第12章団子と儀式
ある日、私は宮中で儀式を行なっていた。
団子を笹で包みを綺麗なお盆に入れて、弓で射て当てた人が食べることが出来るというものである。
この儀式には私と楊ちゃん、お義兄ちゃんと李林甫、官僚達そして儀式をつかさどる巫女達が参加していた。
まず巫女さんが弓を持って私の元にやってきた。
そして巫女さんが言った。
「陛下。まずは陛下によろしくお願いいたします。」
私は弓を受け取り言った。
「分かった。」
その後、私は、団子と一定の距離の場所に立ち、弓を構えた。
すると楊ちゃんが言った。
「陛下。頑張ってー。」
私は楊ちゃんに言った。
「見てな。かっこいい所見せちゃうから。」
そして私は弓を射た。
私の矢は見事団子に的中した。
「さすがだわー。さっそくお団子が食べられるじゃない。」
楊ちゃんは私の的中を見て大喜びをした。
「「さすが陛下です。お見事な腕前ですね」」
側に控えている巫女達も大歓声を上げていた。
実は私は運動が凄く得意だ。
まだ、李弘が生まれる前の、私にとって全盛期と言われる時代にはその運動神経で様々な、場所に行ってはそこを荒らして周り多くの人を困らせたものである。
もっともその後、色々あってお義兄ちゃんだけが生きがいの引きこもり少女になってしまうのだが。
私がふと横を見ると李林甫がなぜか得意げな様子で立っていた。
そしてさらに横の巫女に対して、「陛下は学問、運動、策略、胆力すべてに優れています。まさしく、私が仕えるのに相応しい君主なのです。」と言っていた。
私は、なぜあの男が偉そうなのかと不満に思ったが関わるだけで時間の無駄なので無視をする事にした。
すると巫女がお義兄ちゃんに弓を渡して言った。
「では李憲様。お願いいたします。」
今度はお義兄ちゃんの番である。
お義兄ちゃんは戦に備えてたまに弓の鍛錬を行なっている。
そのため普段着の私と異なり弓道着を着ていた。
「かしこまりました。」
お義兄ちゃんは弓を受け取るとゆっくりとした足取りで、弓を射る場所まで向かった。
お義兄ちゃんの弓を受け取ってからの足取りは一つ一つが洗練されて美しく、見ていて惚れ惚れするものだった。
そしてお義兄ちゃんは弓を構えた。
その目は真剣で、真っ直ぐと的を見ていた。
姿勢は美しく、じっと見ていると見とれてしまいそうだった。
お義兄ちゃんは的を見つめ、一回息を吸って吐いた。
そして、真っ直ぐと弦を引き矢を放った。
矢は吸い込まれるように進み、団子に命中した。
「「流石は李憲様だ。」」
官僚達からは次々に感嘆の声が漏れた。
「「「きゃー。さすがです李憲様。」」」
また巫女達からは妙に甘ったるい歓声が聞こえてきた。
私はこれできっとまたお義兄ちゃんへの恋に落ちた者が生まれたのだろうなと思った。
お兄ちゃんも全く罪な男である。
そして私達が終わると儀式は終了し、後は遊びの時間となった。
私の前には料理人がやって来て、私と楊ちゃんの元に団子を持ってきてくれた。
料理人は言った。
「こちら陛下が射られた笹団子でございます。そしてこちらは観覧者の皆様のために準備した笹団子です。」
私が笹を開けると中にはよもぎ団子が入っていた。
緑の色は食欲をそそり中に入っているだろう餡子への期待を募らせる。
「まあ。美味しそうねえ」
私がそんな事を考えていると横に座っている楊ちゃんが感嘆の声を上げた。
楊ちゃんの方を見ると、私と異なり団子が水団子になっており、食べやすくて美味しそうだった。
そうか。
矢で射なければならないから私の団子はよもぎ団子だが、楊ちゃんの物は初めから食べるようだから水団子なのか。
私が少し羨ましく思っていると楊ちゃんが言った。
「陛下。私の分を半分分けてあげるから、そっちの団子も半分分けてちょうだい。」
こういう時の楊ちゃんは優しい。
私は笑みを浮かべて答えた。
「うん。半分個しよう。」
すると料理人が再びやって来て言った。
「こちら、菖蒲酒でございます。」
そして私達の前に菖蒲酒が渡された。
なんでも厄除けのための縁起物らしい。
お酒は透き通った色をしていて、菖蒲の良い匂いがした。
私が言った。
「味だけでなく、見た目や香りも楽しめるのは素晴らしいな。」
すると料理人が得意げに答えた。
「それだけではございませんよ。もう一品、ございます。」
そして料理人は花瓶に入った菖蒲の花を持ってきた。
「残念ながら菖蒲酒において利用されている菖蒲は、菖蒲の花とは異なります。ですから、菖蒲の花の香りや美しさはこの花瓶でお楽しみ下さい。」
すると楊ちゃんが言った。
「これは食べられるの?」
そうか。
楊ちゃんは狐だから、草や花を食べることに抵抗がないのか。
私は焦って言った。
「楊ちゃん。これは観賞用で食べないんだよ。」
すると楊ちゃんも意味が分かった様子で言った。
「そう。無粋な事を言ってごめんなさい。」
そして私達は、団子を食べ始めた。
私の笹団子は餡子が利いていて、口の中を甘くて幸せにしてくれた。
楊ちゃんの笹団子は柔らかく、喉越しもいいので気付いたら全部食べてしまう感じだった。
そしてそこに辛く、いい香りのする菖蒲酒は最高の相性だった。
「食後の菖蒲湯でございます。」
食べ終わると料理人は今度は菖蒲の香りのするお湯を持ってきた。
なんだか身体が温まる様だった。
「すみません。私に弓を教えて頂けませんか。」
私が、団子の美味しさに心が温かくなり、弓を射て遊ぶ官僚や巫女達を眺めていると、一人の巫女がお義兄ちゃんに声をかけた。
お義兄ちゃんはにこやかに答えた。
「はい。構いませんよ。」
そしてお義兄ちゃんは巫女と共に、団子に向き合い姿勢や持ち方、射方など、丁寧に教えていた。
私は思った。
なんだあの不届きな女は。
絶対私のお義兄ちゃんに気があるに違いない。
お義兄ちゃんが誰にでも優しい事に付け込んでいるのだ。
しかも良く見ると、他の巫女達も、次は自分がお義兄ちゃんに習おうと様子を伺っていた。
全く。
この国の巫女の惨状は嘆かわしい限りだ。
私が怒りを感じていると楊ちゃんが呆れた顔で言った。
「そんなに気になるなら行ってきたらどうかしら。」
私は言った。
「でも行ったってどうしようもないし。なんか邪魔して束縛がきつい女だと思われたくない。」
楊ちゃんが言った。
「健気ねえ。それなら良い案があるわよ。」
そして楊ちゃんは私に耳打ちした。
私はそれは良い案だと思い、お義兄ちゃん達の下へ行った。
そして巫女達に対して言った。
「おい。お前達。そんなに集まっては李憲が団子を食べる暇がないだろう。私が教えてやるから希望者はこちらに来い。」
これが私が楊ちゃんに伝授された秘策である。
私も弓はお義兄ちゃんと同じ様に上手い。
そしてなにより皇帝の提案だ。
巫女達もむげにする事は出来ない。
お義兄ちゃんは私の提案に礼を言い、団子を食べるために料理人の下へ向かった。
巫女達はあるものは残り、あるものは離れた。
残った巫女の一人が言った。
「陛下に習えるとは光栄です。」
その巫女は目を輝かせていた。
良く見ると、先程は並んでいなかった巫女である。
もしかしたら私に習いたかったのかもしれない。
私は良い気分で言った。
「よし。指導を始めるぞ。」
そして私は弓を持った。
しかし、そこで不愉快なものが目に映った。
なんと李林甫が巫女達にまぎれて並んでいたのである。
私は李林甫に言った。
「お前。どういうつもりだ。」
すると李林甫は開き直った様子で言った。
「陛下。陛下は自ら我々に弓を教えると仰いました。ですから私も弓を習おうと来たまでです。断るならそれでも結構ですよ。李憲殿に習いにいきますから。」
私は思った。
目的は下らないが手段は狡猾だ。
何としても私に弓を習ってやろうという熱い気持ちが伝わってくる。
しかし、この程度の策略に屈する私ではない。
私は平然と言った。
「お前の言い分は分かった。ところで、話は変わるんだがお前に用事がある。今から、中書省に行って、検討中の案件をまとめて来い。なんだか急に政策の検討をしたくなった。」
私の発言を聞いて李林甫は驚いた表情を浮かべた。
「今からですか。」
私は言った。
「ああ。今からだ。皇帝の命令だぞ。まさか逆らわないよな。」
李林甫は敗北を悟り地面に崩れ落ちた。
そして立ち上がりゆっくりと中書省に向かって行った。
私は李林甫を追い出したことに満足し、上機嫌で巫女達に弓を教え始めたのだった。




