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身代わり令嬢に終わらない口づけを  作者: 和泉 利依
第五章 たった一度の口づけ

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- 9 -

(何やってるの! 何やってるのよ、私!)

 やみくもに走り続けるローズの腕が、いきなり横から強く引っ張られた。

「きゃっ!!」

 そのまま路地の陰に引っ張り込まれて口元を塞がれる。

(誰?!)

「ベアトリス!」

 もがこうとしたローズの前をレオンが走り抜けていって、ローズはとっさに固まった。姿の見えないローズの後を、レオンはわき目もふらずに追いかけていく。


「ふう。行ったかな?」

 すると、若い男の声がした。どうやら、その声の主がローズを羽交い絞めにしているらしい。

「あ、ごめんね。痛くない?」

 男があっさりと手を離したのでローズはあわてて振り返る。


(レオン、様……?)

 ローズは一瞬、薄闇に浮かんだその顔をレオンと見間違えてしまった。

(いやだ、私ったら。いくらレオン様で頭がいっぱいだからって)

 人の好さそうな青年だから、もしかしたらローズがレオンから逃げているものと思って助けてくれたのかもしれない。

「あの、私あの人から逃げていたわけでは……いえ、逃げてはいましたけど……ええと……」


「ローズ!」

 考え考え言ったローズの言葉の途中で、突然誰かが抱きついてきた。

「え……あ! ああっ!? ベアトリス様!!」

 にっこり笑ってローズに腕を廻しているのは、誰あろう、あれほどに探したベアトリス当人だった。


「お嬢様! やっぱり秋祭りに来ていたのですね! お探しいたしましたよ! 今まで一体どこに……!」

「だから言ったじゃない。駆け落ちだって」

 そう言ってベアトリスは、背後にいた先ほどの青年を振り返った。青年もその視線を受けてにこりと笑う。どうやら二人は知り合いだったらしい。


「駆け落ちって……あれ、冗談じゃなかったんですか?」

「私が冗談で駆け落ちなんかすると思って?」

 思った、とは言えない。ベアトリスなら、冗談で本当に駆け落ちくらいしかねないということを、ローズは自身の経験からよく知っていた。

 ベアトリスは、困ったように首をかしげる。


「でも、ごめんなさい。そのせいでローズが大変な目にあっていたのね」

「そ……そうなんです! よかった、みつかって。明後日はもう、お嬢様の結婚式ですよ!」

「困ったわねえ」

「困っているのはこっちですよ!」

 噛みつくようなローズの言葉に、ふう、とベアトリスはため息をついた。


「私さえいなくなれば、この結婚はなくなると思っていたの。でも、まさかお父様がローズをそのまま替え玉にしていたなんて知らなくって……迷惑をかけてしまったわね」

「もういいんですよ。だから、私と一緒にカーライル公爵のお屋敷に帰りましょう」

「でも、私この人と結婚すると決めてしまったの」

「うん、トリスは僕のものだ。誰にもあげないよ」

 ベアトリスの背後に立った青年は、愛し気に彼女を背中から抱きしめてその頭に口づけを落とす。その唇にくすぐったそうにベアトリスが笑う姿は、仲睦まじい恋人同士そのものだ。

 ローズは、ベアトリスが本当にこの青年に恋をしていることをその姿から察した。


 どこでどうしているかずっとベアトリスの身を心配していたが、幸せそうなその姿にローズはようやく安堵の息を漏らす。けれど、それですべての問題が解決したわけじゃない。

 複雑な顔になったローズに、ベアトリスはあっけらかんと言った。


「だからローズ、このままレオン様と結婚しちゃわない?」

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