Welcome to My House. ーようこそ、地球へ!ー(前編)
引き続き、読んでくださり、ありがとうございます
今回のお話もよろしくお願いします
自分が普通の人間だなんて思ったことはないんだけれども、それでも僕、中学3年生である【スバル・フォーデン】はこう言いたい。
‐‐‐‐僕は、普通の人間でありたい。
☆
僕が、何故、普通の人間に憧れるのか。
それは家族の問題が、大きく関わってくる。
僕には、母親が居ない。
死んだのではなく、少し長めの旅に出たのだと、父は断固としてそう言うが、生まれてから写真一枚たりとて見たことがないため、父なりの見栄、だと僕は思っている。
僕には、ちっとも尊敬できない父が居る。
頭に【売れない】という言葉がつく、ギタリストである父は、細々とではあるが、キッチンカー式のパンケーキで生計を辛うじて立てている、などという状況である。
行き当たりばったりで、未だにミュージシャンで一発当てていることを夢見る、バカな父と一緒に10年も過ごしてきたのだ。
そりゃあもう、普通に憧れるしかない。
普通の家族は母親が家で美味しいご飯を作ってくれて、父親は立派な会社に勤めている。
贅沢な夢と笑う人間も居るかもしれないが、僕が憧れているのはそういう生活だ。
母が愛想を尽かせて出て行ったりしないし、父はちっとも上手くないギターにさっさと見切りを付けるし。
そんなのはもう、コリゴリだ。
父に愛想を尽かせて母と同じように出ていきたかったが、子供の僕なんかで行ける範囲は限られている。
精々、街のおじいちゃん、おばあちゃん達に可愛がられながら、父のような夢を見ない、現実的な『大人』のなり方を学ぶことしか出来ない。
こう言ってはなんだが、僕は我慢強いタイプだ。
普通だったらこんなちゃらぽらんな父なんて、毎年の自身の誕生日に、生まれた感動と共に増える憎たらしさで5回くらい殴り倒しているに違いない。
けれども我慢強い僕は、そんな事はしない。精々、3回くらいだ。
この珍しくも新しくもない、湖の側にひっそりと隠れ住むように作られた【レイク・ラックタウン】に住むことも。
家が街はずれの、裏の森の中に建てられていることも。
そしてその家が、近所の子供達に『おばけ屋敷』だなんて呼ばれていることも。
そういうのも我慢して、住み続けてるんだもの。
近所の子供達も「おい、どういう事だ、こらぁっ!」と恫喝するだけで殴らないんだもの。
十分、我慢強いでしょ?
まぁ、最近はそういうのも面倒なので、耳にヘッドフォンを付けて聞こえないふりをしてるけど。
それはともかく、そんな我慢強い僕にだって、我慢の限度がある。
「おい、我が息子! 愛しい、愛しいマイサン! どこにいるんだーい!」
「うるさいよ、父さん……」
「おぉっ! そこに居たのか、愛しいマイサンよ!」
その日は、ようやく鬱陶しいくらいの桜が完全に散った、ある5月の昼下がり。
まだ外は寒さが厳しいながらも、緑がちょっぴり色づき始めた今日この頃。
僕は家で、ゆっくりしてたんだ。そりゃあもう、休みの日と言うのを精いっぱいエンジョイしてたんだ。
それなのに急に出て来て、むぎゅーっと抱き着き、ヒゲでジョリジョリっと気持ち悪い頬ずりをしてくるこのおっさんこそ、僕の父‐‐‐‐【ダットン・フォーデン】その人である。
"マイサン"って言うと、"舞さん"みたいな言い方に聞こえるから止めて欲しいのだけれども、中学3年生になっても止めてくれないし、この無駄に暑苦しくて気持ち悪い頬ずりも未だに続けてくる。
未だに気持ち悪すぎる愛情表現を続けてくる40近いおっさん、それが僕の親父である。
「痛い、痛い。父さん……」
「何を言うんだ、マイサン! 息子への愛を見せるのは、父としての義務だ! マイサン、それくらいもう分かってくれ! 俺達は2人きりの家族なんだからな!」
「家族でも痛いものは痛い……」
「ハッハハ! 愛ってのは、時に痛いんだぞ! マイサン!」
「だったら、愛なんて分からなくて良いよ……」
痛いって言っているのに、ひげジョリジョリをし続けているんだ。
本当にイヤだ、やっぱりイヤだ。この親父は。
「まっ、"2人きりの家族ってのも今日まで"、だが、なっ!」
「‐‐‐‐えっ? どゆこと?」
なに、その2人きりの家族がこれまでって?
親父、借金とかして、捕まんの? 警察の御厄介にでもなるつもりなの?
「実はな、今日から3人ばかり家族が増えるんだ! 嬉しいだろう、マイサンよ!」
「家族……? 結婚するの?」
「家族が増えるが結婚ではないんだ、マイサン! ただマイファミリーが3人増える! しかも魅力的な女の子が3人もだぞ! 年頃の男としては嬉しいだろう、マイサン!」
「3人とも、女子? うちの家計で3人も女性なんて養えないだろう?」
父の微妙すぎるパンケーキなクッキングカーの稼ぎでは、男2人だとしてもけっこう厳しい物があると言うのに。
「それに付いては問題ないぞ、マイサン! なにせ相手は3人ともいい子で、その上、金持ちだから! 俺の稼ぎなんてなくても、十分、生活できる! 問題ないだろう、マイサン!」
「……そんな人がなんで父さんと、結婚を?」
「結婚じゃないっ、マイファミリーが増えるんだ! 間違ってはいけないぜ、マイサン!」
「……本当に意味が分からない、父さん。いつもの倍以上、意味が分からない」
話にならない。意味が分からない。
これ以上話していても、埒が明かない。
僕はそう思い、どっこいしょと席を立ちあがって、玄関の方に歩いていく。
「おい、マイサン! どこに行くつもりだ、もうすぐお前の家族と会うんだぞ! それなのにどこに行くつもりだ!」
「知らないよ、今更新しい家族だなんて言われても、ちっとも納得できないよ。俺はもう、街の喫茶店の方に行ってるから、父さんだけで会っといてよ。それじゃあね」
僕はそう言って、父さんを置いて外へ出て行った。
----今更、なんで増えるんだよ? 家族が?
「……だから母さんに、愛想着かされるんだ。父さん」
☆
レイク・ラックタウンは、既に落ち目の観光街である。
一応、街として成り立つレベルで産業はあるし、シャッター商店街もそこそこ活気づいているには居るけれども、それでも僕にとってはただ落ち目の観光街にしか見えない。
いつ潰れるかも分からない貸しボート屋を横目に見つつ、この街で一番長くやっている喫茶店ア・ムールで時間を潰そう。
そんな事を考えながら、遠くの方で子供の声が聞こえる街の中を歩いていく。
「平和、ってか……なんて言うか……」
「閑散としてる、って奴だよねぇ~」
「そうそう、それそれ……」
って、僕は誰と話してるんだ?
クルッと振り返り、むぎゅっと頬を両手で掴まれる。
「やっとこっち、向いてくれたね」
柔らかい女の子の手の感触と共に、ニコリと笑う彼女の顔に僕の目が釘付けになる。
「(見た事のない女の人だ)」
彼女は大学生くらいの、中学生な僕からして見れば大人な感じの、可愛らしい女性だった。
ほんのり緩めのウェーブがかかった黄緑色の髪に、自然の緑を思わせる水晶のような瞳。すらっと足までしなやかに伸びている、出来る大人みたいな感じの、そういう女性。
「いやぁ、話しかけようと思ったんだけど、黙ってトボトボ行っちゃうし、話しかけづらかったよ」
そう言ってごまかすように笑う彼女は、子供の僕の目から見ても綺麗だった。
‐‐‐‐ただ、胸はぺったんこだったけど。
「あなたはこの街の人? この街、人が少なくて困っちゃって」
ニコリと笑う彼女は、大人みたいですっごく美しかった。
‐‐‐‐ただ、胸はまったいらだったけど。
「それで、君の名前は?」
「あっ、えっと‐‐‐‐」
いけない、いけない、と僕は慌てて首を振って邪念を消す。
こんな事を考えていては彼女に失礼だと思って、僕は彼女に丁寧な口調で話しかける。
「‐‐‐‐僕の名前は、スバル。この丘の上にある屋敷に住んでるんだけど」
「スバルくん⁈ スバル・フォーデンくん⁈」
カッ、といきなり目を見開いて、僕の顔に滲み寄ってくるまったいらな彼女。
僕の頬を両手で挟み込んで、なにかを確認するかのように彼女は、僕の身体の隅々まで目を皿のようにして見てくる。
「まさか、本当にスバルくん⁈ けれども龍の証がどこにも‐‐‐‐」
「あの、もう良いですか?」
あまりにも念入りにしつこく触ってくるので、ちょっぴり僕も不満げにそう答えていた。
そう答えると平たい彼女は「もう少しだけっ!」と、なおも食い下がる。
「分かりやすい所にはない、となると怪しいのは‐‐‐‐」
そして、彼女はなんと、僕のヘッドフォンにまで手を伸ばしてきた。
(‐‐‐‐やばいっ!)
ヘッドフォンは、ヤバい。
他も良いとは言えないけれども、ヘッドフォンはヤバいっ!
「あの、僕はそろそろ‐‐‐‐」
そう言って逃げようとした、その時だった。
----キィィィンっ!
聞いたことのない、なにかをムリヤリこじ開けたような音が聞こえてきたのは。
「‐‐‐‐危ないっ!」
平たい彼女は僕の頭をガシッと掴むと、そのまま僕を地面に強制的に伏せさせた。
そして僕の頭上を、なにかがすーっと飛んで行って、そのまま僕の後ろの方で、大きな音と共になにかが爆発する。
それと同時に、僕の後ろで多くの音が鳴り響く。
なにかが爆発する音。
燃える音。
多くの人が逃げまどう音。怒るような声、泣く声、混乱して戸惑う声。
様々な音が入り交ざり、僕の耳へ雪崩のように勢いよく流れ込んでくる。
「~~~っ!」
あまりのうるささに、僕はヘッドフォン越しに耳を押さえて‐‐‐‐押さえて?
「(ヤバい、ヘッドフォンが取れてる?!)」
「あなた、その耳‐‐‐‐」
ぺたんこ胸な彼女が僕の耳に、なにか言おうとしたその前に、僕は慌てて、落ちていたヘッドフォンを拾い上げて逃げるように走り出していた。
「ちょっと、君っ!」
彼女の言葉は、聞きたくない。
彼女が僕の耳を見て、なにを思ったかなんて明らかだから。
‐‐‐‐僕の耳が爬虫類のような穴状の耳、明らかに人間の耳ではないモノを見た。
それに対して、彼女がなにを言うかだなんて、文字通り聞かなくてもいい事だ。
☆
僕が自身の変化に気付いたのは、幼稚園の時。
皆がわいわいガヤガヤ遊ぶ中、砂場で1人寂しく遊んでいたら、耳が少し伸びた。
馬鹿げた事を言っていると自身でも思うが、文字通り伸びたのだ。
昼に伸びたと思っていた耳が、夕方には今のような爬虫類を思わせる耳になっていた。
‐‐‐‐気色悪い。
聞きたくないような音まで、この気味の悪い耳は拾って聞かせてくる。
----化け物。
----変な耳。
----気持ち悪い。
父に相談するも、「良い形だな、マイサン!」などと言って取り合ってくれない。
病院に一緒に連れて行ってくれたが、結果は"異常はなし"。明らかに異常事態なのに。
それ以降だ、フードを被ったり、ヘッドフォンをしたりして、この耳を隠すようになったのは。
「はぁはぁはぁ……」
僕は、がむしゃらに走った。
自分がかいている汗で気持ち悪くなるくらい、背中がべったりとへばりつくくらい、僕はひたすら走ってきた。
燃えるような音と困惑する人達の声など、出来る限りうるさくない方向に走ってきた。
周囲に人影はまったくないが、僕のこの異常な耳には音がいまだに聞こえてくる。
「早く、早くヘッドフォンをしないと……」
ゆっくりとヘッドフォンを耳にして、それで僕の耳から無駄な音声が消える。
最も、まだまだ聞こえるし、完全にシャットダウン出来た訳ではないけれども、それでもないよりかはマシである。
するとしないでは、聞こえる音にも大きく違いがある。
‐‐‐‐このヘッドフォンを耳にしていると、この変な耳を見られていないという安心感もあるし。
「……ふぅ、これで一安心、かな?」
しかし、なんだったんだ。一体。
あの胸が真っ平な女の人もそうだけど、なにかが爆発したようなあの音も。
なにか僕が思いもしないような事が起きているのは間違いないのだが、それがなにかは分からない。
そもそも、僕はこの耳以外はごく普通の人間に過ぎない。そんな僕なんかが、なにが出来るというのだ。
ただ、他の人達と同じように逃げまどうだけ。僕が出来るのはそれくらいだ。
「(あの女の人は僕の名前に反応していた。それになにか身体を探っていたし……。
いったい、なんなんだ? あの人は?)」
まぁ、もう会うこともないでしょう。
‐‐‐‐と言うより、あの父から逃げるために出てきたのに、なんでこんな目にあうんだ。
「まったく……あの父がいきなり3人も家族が増えるだなんて言わなければ、こんなところに来る事もなかったのに」
そう、それで普通に家でゆっくり出来たのに。
特に予定もなく、ただゆっくりのんびり出来たのに。
あの家では、あの破天荒な父のいる家では、そういう時間こそ、一番重要なのだから。
「‐‐‐‐で、あなた達は誰ですか?」
僕は後ろからゆっくり近づいてきた、3人の女性達にそう尋ねる。
【Tips】
〇レイク・ラックタウン
…一昔前はそれなりに有名な観光地であったが、今では落ち目の寂れた場所
人はそれなりにいるし、観光客もいるけれども、徐々に少なくなっている




