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大切なお義兄ちゃんを守るために皇帝になりました  作者: 米田薫
第1編皇帝陛下の日常
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第7章皇帝と科挙

この国において長い間、貴族と皇帝は対立してきた。

そして、強力な力を持つ貴族に対抗するために皇帝が生み出したのが官僚機構である。

官僚は皇帝が持つ最も強力な武器であり、これを掌握し上手く扱う事は皇帝に求められる素質の一つである。


今、私はそんな官僚を採用するための試験、科挙の殿試を行っている。

科挙においては最後に皇帝が直接面接をして最終選抜を行う。

それによって、官僚達に皇帝から採用された事を実感させ、官僚の忠誠心を高めるのである。

殿試は皇帝のもっとも重要な仕事の一つといえるだろう。


「だけど退屈なんだよねー。どうせ合否はそれまでの試験で大体決まってるしね。」


私が思わずため息をつくと横に居たお義兄ちゃんが言った。

「悠基様。これは悠基様にとって大切な試験であると同時に官僚達にとっても重要な試験です。この試験の結果で人生が変わるものも多いですし、不合格となったものも皇帝と直接話したという思い出は一生覚えている事でしょう。そういう意味でも手を抜いてはいけません。」



私は言った。

「そりゃ、分かっているんだけどね。でもありきたりな質問でしょ。答えも決まりきってるし、聞いてると眠くなって来るんだよ」


するとお兄ちゃんが何かに思いついた様子で言った。

「それでは悠基様が独自の出題をなされてはいかがですか?悠基様の手足となり働く官僚なのですから、悠基様が本当に気になることを聞いても損するわけではありません。」


私はそれを聞いて良い案だなと思った。

そして言った。

「よし、じゃあちょっと待っててね。」


そして私は自室に戻り、悠々を連れて来た。

お義兄ちゃんはそれを見て言った。

「なぜ猫を連れてこられたのです?」


私は笑みを浮かべて言った。

「猫面接だよ。」


お義兄ちゃんは腑に落ちない顔をしたが時間なので気にせずに面接を始めた。

「では。最初の方どうぞ」


お義兄ちゃんがそう言うと、始めの人間が入ってきた。


「ミー。ミー。」

また悠々も鳴いた。

恐らく武者震いだろう。


一人目の人間が入ってきた。

なんでも平民の出自で、学科の成績は抜群である。

名前は田圭という。

端的に言って殿試の結果に関係なく合格であるため、試験をやる側も気楽で良い。


私は定型の質問を終えると言った。

「田圭。この猫をどう思う?」


田圭は少し悩んだ様子を見せてから答えた。

「見たことのない種類の猫です。西洋からの供物でしょうか。」


私は適当に考えた質問だが意外と深い質問だなと思った。

物事に対する対処の仕方が分かる。

田圭は、この質問に自らの知識で対処しようとした。

彼が最後に頼るのは己の見識という事だ。

だが、彼は分からないことを隠さなかった。

それは真っ直ぐであり、柔軟である事の表れだ。

流石は一番手であるといえるだろう。

お義兄ちゃんが大好きな類の人間だ。


私は笑みを浮かべて言った。

「そうか。変な事を聞いて悪かった。良いか。科挙出身の官僚はこの国の礎だ。これからよろしく頼むぞ」


田圭は感激した様子で私に一礼をした。

私は持っている紙に合格と書くと次の人を呼んだ。


それから、何人もの試験を行なった。

基本的には態度は二種類だ。

媚びるものと、自分の力を示そうとするものである。

具体的には猫を褒めるか、猫の種類を当てようとするかである。

基本的には後者のほうが、学科の成績が良かった。

科挙という試験で生み出される官僚が、上に媚びへつらわず、真面目に物事を処理する傾向が強いものが多いのは、大抵そういう者は学科が良く自分に自信がある事が影響しているのかもしれない。


そして遂に最後の一人となった。

お義兄ちゃんが名を呼ぶとゆっくりと歩いて入ってきた。

その男は真っ黒な髪に、深い闇を帯びた目をしていた。

背は低いが雰囲気があり、怪異の様な少し危険な香りのする男だった。


私は言った。

「名はなんという?」


男は言った。

「李林甫と申します。」


李林甫は私を見て、涙を流した。

私は男に問いかけた。

「なぜ涙を流す?」


李林甫は言った。

「陛下にお会いするのが夢でした。こうして夢がかなった以上、明日死んでも後悔はございません」


私は面白い男だなと思った。

媚びてくる者は当然居るが、これ程露骨な者は始めてである。

それで居て、雰囲気や目は鋭く、それらはこの男が単なる佞臣で無い事を物語っている。


どうやら、家柄は貴族の出身であり、成績も振るわない。

本来は不合格であるが、親のコネで殿試まで進んできたようだ。

今までの官僚には少ない類の人間である。


私は李林甫に興味を持ち、言った。

「この猫をどう思う?」


悠々は李林甫の持つ危険な空気を感じ取ったのか、毛を逆立て鳴いた。

「ミー。ミー。」


李林甫は言った。

「恐らくこれは猫では有りませんね」


意外だ。

てっきり猫を褒めるかと思ったのに、種類を探ってきた。


私はさらに問いかけた。

「ではなんだと思う」


すると李林甫は真剣な表情で言った。

「竜ですね」


私は突拍子も無い意見に思わず笑ってしまった。

「竜だと?」


李林甫は続けた。

「その凛々しい目、美しい声、雰囲気から感じられる気品。どれをとっても猫のそれではありません。民間の伝承ですが、ある時、突然飼い猫が伸びをし、そのまま竜になって飛んでいったというものがあります。この猫も恐らく将来的には竜になるでしょう。」


「ミー。ミー。」

それを聞くと気高い猫である悠々は大変喜び、鳴き出した。


そうか。

悠々は猫じゃなくて竜だったのか。

私は何だか妙に感動してしまった。

まともな官僚は毎年、沢山受かるのだから、一人位こういう者が居ても良いと思った。


そこで私は言った。

「お前は本来なら不合格だ。単に親のコネで殿試を受けられたに過ぎない。だが機会をやろう。お前は私のために何が出来る?その返答によっては合格にしてやる。」


お義兄ちゃんは驚いた様子を見せたが、仕事に徹し、口は挟んでこなかった。

李林甫は言った。

「非才な私に出来る事はそう多くは有りません。ですが、兄弟喧嘩は得意です。お菓子の取り合いから、勉学、狩り、何をとっても負けた事がございません」


私は言った。

「何か、コツでもあるのか?」


李林甫は言った。

「はい。手段を選ばないことです」


私はふとお義兄ちゃんを見た。

お義兄ちゃんは李林甫を警戒しているようで険しい顔をしていた。


しかし、私はこの男が気に入った。

手段を選ばないのは私も同じだ。

だからこそ今皇帝の席に座っている。


なんでも兄弟喧嘩が得意らしいし、やってもらうことにしよう。

私は愚弟との兄弟喧嘩の真っ最中で、前線に立って戦い、手を汚す事の出来る人材を望んでいる。

お義兄ちゃんに汚い事をさせるわけにはいかないから、この男は利用して使い捨てるのに適任である。


私は言った。

「お前はこれから、私の専属として働いてもらう。他の官僚とは扱いが異なるが構わないな」


李林甫は言った。

「はい。喜んで」


私はきっとお義兄ちゃんに文句を言われるだろうなと思った。

でも仕方が無いのだ。

あの愚弟を倒すためには手段を選んでいる余地はないのだから。


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