相棒は魔剣
ラスベン老師が取り出してきた箱に入っていたのは、鞘に数多の秘紋が彫り込まれた細身の剣だった。華美な装飾こそ排して実用性を重視してはいるが、柄の先端――剣首には紅い宝石がはめ込まれており煌々と輝いている。まるで見る者を誘うかのような、魔性の美を秘めていた。
「さあ、遠慮せず手に取ってみなされ」
老師の勧めに頷くと、カーソンは迷わず魔剣に触れた。右手で剣柄を握り刃を抜き放つと、明り取り用の窓へ剣先をかざしてみる。陽の光を受け、剣身にも刻まれた秘紋が淡く青白い魔力の輝度を増す。
試しに二、三度ほど素振りをしてみたところで――。
「おいこら、気安く振り回すんじゃねえ!」
突然、どこからともなく怒声が部屋中に響き渡った。何事かと、昼食の準備をしていたルシアも様子を確かめに戻って来る。彼ら三人の他には、特に人影も見当たらない。ラスベンは、不思議そうにしている若者二人を、いたずら小僧のような目で見守っていた。
カーソンとルシアがお互いに顔を見合わせていると、さらに先ほどの声が届いた。
「どこ探してやがんだ、トンチキ! わいはここやろが! お前のつかんどる剣や。目ん玉かっぽじって、よく見やがれ!」
「へええ、しゃべる剣か。すごいな」
「おお!? なんやお前、全然びっくりせんのか?」
カーソンがまったく動じないため、呆れたような調子が交じる。
「どうだ、カーソン。珍しかろう。面白かろう。これをそなたに進呈しよう」
「おいこら、待てや! なに勝手に、人をほいほいガキにやっとんねん」
魔剣は抗議したが、ラスベンは意に介さない。とりあえず彼(?)の意思はまったく無視された状態で、所有権の譲渡は完了した。
「よろしくな、相棒! さっそく、お前に名前を付けてやらないとなあ」
「……こいつら、ワイを何やと思っとんねん……そもそも訳のわからんまんま、こんなとこに……」
文句を垂れ流し続ける宝剣は、一向にカーソンの語りかけに応える様子もない。
「じゃあ、適当に決めるか。お前の名前は、今日から『ぐちぐち丸』な」
「ちょっと待てや! なんや、そのけったいな名前は!」
「いや、だってお前、文句ばっかりでうるさいし。てか、聞こえてるなら返事しろよ」
放っておくと本当に『ぐちぐち丸』と名付けられてしまうのは不本意だったらしく、さすがに剣も押し黙った。
「いいか、わいには由緒正しき魔剣エウォ――」
「よし、じゃあお前は今日からアーネスト・フォロワーな!」
「人の話を聞けや-!! アホかーー!」
アーネストと名付けられた剣が即座にツッコミを入れ罵倒の言葉を並べるが、カーソンにはどこ吹く風。涼しい顔で、まったく気にも留めない。
さすがの饒舌な魔剣も、とうとう根負けした。
「あーあー、もう何でもええわ。わいは今日からアーネスト・フォロワーな。へいへい」
「よろしくな、アーネスト」
カーソンの命名が完了した瞬間、アーネストの剣身がまばゆく発光した。細身の剣刃は厚みを増し、ゆるやかな弧を描いた片刃の、彼好みな大刀へと姿を変えていく。
「その剣はな、持ち主の技量と嗜好に合わせて自在に形を変えるのだよ。一流の使い手が持てば、分厚い鎧をも寸断する魔性の業物となる。逆に凡庸な剣士が持てば、玉ねぎ一つ斬ることもできんナマクラになる」
ラスベン老師の説明に、カーソンはますます好奇心に満ちた瞳で魔剣アーネストを見つめた。