逆襲のググ
昼食に続き、夕食もちゃっかりご馳走になったカーソンは、そのままルシアたちの住居で一泊することとなった。ラスベン老師は何泊でもしていけば良いと勧めてくれたものの、さすがにそれは断った。
ルシアの手料理は美味しかったのだが、このまま辺鄙な山奥で隠者じみた暮らしをすることに魅力を感じなかったからだ。
寝室のベッドが足りないため、応急措置として椅子を二脚借り、その上に毛布を敷いて横になった。雨露さえ凌げれば、寝床の堅さなどさしたる問題ではない。師父との修行中に使わされた石棺に比べれば、たいていの場所で眠る自信があった。
――夜半過ぎ。カーソンは不意に目を覚ました。即座に起き上がると、傍らに立てかけてあったアーネストを腰に差す。梟の鳴き声に混じり、息を押し殺した魔物たちの気配が迫っていた。
物音を立てぬよう、ゆっくりと部屋の周囲を見渡す。ラスベン老師とルシアは二人とも熟睡しており、不規則な寝息が聞こえる。カーソンは多少強めに老師の体を揺すり、無理やり起こす。ラスベンはまだ寝ぼけ眼のまま、眠そうにまぶたをこすりながら呑気に欠伸を何度もしている。
「老師、敵が迫ってます。俺は外の様子を見てくるから、ルシアも起こしておいてください」
ラスベンは曖昧な返事をすると、緩慢な動きで上体を起こした。
昼間に見せた勘の良さは、何だっのかと思わんばかりの体たらくである。
裏口の鍵を外し、カーソンは小屋の影から侵入者たちの動きを窺った。数は全部で五……いや、六体のようだ。連中はこちらが勘づいているとは思っていないらしく、得意げに小声で相談を始めている。
「ぐっふっふ、ここまで近づいても誰も出てこないとか、平和ボケした阿呆どもゴブ」
饒舌な声音には聞き覚えがあった。どうやら昼間に相手をした隊長格のゴブリンらしい。そういえば、ルシアから十人隊長の“ググ”という名前だと聞いていたような気がする。
「鬼突将軍閣下よりお借りした、大鬼力戦隊の皆様、出番ゴブ!」
ググの呼びかけに応じ、大柄な亜人たちが前に出てきた。オーガは人間族よりも二回り以上大きな体格を持つ巨人族の末裔だ。他種族を好んで食糧とすることから、別名“人喰い鬼”とも呼称されるほど凶暴な巨人種である。それがゴブリンに使役されるなど、カーソンも初耳だった。
オーガ力戦隊の面々は、それぞれ粗末ではあるが金属製の鎧兜を身につけており、防備はなかなか堅そうに見える。一体何をするつもりなのかとさらに注視していると、おもむろにオーガたちは魔術師の小屋へ体当たりを始めた。こんな筋肉ダルマのような鬼どもにぶつかられては、物理障壁の結界もたまったものではない。大事な借宿が、悲鳴のようなきしみ音を上げて何度も大きく揺さぶられた。
中にいるラスベンとルシアの慌てた様子が、手に取るように分かる。
どうもあの親子は事態をあまり深刻に考えていなかったらしい。まあ忠告はしておいたのだから、あとは自分たちで何とかするだろう。
それよりも目下の課題は、せっかくの安眠を妨害してくれたこの無粋な連中に、どう落とし前をつけさせるかということだ。
カーソンは左腰の魔剣を静かに鞘走らせた。