すちゃらか戦士、猛る
オーガ力戦隊の隊員たちがさらに力を溜め、突撃を敢行する寸前で、カーソンは彼らの前に立ちはだかった。
「お、お前は! さっきはよくもやってくれたゴブ! 今度こそ借りを――」
「一度しか言わないから、よく聞けよ!」
ググの恨みに満ちた口上など無視して、カーソンは剣先を向ける。
「おとなしく立ち去ればよし! さもなくば全員、試し斬りの相手になってもらう」
「おいおい、オーガでお前との実戦デビューとかふざけんな。もっと強そうな奴にしろ」
アーネストが抗議してきたが、これも軽く放置する。
オーガたちは大陸共通語を話せないが、ニュアンスは感じ取ったのだろう。怒りのこもった眼で威嚇のうなり声を上げた。ちっぽけな人間など、取るに足らぬ存在だと思っているのかもしれない。
「バカな奴だゴブ! 泣いて謝っても、もう力戦隊の皆様は止められないゴブよ」
なおも圧倒的な実力差を信じて疑わない様子のググに、カーソンは溜息をついた。
「やれやれ~。せっかく逃げる時間をあげたのに。分っかんない奴らだなあ……」
「うるさいゴブ、やっちまってください!」
ググの号令で、オーガたち五人が一斉に棍棒を振り上げ新たな標的へ殺到した。
デタラメに打ち下ろされる暴風のような鈍器の一撃一撃を、右へ左へ軽々と見事な体さばきでカーソンはかわし続ける。まるで嵐の中、泰然と舟を漕ぐ船頭の如し。九竜神火剣法――第四式「孤影揺舟」の妙技である。
いくら棍棒を振り回しても避けられるため、オーガたちはとうとう短慮を起こし、得物を放り捨て素手で掴みかかろうと迫ってきた。五体がカーソンの前に立ち並び、逃げ場を狭めて両手を伸ばす。それこそ、彼の思う壺だった。魔剣アーネストを鞘に収め、半身の態勢で抜刀の構えに入る。
一閃。
オーガの動きが止まる。
抜き打ちに放たれた刀身が、その刃を一直線に薙ぎ払う。
ずるり、とオーガたちの巨体が次々に下半身を残して滑り落ちていく。彼らの着込んでいた金属鎧ごと、まるで紙切れのように両断されていた。
「九竜神火剣法・第十三式――掃海不尽。まあ、こんなもんか」
「……お前、何者や? その剣法、見覚えがあんぞ。いや、それよりもこの感覚、あいつとよう似とる。どういうこっちゃ」
疑問を口にするアーネストを、ググの絶叫が遮った。
「り、力戦隊の皆様ーーッ!! い、一撃とか、ありえないゴブ-!」
半狂乱の態で泣き叫ぶゴブリンに、カーソンは面倒臭そうな視線を投げかけた。
「さて、残ったのはお前だけ……。とりあえず、静かにしとくかな」
無造作に剣を振るおうとしたところで、制止の呼びかけが届いた。振り向くと、ラスベン老師とルシアが立っている。ようやく起き出して来たらしい。
「これ、カーソンや。相手はもう戦意を喪失しておる。無益な殺生は止めなされ」
「甘いですよ、老師。こういう手合いは、見逃しても逆恨みしかしません。生かしておく必要はないと思いますけどね」
「それでもだよ。その剣を譲ったのは、弱い者いじめに使わせるためではないぞ」
「カーソン様、私からもお願いします。今日のところはこれで……」
ラスベンだけでなく、昼間ググに殺されかけたルシアまで命乞いをする始末。どれだけお人好しな親子なのだろうと呆れたものの、彼らが今後ゴブリンの報復を受けたとしてもカーソンには預かり知らぬこと。
不承不承、血糊を払ってアーネストを鞘にしまった。
ルシアは「慈悲深き行いは、きっと善果を生みます」と力説するが、適当に聞き流しておいた。
オーガたちの切断された遺骸にすがりつき、尚も泣き続けるググに、
「そういう訳で、見逃してやるから。さっさとどこかへ行ってくれ。二度と目の前に現れるなよ」
と、冷たく言い放った。
ググは怨嗟に満ちた両目をカーソンたちに向けると、血だまりの中から幽鬼のようにふらふらと立ち上がる。そのまま森へ去るのかと思いきや突然方向転換し、館へ向かって走り出した。建物の扉は、先ほどの騒ぎのどさくさで開いたままになっている。慌てて止めようとしたカーソンたちを巧みに避け、ググは魔術師の住居へと侵入してしまった。
「生き恥をさらしたまま、帰れないゴブ! 鬼突将軍閣下にも、会わせる顔がないゴブ! こうなったら、爺の家を道連れにしてやる!!」
ググの悲痛な決意に満ちた呪詛の言葉が終わるか終わらぬかの内に、盛大な火花が扉から吹き出した。一瞬の間を置いて、轟音と共にラスベントとルシアの住まいは爆発四散した。