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カーソン・サーガ  作者: 義永 惣滋
すちゃらか戦士カーソン
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すちゃらか戦士、登場

 うっそうと樹木の生い茂る人里離れた山中を、独りの若者が歩いていた。年の頃は二十半ばになろうか。うす汚れた厚手の革鎧(レザーアーマー)に風よけのマントを羽織り、たすき掛けに大きな麻製の背嚢(リュック)を背負っている。その身なりから、一目で旅の者だと分かる。烏羽色の髪に、漆黒の夜闇を思わせる瞳は、この地方ではあまり見かけない珍しい風貌だ。


 異質なのは、その額から見え隠れする白金のバンダナである。陽光を受けてうっすらと虹色に輝く様は、高度な魔力を帯びている証だった。一介の旅人には過ぎた代物と言えるだろう。



 進む先は道らしき道とてなく、獣のたどった跡すら存在しない。膝まで届くほどに伸びた潅木や藪を長剣(ロングソード)でなぎ払いながら、青年は前へとただ進み続けていた。時折足を止めては、空腹の嘆きを訴え続ける胃袋をなだめすかしつつ、空を見上げてみる。厳しい日差しを広葉樹の葉が遮り、木漏れ日に照らされる。木陰で夏の暑さが緩和されているとはいえ、前頭部を覆う金属製のバンダナが熱を帯びたせいか。じわりと汗がにじみ出た。

 夏空を恨みがましく睨んでみたところで、状況が好転する訳でもない。男はあきらめて再び歩き始めた。

 日ごろは何とも思わない革鎧が、今日はやけに重かった。



 彼の名はカーソン。今でこそやつれ果てた格好をしているが、つい先月までは軍事大国として名高いアルドバニア王国で傭兵隊長を勤めていた。その経歴からも、剣の腕前のほどは知れよう。そのまま順調にいけば食い扶持にはぐれることもない――はずだった。


 人生、山あり谷あり。アルドバニアは先だっての大きな戦で敗れ、軍縮条約に調印せざるをえなくなった。結果、不要となった傭兵部隊と彼も解雇の憂き目に遭った次第である。もっとも、アルドバニアが大敗する要因の一つを彼が作ってしまった以上、当然の成り行きなのだが。それを考慮すれば、首を斬られずに国外追放で済んだだけでも、むしろ僥倖と言えるのかもしれない。


 アルドバニアを追われ、行く当てのなくなったカーソンは、ひとまず隣国ラ=ガルスへと向かっていた。ところが生来の方向音痴が災いし、国境付近の山奥で今や完全に迷子となってしまっていたのである。



 潅木の原を通り過ぎ、大木の傍まで来たところで、カーソンは幹に背を預けた。そのままずるずると地面に腰を下ろす。深緑色の葉が傘となり、強い陽の気を遮ってくれた。ひとまず休むには丁度良い場所だ。緩慢な手つきで背負っていたリュックを下ろすと、中から水筒を取り出す。蓋を開け、逆さにしてみたものの、乾いた舌の上には雫が一粒、二粒と落ちるのみだ。胃袋のみならず、咽喉も尖った痛みが増してきたような気がする。水もなく、食糧もとうに尽きていることは、旅嚢の軽さがそれを如実に表していた。今までも歩きがてら山菜やキノコ、野ウサギの類でもいないものかと見回しているのだが、どういう訳か逼迫しているときに限って目ぼしい食材は何もない。


 古の賢者曰く、「物欲が強い者ほど、最もその者が欲する物より遠ざかる」という真理というか現象という奴であろうか。

 こういうとき繊細な神経の持ち主ならば、そのまま餓死することを何度も妄想するのかもしれない。その点、カーソンは常人よりも遥かに図太い神経の持ち主だった。

 すでに丸一日の間、食うや食わずであるにもかかわらず、深刻な素振りは微塵も見受けられない。戦場での暮らしがそうさせたのか、彼の頭は常に楽観的な考えで満たされていた。



 と、その時である。水面に何かを落としたような飛沫(しぶき)の音が響いた。続けて、一流れの悲鳴が森の梢を鋭く伝い、彼の耳に届く。並みの人間(コモン)ならば微かに聞こえるかどうかといった程度の声量であるが、カーソンの聴覚は正確に捉えていた。

 悲鳴がするということは、誰か人がいるのかもしれない。素早く意を決すると、声のした方角めがけて猛然と走り出した。

 こういうとき、人とは不思議なことに、常に比し数倍の力を発揮するものである。例えれば砂漠でオアシスを見つけた隊商のごとく、カーソンは音の出どころ目がけて一直線に突き進んだ。

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