空からいきなり現れたオキクロンは、背中の黒と白の一対の双剣を手にすると、その双剣を振るう。
左手に持つ黒の剣を振るうと黒い斬撃が、右手に持つ白の剣を振るうと白い斬撃が、それぞれ放った剣の色と同じ色の斬撃の線がユカリに向かって、真正面から向かってくる。
「邪魔ですっ!」
ユカリは真龍形態となって翼を出すと、そのまま斬撃が届かない空まで飛ぶ。
オキクロンが放った二色の斬撃の線は飛んでいるユカリの下を真っすぐ飛んでいき、そして----
「きゃっ……!」
‐‐‐‐真後ろから飛んできた、"3本目の"斬撃の線が、ユカリを斬る。
斬撃の線に当たると共に、ユカリはふらふらと地面へと落ちる。
「‐‐‐‐むっ、今の攻撃はどこから……」
一方、ユカリとオキクロンの戦いを後ろから見ていたフレアリオンは、どこから3本目の斬撃が飛んできたのか、まったく分からなかった。
オキクロンが双剣から放った二色の斬撃の線はしっかりと見ていたのに、ユカリに当たった3本目の斬撃は、どこから飛んできたのか。それが全く分からないのだ。
エクレルは倒れているスバルの心配も、オキクロンに襲われている他の2人も心配しなくてはならない。
どうすれば良いのか、エクレルは困ってアタフタしていた。
「"分からない"、"どこから来たんだ"って考えてるよね?」
剣をしまい、オキクロンはそう尋ねる。余裕そうに、楽しそうに。
「どうやったって、行動を先読みして、予め斬撃を放っていただけ。なに我は、あなた方の思考を読める。
それが我が母たるマフデルタ様からいただきし、心を読む"覚"の力なのだから」
オキクロンはくるりと一回転すると、背中に翼が現れる。
背中から出したのは翼と言うよりかは、なにかの機械のような、プロペラのようなモノであったが。
「一つだけ、優しくて、君達を愛する我からすっごく良い事を教えておこう。
キヌゴーシュの豆腐を食べると、おおよそ24時間で安楽的な極楽浄土へと旅立つ。そして----しばらく、彼女は我らのアジト、君たちが来れない場所へと連れて行く」
ニヤリと、"すっごく良い事"と言うオキクロンではあったが、フレアリオン達は気づいていた。
彼女は良い事を言いに来たのではなく、ただ、絶望させたかっただけなのだと。
「精々、仲良くしておいてよ。
24時間と言う、最期の別れを迎えるまでの時間を」
☆
‐‐‐‐そうして、最初の夕方の時まで話は戻る。
キヌゴーシュの豆腐を食べさせられたスバルは優しく、心穏やかに眠り続ける。そして、残された時間のことを知っているエクレルとユカリはただただスバルの事を心配していた。
「‐‐‐そうか、分かった」
ポチッと、慣れた手つきでスマホの電源を落としていた。
ちなみにこの龍達、3人の中で携帯を使いこなせているのは、フレアリオンだけである。
ユカリは使える事は使えるのだが、話していると口調が常に丁寧口調。しかも敬語で。
その癖、相手が冗談を言ったら、その丁寧な口調で延々と話し続けるのだ。「何故、冗談を言うのか」とか、「こんな時に言うべきことですか?」とか。
ユカリの性格をきちんと理解しているとか、それから丁寧な付き合いを望む者ならば、それでも良いのかもしれないが。
そして、エクレルは----そもそも、使えない。
雷を扱う雷龍だからなのかは分からないが、彼女が携帯を使おうとすると、100%、壊れる。
その分、何故かコンピューターに関しては、彼女は異常に強く、株取引なども彼女の力があって、稼げたのだけれども。
ともかく、この3人の中で携帯を使いこなせているフレアリオンは、ダットンの家に電話をかけていた。
電話をしたいのはダットンではなく、彼の家に居候しているリチャードに用があったのだ。
「残念ながら、リチャード・ラフバラーが持っているドラゴン発見装置に、キヌゴーシュと思われるドラゴンの反応はなかった。範囲は広めにしてもらったが、あのオキクロンが言っていた事は確かなようだ。
……それと、スバル・フォーデンの病態も、恐らくは言っていた通りに、明日の昼頃には、だ」
オキクロンが言っていたことを信じていない訳ではなかった、あの状況で嘘を言う必要はどこにもなかったから。
だとしても、嘘だと思いたかったというのもあるのだが。
「……スバル・フォーデンと同じように、キヌゴーシュの豆腐を食べた者達はおよそ58名。暑かったせいもあって、ほとんどが食べてしまったようだ。彼らも安らかな形で、病院で入院しているが、同じように、だな」
今の状況について冷静に分析していたフレアリオンの言葉に、ユカリが吠える。
「そんな事よりっ! 今は、スバルくんの事をどうにかしませんと!」
と、ユカリはスバルの顔を見つつ、「大丈夫? 大丈夫かな」と言いつつ、冷静に対応しているフレアリオンを睨みつけていた。
「……"そんな事"、か」
フレアリオンは、ユカリの言葉を再度言いつつ、彼女を見ていた。
ユカリも言ってしまった後、まずいことを言ってしまったと気付いたようだが、もう遅かった。
「確かに、スバル・フォーデンは救わなければならない。そう、救わなければならないんだ。
しかし、だからと言って、他の者を疎かにしてはならない。それがマヌス、それこそがマヌスという組織だ」
それは、マヌスの目的は、誰よりも理解していた。
その言葉を、本気で叶えようとしているマグノリアに共感して、この組織に入ったのだから。
「そんな事、分かってますって!」
けれども、それをフレアリオンに指摘されたのが、ユカリは悲しかったのである。
ユカリは「フレアリオンの馬鹿っ!」と吐き捨てると、まるで振られた女の子のように涙目で玄関へと走っていく。
そしてガチャリっと、玄関の扉を開けると----
「‐‐‐‐おぉ、ユカリじゃないか! ちょうど、良い! お前に会いたかったんだ!
なぁ、ユカリ! 俺と一緒に買い物に行かないか!」
「えぇ、是非とも!」
いつもだったら絶対に一緒に出掛けないであろう、ダットンと一緒に買い物に出かける事になったのだった。
☆
「‐‐‐‐さぁ、と言う訳で始まりました! みんな大好きな、ダットン・フォーデンの料理教室の時間が参りましたぁ!」
「イェ~イ! パチパチっ!」と、ダットンは拍手をしてお祭りムード。
「ではまず、早速、材料の紹介を----」
「‐‐‐‐って、なんでいきなり、料理教室になってるんですか!」
ユカリはダットンのいきなりすぎる料理教室に、ツッコミを入れていた。
あの家の外でユカリはダットンと出会い、そのまま流れるような形でスーパーの買い物へと付き合わされた。
初めはただの憂さ晴らしだった。フレアリオンの、明日の昼にはいなくなっているダットンのそばにいるのは、今はただ止めたかった。
正直なところ、ユカリにとってダットンはあまり良い印象はないし、それでもあの場にいるよりかはマシかと思ったのだ。
そして2人で、スーパーにて材料を買った。出来る限りお金と相談しながらも、良い商品を探し求めていて、その時から、なんとなく嫌な感じはしていたのだが。
とにかくあれやこれやと、彼に流されるような形でいて----気付いたら彼の家で、料理教室となっていたわけだ。
「(‐‐‐‐うん! 考え直しても、やっぱり! さっぱり! 分かりませんよ!)」
それもそうなんだが、ダットンが用意した食材も、やっぱり変だった。
チーズに、キャベツに、トマトに、アボカド。ツナの缶詰めに、薄力粉に、オリーブオイル。
塩やマヨネーズなど色々な調味料に、そして----豆腐。
「‐‐‐‐なんで、今! 豆腐なんか!」
「豆腐なんかって言わないで欲しいぞ、ユカリ。豆腐は豆腐だとしても、これは絹ごし豆腐だ」
「いや、別にそんな所を訂正して欲しかったわけじゃないんですけど!」
----なんでだ、なんで今、豆腐なんだ!
ユカリには、豆腐のせいで苦しんでいる息子がいるにもかかわらず、豆腐を使って料理をしようとするこの男の事が分からなかった。
「じゃあ、ユカリ。俺はこっちで生地を作ってるから、そっちはチーズと野菜を使ってサラダを----」
「ちょっと待ってくださいっ!」
と、フライパン片手に作業を勝手に進めようとするダットンを、ユカリは大きな声で止めていた。
買い物で溜まっていたもやもや、流石にここまでは我慢できなかったみたいである。
「ダットンさん! あなたの息子、スバルくんが今、どうなってるのか! ちゃんと分かってるんですかっ!」
ダットンは、知っていると言わんばかりに、こくりと頷いていた。
「リチャードに聞いているから分かってるさ、マイサンが敵の攻撃のせいで余命僅か、って事だろう?
----そんな事より、早くサラダ作りしてくれない? 野菜とか、やっぱり鮮度が大事だと思うんだ」
「鮮度っ?! 息子が死ぬ間際よりも、野菜の鮮度?!」
信じられないと、ユカリは椅子に座って頭を抱えていた。
「……なんで、あなたがマグノリアさんと夫婦になれたのかが、未だに信じられません。
マグノリアさんは偉大で、崇高で、慈悲深いお方でした! それなのに、なんであなたは、息子が死ぬようなときに限って、豆腐料理をっ!」
ガシッと、説教をしているユカリの首根っこを、ダットンが絞めるくらいにギッシリと掴んでいた。
そうやって絞めているダットンの顔は、今までユカリが見てきたどんな顔よりも真剣そうで、それだからユカリはちょっぴりびっくりしていた。今までのダットンとは、違うみたいだから。
「……あのな、ユカリ。この世のどこに、1人息子を心配しない父親がいるって言うんだよ。
リチャードとの電話で事情を理解した時、俺はものすっごい驚いたんだからな!」
「だっ、だったらっ! 父親として、やることがあるでしょうが!」
ユカリは、ダットンに提示していく。
自分が思い描く、父親として息子にしてあげるべき事。
‐‐‐‐彼の隣で、手を握る。
「そんな事しても、起きんだろ?」
‐‐‐‐今までの行為で、スバルに謝らないといけないことを話す。
「俺とマイサンの間に、そんな事はないからな~」
‐‐‐‐マグノリアとの思い出話を語る。
「それ、お前が聞きたいだけじゃね?」
ほかにも色々と話すんだけれども、ダットンはその全てに意味がないだとか、心当たりがないだとか、正論を語っていた。
「それよりもさ、ユカリ。そういう嫌な事より、良い事を考えようぜ?」
「良い事……って、どういうことですか? ダットンくん?」
「良い事は、そりゃあ良い事だぜ。楽しい気持ちになれることをさ。
マイサンとの別れを惜しむよりかは、マイサンを死なせない方法を模索しようぜ?」
「どうすれば死なないかって……無駄ですよ、スバルくんは」
もし仮に毒だったり、あるいは呪いだったりならば、まだ対処方法もあった。
例えば毒だったら解毒剤を探して、呪いだったら解呪方法を探して。
けれども、スバルくんを始めとしたキヌゴーシュにかけられたのは、"美食"と言う名の結果である。
美味しすぎて。だからこそ、もうこの世に未練がないとして、ゆっくりと安楽死に近付いている。
そんなの、どうすることもできないじゃない----だからこそ、ユカリは諦めているのだ。
「‐‐‐‐いや、俺は諦めないぜ」
しかし、ダットンはまだ諦めていないようである。
「フレアリオンの電話だと、マイサンは美味しすぎる豆腐を食ったせいで死にかけてるんだろ? "こんなおいしい豆腐を食べられたんだ、もう思い残すことはない"的な」
「……えぇ、毒や呪いなどは一切見られず」
「だったら、話はすっごい簡単だ。
‐‐‐‐"その豆腐より美味しいのを、作れば良い"。それだけだろ?」
ダットンはテキパキと、料理を作り始めていく。
絹ごし豆腐に塩、オリーブオイルの3つをボウルに入れて、泡だて器を使ってくるくると混ぜていく。
「俺はな、マグノリアを失っている。それは変わらん。
だが、まだマイサンは救えるんだ。だったら人間の俺に出来る事があるんだったら、たとえ1パーセント以下だとしても、やってやる。
それが、父親ってもんだろ。息子がドラゴンだとか、ハーフドラゴンだとか関係なくよ」
混ぜた材料の上に水を加えて、上からふるい入れた薄力粉をしっかりと混ぜ込みつつ、言いたいことは言ったとばかりに、ダットンは作り続ける。
それで息子が100パーセント助かるかどうかは分からなくても、可能性があることを信じて。
「あの豆腐自慢のリュウシントを越える……すっごい、美味しい料理……」
ダットンの言葉を心に刻み込むように、ユカリは小さな声で口ずさんでいた。
確かに失礼ながら、ダットンの言う通りである。
‐‐‐‐美味しすぎる最高級の豆腐のせいで、現世に未練をなくしてしまったのならば、それよりも美味しい料理を作れば良い。
分かりやすいが、ダットンの説明は理屈に合っている。
「(なんだ、ダットンってけっこう、良い奴だったんですね)」
少しダットンの評価を上げつつ、ユカリは料理の手伝いを、サラダ作りを始める。
そういう事だったら、ユカリにとっては簡単な話だ。
なにせ、あの3人の中では料理が一番得意なのは、ユカリなのだから。
「よしっ! そうと決まったら手伝いちゃいますよ! サラダでしたっけ!」
ユカリは、食べやすいようにアボカドを薄く切っていく。
「おっ、手つき良いな」
「当たり前ですよ! あの家の家事は全部、この私が引き受けてるんですからね!
……あれ? 手つきが良い? ダットンさん、私が家事が得意だって知らなかったんですか?」
「まぁ、な。マイサンからそーいうのは、聞いてないからな。アイツも一々話さんだろうし」
まぁ、父親に対して、ユカリが家事が得意だって事を、報告するような人ではない。
ユカリの中でも、スバルはそういう感じだろうと納得したが、だとしたら、なんでダットンは玄関から出たユカリを見て、「お前に会いたかったんだ!」と言ったんだろう。
ユカリはどうしても、まだ何を作るかを聞いていないという事よりも、気になってしまう。
「えっと、ダットンさん? 私が家事が得意だと知らなかったのに、どうして私に会いたかったって言ったんですか?」
「えっ? そんなの、簡単な事だろうが」
ダットンはボウルを置いて、びしっと、ユカリを指さす。
「そんな立派な"胸"を持ってるんだから、料理上手に決まってんじゃねぇか!」
ユカリは無言で、ダットンにツナの缶詰めを投げつけた。
【Tips】
〇妖怪/覚
…人間の思考を読み取る妖怪と言われており、多くの場合は読み取った思考で、ちょっとした意地悪をする程度だとされている
だが"覚"を思わせるオキクロンは読み取った思考で攻撃を避けつつ、人の精神を邪悪に揺さぶる




