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 その青年は、自分の見ているものが信じられなかった。


 彼の目の前で、妙齢の若い女性が中年の男と取っ組み合いのけんかをしていたのだ。場所は、大通りの真ん中にある雑貨屋の前。馬車も行き交う賑やかな通りに、やじうまの丸い輪ができている。

 その輪から少し外れたところには、店の親父らしい男が若いメイドと手に手をとってぽかんと口を開けてその光景をみていた。


 泥だらけになって男に飛びかかる女性を、青年も唖然として見つめる。金色の髪を振り乱し、スカートのすそをからげて、女性は男に噛みついた。

「いてててて、離せ!」

「っはっ! 離してあげたんだから、彼女に謝んなさいよ、下衆! 痴漢野郎!」

「ふざけんな、このアマァ!」


 男が手を振り上げたのを見た青年は、は、と我に返ってあわてて持っていた荷物を放り出すとその女性をかばうように止めに入る。

「やめろよ」

「なによあんた! 邪魔しないで!」

「え、君が言う? でも、放っとくわけには……」

 中年男も、まわりで見ていた人々が次々に止めに入った。次第にあたりに人が増えてくると、中年男もばつが悪くなったのか、捕まえていた人々の隙を見て脱兎のごとく逃げ出した。


「あ! こら待ちなさい!」

 それをさらに追いかけようとする女性を、青年はがしりと羽交い絞めにする。

「君こそ待てってば」

「なんなのよあんたさっきから! あんたのせいであいつ、逃げちゃったじゃない!」

「いいんだよ、それで。君みたいな女の子があんな奴に勝てるわけ……」

「爪と歯には自信があるの!」

 がー、と獣のように歯をむき出しにして振り返った女性に、青年はようやく手をはなして苦笑する。


「その綺麗な顔が傷つく前にあの男が逃げてくれてよかったよ」

「傷なんてへいちゃらよ。ああ、悔しい。もっと噛みついてやればよかった」

 ぱたぱたと自分の服のほこりを払いながら、その女性は歯噛みして言った。

「あの……」

 すると、先ほど雑貨屋の店主と一緒にいた若いメイドが声をかけてくる。その目には涙が浮かんでいた。


「怪我はなくて?」

 青年に向けていた敵意むき出しの態度ではなく、いきなり優しい表情になって振り向くと彼女はその女性に応えた。

「はい。ありがとうございました。でも、あなたが……」

「私はこれくらい平気。あの男は捕まえられなかったけど」

「とんでもありません。助けていただいただけで嬉しかったです」

 メイドは、潤んだ目で熱く女性を見つめている。女性は、にっこりと笑って言った。

「今度ああいう手合いに会ったら、遠慮なくまたぐら蹴り上げてさしあげなさい。家はどちら? 送りましょうか?」

「いいえ、そこまでご迷惑はかけられません。それに、ご主人様のお屋敷はすぐ近くだから大丈夫です」

「そう。気をつけて帰ってね」

「はい。本当に、ありがとうございました」

 そうして彼女は、何度も何度も振り返りながら去っていった。


「で?」

 その姿が見えなくなると、その女性はくるりと振り返る。女性の喧嘩をものめずらしそうに見物していたやじうまたちは、とっくにいなくなっていた。残ったのは、女性をとめた青年だけだ。

 放り投げた荷物を拾って埃を落としていた青年は、それが自分にかけられた声だと気づいて顔をあげる。


 振り向いた彼女は、埃だらけではあったが大きな目に白い肌をした美人だった。性格に似あわない地味な服装なのが、かえって彼の目には印象的に映る。

「私に何か用?」

 まっすぐに彼に向けられた瞳は、強い意志の光を宿していた。乱れた濃い金の髪が、さながら光のベールのように彼女を包む。

 青年は、その瞳から目が逸らせなくなった。

 

「いや、用というわけじゃ……」

 かすれた声でなんとか言葉を紡ぎだそうとするが、うまい言葉が出てこない。

「あ、そ。彼女も無事だったことだし、私を邪魔したことは特別に水に流してあげる。じゃあね」

「あ、ちょっと!」

 青年はあわてて、背を向けかけた女性の腕をつかむ。

「なに?」

「えーと」

 少し考えて、青年はにっこりと笑った。


「僕と、お茶しない?」



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