ある国の婚約破棄。
婚約破棄ものが書きたくて書いてみました。
普通に書いても何番煎じか分からないので、登場人物を最小限にそして男のみで話を作ってみました。
これはとある国の馬鹿な王太子が、父親である国王に呼び出されたときの話だ。
「お前を、廃嫡する」
「え? 父上。もう一度言ってくれませんか? 何と言いましたか?」
私は、ウィル゠ダルグリッシュ。この国の第二王子だ。そして、今この瞬間に国王である父上から、廃嫡を言い渡されたのが、私の不肖の兄のランス゠ダルグリッシュだ。
兄は王太子でありながら、王になるための勉学にも励まず、男爵令嬢であるキャサリン゠トトルに唆されて、婚約者であるリディア゠エーメリー公爵令嬢を断罪しようとした愚か者だ。
「もう一度だけ言おう。お前を、王太子……いや、王籍を剥奪すると言ったのだ」
「何故ですか!!」
何故ですか……か、まぁ、あの程度の軽薄な女に骨抜きにされている馬鹿な兄では、分からないのは仕方が無い。
そもそも、兄は自分に価値があるとでも思っているのか? こいつに価値があったのは、婚約者であるリディアがいたからだ。
父も私と同じ気持ちのはずだ。
現に、兄が話をする度に父の顔が渋くなっている。
「お前と話す事はもうない。一カ月の猶予をやる。それまでにこの城を出ていけ!!」
「ち、父上!!」
相変わらず父は甘いな……。
こいつがやった事を考えれば、今すぐにでも幽閉、もしくは国外追放するべきだと思う。
私の気持ちとしては、リディアを悲しませた責任を取らせるために、処刑したいのだがな。
しかし、一ヵ月か。
それだけの期間があれば、国の実権を握る為、兄を傀儡にしようと、下らない知恵を付けさせる輩も出てくるはずだ。
父には考えを変えて貰わないといけないなぁ。
そもそもエーメリー公爵家との婚約は、父の権力を維持するための婚約だったはずだ。
男爵令嬢に入れ込んでいると報告があった時点で、父が兄を見限っていれば、こんなことにはならなかったはずだ。父は兄の何を見てリディアとの婚約を取り持ったのだろうか。兄とリディアでは釣り合いが取れな過ぎる。勿論、取れていないのは、兄の方だ。
「そもそも父上は何を怒っているのですか?」
あぁ、私が何かを言わなくても、火に油を注いでくれたか。
「この状況になってもまだわからんとは、本当に救いようのない。分からぬというのなら教えてやろう!!」
まぁ、教えたところで馬鹿な兄には理解はできないと思うな。分かるのならば、外交であるあの場で断罪などしないはずだ。
兄は、昔から自分の信じたモノ以外を認めようとはしない。
あの茶番でもそうだ。
誰がどう見ても証拠不十分で、リディアには非が無いというのに、男爵令嬢とその取り巻き共が、一方的に断罪していただけだ。
あの茶番を見て、あの場に招待されていた各国の要人達がどう思うかを考えたことがあるのか……と。
私が、別の国の要人ならば、間違いなくこんな国とは国交を結ぶつもりはなくなる。
次期国王である王太子が、ちゃんと調べることもなく、自分が好意を寄せている者の言葉だけを信じ、相手方の無実の者を断罪する。
そんな、危険な考えを持つ国王がいる国と誰が交流したいと思うのか。
しかしだ。今回の茶番では私にとっても一つだけ誤算があった。
それは、兄の周りにいた連中だ。彼等の父親はそれぞれこの国の要職に就いている。
彼等にも期待していたのだが、こうも揃ってあの男爵令嬢に誑かされるとは、彼等が要職に就く前で本当に良かった。
当然彼等には、二度と表舞台に立たせるつもりはない。彼等の父親に、廃嫡の打診をしておこうと思う。
彼等の父親は、この国を第一に考えられる人物だ。もしも、愚かにも彼等を守ろうとするのならば、悪いが排除させてもらうとしよう
私がそんなことを考えている最中も、父と兄の話は続いている。
「貴様はリディア゠エーメリー公爵令嬢との婚約を……ワシが決めた縁談を勝手に解消しようとしているそうだな。お前はワシを軽んじている様だな」
「そ、そんなことは!?」
軽んじていると思われても仕方のないことだ。
そもそも、父が兄を甘やかした結果がこれだ。
今だって一カ月の猶予をくれてやり、クーデターを起こしやすくしたのだからな。私が兄の立場ならば絶対にクーデターを起こすぞ? まぁ、この兄にその頭はないだろうがな。
「それには理由があります。それは、あの女が……キャサリン゠トトル男爵令嬢を虐めたり、乏しめたりしたから……」
「証拠はあるのか?」
「はい。キャサリンが私に涙ながらに訴えてきました」
はぁ?
馬鹿な兄だ。
それは証拠では無く、証言だ。そんなもの一方の証言しかない時点で証拠にはならない。
兄の性格からして、リディアの言い分は全く聞いていないだろう。それどころか私が見た限り、数の暴力でリディアを追い詰めていたと記憶するのだがな……。
助けてやりたかったが、私があの場に出てくれば、王族そのものの内輪揉めを見せることになってしまう。この国の王族として、それは避けねばなるまい。
「ほぅ。ならば、証拠はないというのだな」
「え? いや、だからキャサリンの証言が……」
「面白い事を言う。ならば、リディア゠エーメリー公爵令嬢がその女に嫌がらせを受けていたというのも真実になってしまうな。しかもだ、お前達は宰相の息子達と共謀してリディア嬢を虐めていたのだろ?」
「え? いや、それは虚偽です!! あの女は嫌がらせをする事があっても嫌がらせを受けるような女じゃない!!」
「ほぅ。ワシは、リディア嬢を慕う者からそう聞いたぞ。涙ながらに訴えられてな」
「な!? そんなモノ、あの女を慕う時点で嘘に決まっています!!」
「何故だ? そのキャサリンという男爵令嬢が言ったこととどう違うのだ?」
「言葉の重みが違います」
言葉の重みか……。
リディアは自分で訴えたわけじゃない。周りにいる者が自身よりも圧倒的に身分が上であるリディアを哀れんでの訴えだぞ? 周りが黙っていられなくなるくらい酷かったのだろう。男爵令嬢の戯言のどっちが重いかなど比べる必要すらない。
「そうだな。私にとって言葉が重いのは公爵令嬢の方だ。なぜかわかるか?」
「い、いえ……」
「私は彼女の人となりを知っているからだ。逆にその男爵令嬢のことは全く知らん。お前は信じるつもりもないかもしれないが、彼女に人を虐める暇なんてなかったはずだ。それにもかかわらず嫌がらせしたというのならどうやったのか教えてくれんか? あぁ、男爵令嬢の言葉ではなく、お前が調べた範囲で答えてくれ」
「そ、それは……」
まぁ、答えられないんだろうな。
私が調べた限り、こいつらは何も調べもしていなかった筈だ。全ては男爵令嬢の言葉のみ信じているだけだ。
……本来ならば人となり以前の話なのだがな。
「真実なのです!? リディアが嫌がらせをする時間が無いという方が信じられません!!」
「はぁ……、お前は知っているか? 王妃教育というモノがどれだけ大変かを……。お前には、まだ王太子教育をまだ受けさせておらなんだが、彼女は幼い頃から王妃教育を受けて貰っている。なぜかわかるか?」
「それは、あの女の出来が悪いから……」
出来が悪いのはお前だろうが……。
「違うな。彼女にその価値があるからだ。逆に言おう。お前には王太子の価値がないのだ。だがお前は私の息子で第一王子だ。私はお前がお飾りの王でも構わないとすら考えていた。そのための婚約であり、お前とリディア嬢が結婚しないのであればお前は必要ないのだ」
「!!!」
「ここまで話したのだ。正直に言おう……お前の弟、ウィルの方が王太子に相応しいのだ。お前よりも出来の良い弟がいる以上、他国に恥を晒したお前をいつまでも王太子として名乗らせる必要がないだろう? 奴ならば、お前と違いお飾りの王にはならんからな」
「そ、そんな!! ウィルは私と違い社交性はありません」
社交性ねぇ……。
女遊びを社交性と呼ぶのかは知らんが、外交という場ではお前よりは顔が知れている自信があるのだがな。
陰でコソコソするのも飽きてきたな。そろそろ、私も表に立つとしよう。
「兄上……いえ、ランス。元王族だったからと言って、そろそろ不敬ですよ? 父上は貴方の王籍を剥奪すると言ったでしょう? いつまでここにいるつもりですか?」
「な!? ウィル……」
「誰に向かって口を聞いているのですか? 私はまだ王太子ではありませんが、貴方と違い今も王族です。口の利き方を気を付けてください。不敬ですよ」
「ふざけるな!! 私はお前の兄だ!!」
「あ?」
ふざけているのはお前だろう? まだ王族のつもりでいるのか?
ついつい兄を睨みつけてしまう。
「まだ、現実を受け入れられませんか? 貴方は間違えたのです。彼女は優秀であり、誰よりも美しい」
お前の婚約者だから諦めていたのだ。私は幼い頃から彼女に惹かれていた。お前が自ら婚約破棄してくれるのなら私にとっては好都合だ。
「その辺りがまだまだなのだ!! あいつは顔以外に取り柄はない!!」
何?
こいつ……。
「てめぇ……ブチ殺すぞ」
「な!!?」
いかん。つい素に戻ってしまった。
……冷静になれ。
「貴方が彼女をそう思うのは勝手ですが、貴方はそれ以下でしょう? 貴方には血筋以外に何の取り柄もない。頭の出来は悪く、物事を考える力すらない。そのうえ権力に固執する。そんな貴方に価値があるとでも?」
王族としての責任感もなく、国を背負うものとしての覚悟もない。
男爵令嬢にいいように転がされているだけの馬鹿な男が何をほざく。
こいつが誇れるものは父上の血筋だけだ。
「ウィルやめてやれ。ただでさえ、汚点しか残せなかった奴だ。これ以上、惨めな思いをさせてやるな」
「甘いですね。兄は死に、ランスという名の平民が生まれるだけですから、平民に遠慮など要りません。本来であれば王家の血を残すことすら許されないのですから。父上が許してくれるのならば、私の手で殺してやりたいくらいです」
「き、貴様!? 私が平民とはどういうことだ!!」
「聞いたとおりですよ。貴方から王族という肩書きを無くせば何も残らないでしょう? あぁ、私があなたを殺したい理由は他にもあります。貴方の中に流れる血は私達王族からしてみれば迷惑なのですよ」
「ウィル……そのくらいにしてやれ……ワシも父という立場が無ければ、と思うのだがな……」
ふんっ。本当に甘い御方だ。
まぁ、平民になった後には、色々と可愛がってやるがな。いや……その前に……。
「ち、父上!?」
「お前には失望したが、ワシにも責任はある。お前を処刑することはしない。それだけが親としての最後の情だ」
最後の情など与えてやる必要があるのか? こいつが生きていれば争いの種になるやもしれんのに……。
「そ、そんな馬鹿な!?」
何をもって馬鹿と思うのか。
馬鹿なのは、現状を受け入れられないお前だろうが。
「兄上。貴方は甘やかされて生きてきました。王族というのは、国のために身を捧げなければいけません。貴方にそれができますか? いえ、もう結果は出ていましたね」
「わ、私は……」
なにか言い訳でも考え付くか?
「…………」
5分待ったが、何も言い訳を思いつけなかったようだ。
それは当然だろう。こいつの頭にはあの女との色恋以外に何もない。そこに価値すらない。
「何も答えませんか。事実、貴方はリディアを蔑ろにした挙句、男爵令嬢に入れ込み、外交の場であるあの場で醜態を晒した。それが全てです」
「わからない。お前も父上も何故あの女を擁護する? まさか、体を使って」
あ!?
こいつ今何て言った?
私は壁に立て掛けてある剣を掴む。
そんなに死にてぇなら、殺してやる!!
しかし、私が兄を斬りに行く前に父が激怒した。
「この愚か者が!!」
「ひぃ!?」
あの甘い父が怒鳴った?
ここまで怒りを露わにした父は初めて見たな。
「体を使ったのは貴様の相手であろうが!! 婚約者のいる男に色目を使うなど、人としての常識がない証拠だ!! ましては王族だ!! その婚約にどれほどの重みがあるかもわからぬ馬鹿なのか!!」
それが争いの種になることくらい馬鹿でもない限り理解できるだろう……あぁ、馬鹿だったな。
「兄上、いえもはや兄と呼びたくも無い。この場から消えろ」
「な、何故そこまで怒る!?」
ここまで言っても分からないとは……本物の馬鹿なのか!? 馬鹿なのはわかっているのだが、こいつに生きている価値はない!!
私はランスに剣を突き付ける。
「私達は、彼女が……。リディアが泣きながら、努力して王妃教育を受けている姿を見てきているからだ!! 貴様があの女と遊び呆けている時もずっとだ!! そのお前が彼女を語るな!! 衛兵!! こいつを連れて行け!! 二度と私の前に姿を見せないよう幽閉しておけ!! でないと私がこいつを殺すぞ!!」
衛兵が慌ててランスを掴み、謁見室から連れ出そうとする。
ランスは「私に触れるな!! 無礼な!!」と叫ぶが、衛兵に引き摺られ、王城の離れの塔へと幽閉された。
ランスが連れていかれた後、私と父だけが残る。
「アイツがここまで愚かだったとは……、いったい何故……」
何を言っているのか。
原因はあの女以外にないだろう。
それは私の母でもある王妃だ。
「母が原因でしょう? あれを甘やかしたのは、あの人だ。彼女は自身の身分を誇りに思うあまり、何をしても許されると勘違いしてきた。その結果が、あの兄です。父上……決断をするときがきたのです」
「決断か……」
「はい。王位を私に譲ってください」
私は父に隠居しろと言ったのだ。
父は私の考えを分かっているだろう。私が王位に就けば、あの兄を殺す。父にできないのであれば、私が殺る。
父の人並の甘さは人として、親としては正解だろう。ただ、父は王だ。王の甘さは時として国を危険に晒す。
父にはこれ以上の王としての職務は不可能だ。
ランスを生かしておけば、いつかはこの国にとっての負の遺産となる。
私は父を睨む。父は肩を落とし、私にこう言った。
「……そうだな。愚かな王で済まなかった。ウィル、国を頼んだぞ」
「……はい」
一つだけ擁護をするのなら、父は愚王ではなかった。ただ、王妃である母と王太子である兄を甘さによって放置していたことだけが愚かだったのだ。
こうして父は王座を私に譲り隠居することになった。
代替わりした後の私の王としての初めての仕事は、あの男と女の処理からだ……。
そして……。
数年後。
私の隣には王妃となったリディアがいる。勿論、私の妻としてだ。
彼女に婚約を申し込んだとき、最初は拒否されたが、俺はあいつとは違う。彼女を愛し続ける自信もある。
思えば、彼女に劣等感を感じたからこそ、兄はあんな下らない茶番を引き起こしたのだろう。
俺ならば、彼女に劣等感を持つ前に、彼女の横に立てるように自信を高める為に努力する。いや、俺が彼女を引っ張っていくんだ。
彼女は、兄のせいで辛い目にあった、だからこそ幸せにしてやりたい。
そう言うと、彼女は微笑んでくれた。
この笑顔のために明日も王として働ける。