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大切なお義兄ちゃんを守るために皇帝になりました  作者: 米田薫
第1編皇帝陛下の日常
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第8章事変

ある朝、私は楊ちゃんに起こされた。

「ちょっと。今日は朝からお仕事じゃないの?」


私は少し朝が弱い。

そのため、朝に起きられない事も多く、そういう場合はお義兄ちゃんが起こしに来る。

そのため楊ちゃんに起こされる事は珍しかった。


私は言った。

「楊ちゃん。珍しいね。楊ちゃんに起こされるなんて」


すると楊ちゃんが言った。

「何か、李林甫っていう美丈夫が、皇帝陛下を起こしてきて欲しいといってたらしいのよ。そこで、妃である私が起こしに来たというわけ。」


私は言った。

「今日は確か、中書省と門下省の話し合いがあったはず。それで李林甫が呼びに来たのかも」


すると楊ちゃんが首を傾げて言った。

「おかしいわねー。それなら普通はあの、鬼畜男が起こしに来そうなものなのに」


私はそこで頭が回りだした。

さては、お義兄ちゃん。

私が居ない隙になにかする気だな。

そしてそれを阻止するため李林甫が私を呼んだのだろう。


それならば早く行かなければ大変な事となるかもしれない。

私は楊ちゃんに手伝ってもらって着替えを済ませると、急いで玉座へと向かった。


私が着くと既に話し合いが始まっていた。

議論は白熱しているらしく、お義兄ちゃん達と貴族達が激しく言い争いをしていた。


私が来た事に気付くと話し合いを静かに聞いていた李弘がゆっくり立ち上がり言った。

「これは姉上。お久し振りです。」


李弘は満面の笑みで私に礼をした。

李弘は暴飲暴食の結果、太っていているが、この国でも有数の力持ちで筋肉は凄い。

それに、愛嬌のある顔をしており、良く見るとそれなりに美形である。

私はこの弟の全てが大嫌いであり、内心では朝から嫌なものを見てしまったと不快な気分になった。


もっともその様な感情は表情に出さず、私は言った。

「久し振りだな。それで?何が有った。」


私がそう言うと李弘は大きな声で言った。

「お前達。一旦静かにしろ。皇帝陛下がいらっしゃったのだぞ。」


その言葉を聞いて、全員が静かになった。

すると李弘は言った。

「李憲殿。まずは李憲殿の提案から話しが始まりましたよね。それについてお話ください。」


李弘はお義兄ちゃんと言い争いをしていた貴族達の代表である。

それにも関わらず、自らは中立のように振舞うその態度は我が弟ながら食えない男である。


李弘に促され、お義兄ちゃんは言った。

「皇帝陛下。こちらの張易之という者は、自己の所領の民達から法外な税を取り立てるばかりか、奴隷のように扱い、呪い等、危険な事にも手を染めているそうです。よって役職を剥奪し、門下省から追放する事を提案します。」


なる程。

お義兄ちゃんは処罰が出来ないなら、せめて張易之を官職から追い出したいと考えたらしい。

私に言わせるとぬるい手だ。

政敵を叩くときは徹底的に叩かなければならない。

これは悪手と言えるだろう。


すると、張易之が言った。

「私は確かに李憲様の仰るとおり、法外な税をとり、奴隷の様に扱っています。しかし、呪いを行なわせたという事実はありませんから法には反しないはずです。」


それを聞いてお義兄ちゃんの横に座っていた宋璟が言った。

「ひとまず呪いを行なったか、否かは置いておくとしても、そもそも法外な税を取り、奴隷のように扱っている事自体が問題だろう。」


すると張易之は言った。

「なぜですか?領民をどの様に扱うかは領主に任されています。丁重に扱おうが雑に扱おうが領主の自由なはずです。どの様な根拠に基づいて私の統治に口を出されているのですか?」


私は分が悪いなと思った。

しかし、宋璟は反論も想定していたのか平然と言った。

「領主に統治を委ねているとはいえ、領民も我が国の民である事に変わりはありません。皇帝陛下が領主を介して領民を支配しているのです。よって、領主の治世が著しく不当である場合には皇帝陛下が口出しをする事が出来ますし、過去にその様な実例があります。」


すると、李弘が言った。

「証拠は?証拠は有るんですか?」


それを聞くと宋璟がすばやく返した。

「こちらにございます」


宋璟が、報告書を見せると、李弘はそれをじっと見た。

そして言った。

「宋璟殿。これは一体どうやって作成したんですか?」


宋璟は、そこで自分の失態に気付いたのか答えなかった。

すると李弘が言った。

「これは明らかに、張易之殿の所領に立ち入って調査していますよね。たしか、領内には検非違使といえでも、許可がないと立ち入れないはずです。もしこの書面が本物だとしたらとんでもない事ですよ。」


私はこれ以上はまずいと思った。

そこで大きい声を出していった。

「李弘。この話の結論は明らかだ。細かいところ等、どうでも良い。」


それを聞くと李弘は言った。

「どうでも良い?長い年月をかけて形成されてきた貴族の特権をどうでも良いと仰るのですか?」


私は平然と言った。

「そうではない。そもそも、張易之のやったことに問題が無いのだ。張易之の治世は悪政では無い。むしろ領民を良くしつけているといえる。だからその後の議論等どうでも良いのだ。」


私の話を聞いて、李弘は少し考えた後、気味の悪い笑みを浮かべて言った。

「確かに、皇帝陛下の仰るとおりですね。張易之殿は悪くない。ですが、今のままでは張易之殿の名誉は不当に害されたままです。何らかの措置が必要では?」


私はそれを聞いて、動揺した。

こいつは私がされて一番嫌なことを分かっている。

それはお義兄ちゃんに危害が及ぶ事だ。

しかし、私は表情を変えず言った。

「措置か。では、張易之にはお詫びに、新たな所領と金品を贈ろう。」


すると李弘が言った。

「それでは不十分です。一度失われた士の名誉は処罰と謝罪によってのみ、回復されます。今回、張易之殿にあらぬ疑いをかけた宋璟は処罰すべきでしょう」


私はそれでも構わなかった。

宋璟など、いくらでも代えが効く。

しかし、私の予想通り、お義兄ちゃんはそうではない。

お義兄ちゃんがこの状況で宋璟を見捨てるはずが無い。


案の定、お義兄ちゃんは言った。

「お待ち下さい。宋璟の上司は私です。処罰は私にお願いいたします。」


李弘は困ったように私を見た。

そして言った。

「李憲殿がそこまで仰るのなら仕方がありませんね。それではどうでしょう。李憲殿が中書令をやめられるというのは。」


私は言った。

「李弘。どれは駄目だ。李憲が居なければ内政は成り立たん。」


すると李弘は私の反応を見透かしていたかの様に言った。

「そうですね。姉上の仰るとおりだ。ではどうでしょう。鞭打ち30回で手をうつというのは。李憲殿ほどの方が率先して処罰を受けたとなれば皆も納得するでしょう。部下を庇う上司という事で李憲殿の評判もますます上がるはずだ。」


私は思わず眩暈を覚えた。

お義兄ちゃんを鞭打ちにしろだと。

そんな提案が呑めるわけが無い。

しかし、最初の提案を拒んでいる以上、断るのならば代案を出さなければならない。

提案を断ることもまた困難なのだ。


すると、お兄ちゃんが言った。

「かしこまりました。それで張易之殿の名誉を回復できるのであれば喜んで罰を受けましょう。」


そうだ。

お義兄ちゃんはこういう人だ。

周りの人間が傷つくくらいなら自分が傷つくことを選ぶのだ。


私は思わず、李弘を睨み付けた。

すると李弘は私にだけ分かるように笑みを浮かべて言った。

「姉上。ありがとうございます。おかげで面白いものが見られそうだ。」


私は李弘にだけ分かるように言った。

「覚えて居ろよ。李弘」


私は怒りを堪えるため必死に拳を握り締めたのだった。


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