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「汝ハロルド・カーライルは、この者を妻とし、生涯彼女のために貞節を守りお互いに癒しを与え合い……」
神父の朗々とした言葉を神妙な面持ちで聞いているのは、ハロルド・カーライル卿。この結婚をもって、父の跡を継ぎカーライル公爵となる。二十六歳の、若き青年貴族だ。甘い顔立ちと、無駄な肉のついていないすらりとしたその体躯は、凛とした清々しさを持つ。
ただし、その左頬だけがなぜか赤くなっていることを、参列者は口にはしないが不思議な目で見ていた。
「誓います」
「よろしい。では、ベアトリス・リンドグレーン。汝はこの者を夫とし……」
光を受けて真っ白に輝くドレスは、ふわりと軽く彼女の体を包んでいた。ベールで隠した顔をわずかにうつむけ、楚々としてハロルドの隣に立っている。
「誓います」
「よろしい。では、この婚姻に異議を申し立てる者は、今すぐに述べよ。言葉無き場合は、沈黙をもって承認とする」
白い衣装に身を包んだ二人が、視線を合わせて微笑む。
教会の一番後ろに立って、ローズは感無量でその姿を見つめていた。その目からは、はらはらと涙が零れ落ちている。
(お嬢様、お綺麗ですよ)
「あまり泣きすぎると、化粧が落ちるぞ。お前の素顔を誰かれなく勝手に見せるな」
そ、と低い声が降ってきて、ローズは潤んだままの目で隣を見上げた。そこには、正装をしたレオンが立っている。
館に戻ってきたあと密かにベアトリスと入れ替わり、昨日館に到着した伯爵夫妻たちに交ざって、ローズも本来の侍女という立場に戻った。今日は薄く化粧を施しているが、それはベアトリスに似せるためではない。
「人に見せるほどの顔でなくてすみません。どうせ私の顔なんて、誰も気にしてなんかいませんよ」
感激の涙をふきながら、ぷ、と頬を膨らませると、レオンは微かに笑った。
「美しいと言ったではないか」
「見間違ったのでしょう」
「あの時」
レオンが何かを思い出すように目を細める。
「ウェディングドレスを試着した時の顔は、本当のお前の顔だったのだな。俺は、あの姿のお前を美しいと思ったのだぞ? だから、その素顔を見せるのは、俺だけにしておけ」
レオンの言葉に、ローズは顔を真っ赤にして黙り込む。
あの祭りの日、ローズとベアトリスとハロルドの三人は、半狂乱でローズを探し回っていたレオンを捕まえてこっそりと館へと戻った。
そこで兄弟はあらためて感動(かどうかはわからないが)の再会を果たし、好き勝手放題だった兄は、弟にこっぴどく叱られることとなった。どれだけ文句を言っても珍しく気持ちの収まらないレオンだったが、ベアトリスが笑顔でハロルドの頬をひっぱたくのを見て即座に口を閉じた。
『わたくしまで騙していたのですね?』
あれほど恐ろしい女性の笑顔を、レオンもローズも見たことがない。
ベアトリスを妻に、と望んだのは、ハロルド本人だった。
時折気まぐれにパーティーに現れる彼女の性格をいち早く見抜いたハロルドは、ぜひ彼女を妻に欲しい、と伯爵家に申し込んだのだ。その理由が、彼女と一緒なら何かと楽しそうだから、というあたりは伏せておいて。
結婚が決まった後、ハロルドはいつもの気まぐれを起こして、ベアトリスの住む街へとこっそりと出かけた。彼女がどんな街で暮らしていたのか、見てみたかったのだ。
まさか深窓の令嬢であるベアトリスに会えるとは思ってなかったが、偶然、お忍びでベアトリスが街中へ出てきているところに出くわしてしまった。そして、ハロルドのことを知らないベアトリスに身分を隠したまま声をかけて、その後、二人はすっかり意気投合してしまったらしい。




