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カーソン・サーガ  作者: 義永 惣滋
すちゃらか戦士カーソン
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老師の贈り物

 ルシアの案内に従い、カーソンは彼女の住処まで同行することになった。道中、彼女は時々足を止めてはキノコや山菜の類いを摘み、カゴにしまっていった。何でも、今日の昼食はキノコのスープにするのだとか。山菜はその付け合わせである。ルシアはかなり手際よく、食用のキノコをより選んでは摘んでいった。カーソンは食材の知識に乏しいだけに、素直に彼女を褒めた。もう少し野外での知識を真面目に蓄えておけば、きっとここまで飢えることもなかったのかもしれない――と、その場では若干反省したりしなかったり。


「よかったら、食べられる山菜やキノコの見分け方をお教えしますよ?」

「う~ん、別にいいや。ルシアがいれば、俺が覚える必要もないしね」


 いつまで彼女と一緒にいるつもりなのかは知らないが、この男の辞書には〈懲りる〉という言葉がないようだ。



 道すがら暇を持て余していたカーソンは世間話をしつつ、お互いの素性を語り合った。案の定、彼女も秘紋魔術に携わる者らしく真っ先に彼のバンダナについて、興味津々といった態で質問をしてきた。カーソンは魔術に対する造詣がまったくなく、物心ついた頃から着けていたとしか答えようがない。まだ質問責めを続けようとするルシアの追究を軽くかわし、彼女の生い立ちに話題を変えた。

 

 ルシアは父親と二人で、辺鄙な山奥の小屋に隠棲しているのだという。父もまた彼女と同じく魔術師(ルーンマスター)であり、幼い頃から娘に魔術の手ほどきをしていた。少々変わった性格だが、彼女にとっては良き親であり、良き師であるらしい。もっとも初対面の男を前に、平気で裸体を晒すような娘に育てるのはどうかと思うが。

 などと自分のことは棚に上げ、年若い女性の社会教育について一家言でもしようかという頃。ようやく彼女の住まいに到着した。



 丸太小屋のような粗末なものを想像していたのだが、見た目はしっかりとした煉瓦作りの建物だった。こんな山奥でどうやって建てたのか不思議だが、魔術を使ったのかもしれない。伝え聞く中には、物体移動の秘紋(ルーン)もあったはずだ。

 ルシアが口訣を唱えると、何もなかったはずの壁に木製の扉が突如現れた。


「護りの結界を父がかけていますので、合い言葉を使わないと出入り口が分からないようになっているんです」


 促されるまま、彼女のあとに続き扉をくぐる。一見して、雑多な魔具や多彩な工芸品の山に圧倒された。《空間拡張》の秘紋が刻まれているらしく、外観に反して内部の間取りが明らかに広い。魔術に疎いカーソンにも、この建物の主が並大抵の術者ではないと伺い知れた。

 ちょうど正面に広々とした机があり、こちらに背を向けた男性が座っていた。肩までかかる白髪に、深い紺色の長袍(ローブ)をまとっている。頭には先の折れ曲がったツバ広のとんがり帽子を被っていた。室内でも帽子を外さないとは、一風変った人物である。おそらく彼がルシアの父親なのだろう。


「おお、ルシアや。帰ったのかい。今日はまた、えらく遅かったではないか」

「ごめんなさい、お父様。水浴びをしていたら、ググたちの待ち伏せを受けてしまって」

「それは難儀であったのう。して、そちらの方は?」


 振り向かずとも、気配を察したようである。侮れない相手ではあるなと、カーソンは少し警戒を強めた。


「はい、途中で危ないところを助けてくださったカーソン様です」

「――カーソン?」


 老魔術師の声音が若干揺らいだ。数拍の沈黙を経て、ようやく立ち上がり振り向く。


「カーソン様、こちらが父のラスベンです」


 ルシアは父親の微妙な変化を特に気にとめた様子もなく、紹介を始めた。カーソンもそれ以上は深く考えず、一応会釈する。年上の人物に対する最低限の礼儀くらいは、さすがに師父より教わっていた。


「ほお、これはこれは。娘が世話になったようで。どれ、何もないところですが、ゆっくりしていってくだされ」


 ラスベン老は気さくに微笑むと、空いている椅子を勧めてくれた。特に断る理由もないため、そのまま座る。ルシアは食事の支度をすべく、すでに厨房へ向かっていた。


 老人もまた興味深そうに両目をすぼめて、カーソンの額に輝く白金のバンダナを見やった。口元と顎から長く伸びた髭は新雪のように白く、好々爺然としている。傍目から見れば、ルシアとは親子というよりも祖父と孫娘にしか見えないだろう。素朴な好奇の瞳をこちらに向けてくる様子は、まるで大きな子供のようでもある。この人好きしそうな眼差しは、娘とよく似ていた。


「かなり腕の立つ剣士殿とお見受けするが。どこかで学びなさったのかな」

「師父はザナウ・タウ。神火剣法の総帥ですけど、知ってますか?」

「ああ、そうさのう。あ奴とは旧い知人でな。そうか、“剣仙”はそなたを弟子にしておるのか」


 どこか懐かしむような遠い目しながら、ラスベンは口元を綻ばせ

「へええ! 師父には詳しい交友関係とか全然聞いたことなかったんですけど。老師は、師父の友達だったんですか?」

「まあ、そのことはまた追々とな。それより、娘の恩人に何も礼をせぬという訳にはいかんな」

「別にお礼とかいいですよ。ご飯が食べられたら十分だし」


 ラスベンはカーソンの回答に興味深そうな様子で耳を傾けると、


「お前さん、欲がないねえ。だが、そうはいかん。恩には恩で報いねばな。とはいえ、このようなあばら屋で何を差し上げればよいものか……」


 そうつぶやきながら、室内のあちこちに散らばっている摩訶不思議なガラクタとも装飾品ともつかないような山々を物色し始めた。

  やがて彼が奥から引っ張り出して来たのは、古びた黒い木箱だった。箱の上蓋には何やら呪い(まじない)の札が貼られている。


「お前さんのような剣士には、これが役に立ちそうかな」


 ラスベンは箱の封印に右手の人差し指と中指を乗せ、秘紋を刻み込んだ。札が破れ、蓋がゆっくりと開く。

 現れたのは、一振りの美しい宝剣だった。

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