第19章策謀
試合の後、別室で私と李輔国と高力士は話し合いの場を設けていた。
その場でまず高力士が興奮した様子で李輔国に話し始めた。
「師匠。ご覧いただけましたか。彼女は体は小さく性格も決して争いには向いていません。ですが、そのひたむきな努力とその誠実さで大きな夢をかなえました。私は師匠に確信を持って言えます。彼女は敵ではない。むしろ我々が助けるべき存在です。」
すると李輔国は優しいまなざしで行った。
「そうですね。あなたのおかげで素晴らしいものを見ることが出来ました。努力し目標を達成する事に動物も怪異も人間もないのかもしれませんね」
高力士は李輔国の言葉を聞いて目を輝かせてしきりに頷いた。
私は高力士を親を慕う幼子の様だと思った。
しかし、高力士の期待とは裏腹に李輔国は厳しい視線を浮かべて言った。
「ですがそれと跂踵の話は別です。跂踵は疫病を巻き起こす。確実に殺さねばなりません。」
その言葉を聞くと高力士は李輔国にすがる様に言った。
「師匠。ですが彼女自身には何も悪い所が無いのですよ。」
それに対して李輔国は嗜めるように言った。
「彼女自体の善悪は問題ではありません。彼女が跂踵である以上殺さなければならないのです。それともあなたは、彼女のために封魔教の教えを放棄すると言うのですか?」
高力士は李輔国の言葉に黙ってしまった。
まあ高力士の正義と李輔国の正義では背負ってきた重みが違う。
致し方ないところだろう。
そこで私が言った。
「李輔国。お前の言い分は分かった。だがこの資料の示すとおりそもそも跂踵は害鳥ではない。吉鳥だ。病を治す力を持ち、疫病の発生した地に現れるため疫病の原因だという勘違いが生じたらしい。」
すると李輔国は言った。
「いいえ。跂踵は害鳥です。殺さねばなりません。」
やはり高力士とは違う。
全く同様の色を見せない。
そこで私は畳み掛ける様に言った。
「では先ほどの資料をどうやって説明する?」
すると李輔国は落ち着いた様子で言った。
「それは私には分かりません。むしろ考えること自体が不敬です。封魔教の教義は我々の国を守るため自ら命を落とした巫女様の教えを体系化したものです。我々にはきっと考えもよらない深いお考えがあるのでしょう。」
私はさすがだなと思った。
この男と話していると私まで封魔教を信じてしまいそうである。
話していて吸い込まれそうだ。
もっとも私はお義兄ちゃん教に属しているので封魔教に入るつもりはないのだが。
そして私は言った。
「では雪女衣をどう説明する? 彼女は元気に暮らしているが疫病など全く起きる気配が無いぞ。」
すると李輔国は答えた。
「当然です。私が封じていたのですから。一回目の闘鶏のお話しを聞いたときは驚きました。跂踵を飼うという事はいくら陛下といえど軽率以外の何者でもありません。そこで私はその話を聞いた直後から封魔の儀式を開始しました。封魔の儀式は1ヶ月間、魔の力を封じその後、魔を滅する儀式です。今日でちょうど一ヶ月ですから、もし雪女衣が本当に害鳥たる跂踵であるのであれば今頃、封魔教の象徴たる鷹によって彼女に神罰が下されているはずでしょう。」
その言葉を聞くと高力士は表情を変えて李輔国に詰め寄った。
「師匠。それはつまり雪女衣を呪い殺したという事ですか? なぜです。俺を救ってくれた師匠がなぜ雪女衣を殺そうとするんです?」
李輔国は優しく言った。
「あなたならきっと乗り越えられると信じていますよ。」
そして李輔国は私の方を向くと言った。
「もし雪女衣が鷹に殺されたとすればそれこそが、我々の正当性の証です。同時に陛下の失政の証でもある。今後は封魔教から派遣された人材を相談役に据え、誤りのないようにして頂きたいものです」
私は李輔国の言葉をじっと聞きながら考えた。
李輔国が雪女衣を殺そうとする事は一応想定はしていた。
だがここまで大胆な手を打つとは思わなかった。
私は李輔国という男を見くびっていたのだろう。
彼はきっと封魔教を守るためならどんな悪事も行なう覚悟なのだ。
私は一応、李林甫に雪女衣を見守るよう言ってある。
しかし、気がかりなのは李弘だ。
もし李輔国が李弘と手を結んでいるとしたら李林甫といえど裏をかかれることもあるかもしれない。
私は動揺を隠すように力強く拳を握り締めた。
大丈夫だ。
確かに世の中は甘くない。
雪女衣の様に真っ直ぐに正しく生きていても報われるわけではない。
だが彼女は自分の気持ちを優先してわがままを言った。
闘鶏に出たい。
一人はいやだ。
他人に認められたい。
それらの願望はこれまで彼女が押し殺して来たものだ。
そして私は知っている。
正しい人間が少しだけわがままを言ったとき、必ずそこには助けてくれる人が居る。
これまでの頑張りを評価してくれる人が居る。
そして、立ちふさがる敵から守ってくれる人が居る。
長くなったがつまりはこういう事だ。
雪女衣がここで死ぬはずは決してないのだ。




