中年盗賊は辛いよ
その中年男は背中を丸め、ひどく不機嫌な表情で大通りを歩いていた。彼の仕事柄、明るい内に人目のつきやすい場所を出歩くなど、本来は避けねばならないのだが。今はそんな配慮も、些細なことのように思えた。
途中、ふらふらと千鳥足で肩を組みながら歩いてくる商人らしい二人組に出くわした。真っ昼間から酒盛りとは、良い身分である。
何かに躓いたのか、目の前で商人たちが盛大に尻餅をついた。腰をさすりながら立ち上がろうとする太めの商人に、彼は片手を差し出して立たせてやった。怪我はないかと心配する素振りを見せながら、商人の服を祓い、埃を落としてやる。
二人連れの男たちは彼に礼を述べ、また元のように危なっかしい足取りで去って行った。
いくら年に一度の祝祭が近いとはいえ、自分程度の腕にしてやられるとは。油断しすぎであろう。
痩せ男は、今しがた商人から頂戴した革製の財布を懐に忍ばせ、そのまま雑踏の中へと姿を消した。
裏通りに姿を隠し、先ほどの収穫物を改める。古びた革の財布には、銅貨が数枚入っているだけだった。酒代にほとんど使ってしまったのだろうか。男は悪態をつくと財布を道端に放り捨て、銅貨を上着のポケットに入れた。
かつては盗賊ギルドにおいて幹部にまで登り詰めた自分が、ずいぶんと安い稼ぎの仕事に精を出すようになったものだ。男は乾いた唇を歪め、自嘲気味に笑った。
彼の名はマーフィー。かつてアルドバニア王国の王都フンブルトンにおいて、盗賊ギルド本部の事務局長を勤めたこともあった。いや、勤める予定だった、と訂正すべきか。長年のギルドに対する貢献を認められ、ようやく幹部の椅子が回ってきた矢先だった。新王として即位したワルター1世により、「防犯都市宣言」が発令されたのである。要は都市の治安を向上させようということなのだが、真っ先に標的となったのが盗賊ギルドに他ならない。国王はギルドに対し、解散命令を出してきた。従わねば武力行使も厭わないという強硬姿勢に対し、当時のギルド長はあっさりと国外退去を選んだ。
こうしてマーフィーは齢四十五にして失業者となったのである。元々彼はあまり器用な質ではなく、盗みの腕は自他共に認める三流。酔いどれ商人のように、相手がよほど油断をしてくれないとスリも成功しない。彼が事務局長に出世できたのは、ひとえにその博識さを買われてのことであった。
フンブルトン市内における地下水路に至るまでの細かな地形から、新興商人の家族構成や総資産額、王宮における派閥の勢力図など。ギルド長のいかなる些細な質問にも、常に正確な回答を用意してきた。知識を得る、情報を整理するという点において、彼は病的なほど貪欲だった。なぜ盗賊などしているのか、周りの者が不審に思うほどである。だがそれも、アルドバニアを追放されてしまっては意味がない。故郷に年老いた身内がいる手前、他国へ機密を売るという選択肢もなかった。
ただただ幹部を目指していた頃の自分を振り返り、彼は空しくなった。盗賊ギルドではなく、もっと別の道に情熱を捧げるべきだったのではないか。いくら後悔を重ねたところで、過ぎ去った日々は決して戻りはしない。
そんな感傷に浸っていると、彼のすぐ側を変わった連中が通り過ぎた。剣士風の若い男と、封術師らしき青いローブの老人。そのすぐ後ろを、付与術師と思しき白い装束の少女が付き従っている。異彩を放っていたのは、剣士の若者だ。額にはめた淡い輝きを放つ白金のバンダナと、腰に差した長刀からは僅かに魔力が漏れ出ていた。薄汚れた鎧や衣服に比べ、明らかに不釣り合いな装備だと言える。
何となく興味に駆られ、マーフィーは彼らを密かに尾行することにした。