第2章鳥
お義兄ちゃんの話の概要はこうだ。
この国には、閻王を封印した巫女を崇拝する宗教が存在する。
封魔教と言い、聞くところによると巫女の弟子が始めたらしい。
そして我が国では封魔教に特別の敬意を払い、封魔教の僧侶達には税金を免除している。
ところが最近では、その事を悪用して僧侶ではないにも関わらず、僧侶を名乗る事によって税金を免れる者が多発しているという話である。
さらに、僧侶達の中にはお布施を民に強要したり、寺の維持等のための資金を着服したりするものも居るらしい。
組織全体としても腐敗しており、一種の社会問題となっている。
私は言った。
「成るほどね。噂には聞いてたけど、放置出来る様なものじゃないね。」
お義兄ちゃんは言った。
「どうされますか?」
私は少し考えてから言った。
「僧侶の内、税が免除される者は国の認可を受けた者だけにしよう。更に不正な行為を行った僧侶の認可は取り消せる事にしたら、不正も減るんじゃないの?」
お義兄ちゃんは私の話に感心した様子で言った。
「悠基様は相変わらず素晴らしい発想力をお持ちですね。官僚に指示してすぐにより精密な制度設計を作らせましょう。ですが、封魔教はいまだに強固に信じるものが多く、その影響力は絶大です。どうしましょうか?」
私は思った。
これは一種の勢力争いである。
勢力争いの基本は、自らに有利な状況を作り出しておき、相手が失策を犯した場合に一気にそこを付く事だ。
まずは有利な状況の作出が必要だろう。
私は言った。
「お義兄ちゃんは封魔教の不正の証拠を徹底的に集めてくれる?出来ればばれないようにやってくれると嬉しいな。」
お義兄ちゃんは言った。
「分かりました。李林甫も使ってよろしいですか?」
私は驚いた。
お義兄ちゃんの口から李林甫の名前が出るとは思わなかったから。
そこで私は言った。
「別に構わないけど良いの?」
するとお義兄ちゃんは言った。
「さすがの私も李弘の件で学びました。人には向き不向きがあります。真面目でしっかり者の宋璟に政争は向きません。宋璟には表の仕事をさせて李林甫には裏の仕事をさせるのが良いかと思いました。」
私は少し厳しい顔で言った。
「それは良いよ。だけど宋璟と李林甫は違う。李林甫はいつ私に噛み付くか分からない。だから適度な距離感を保ってね。入れ込んじゃ駄目だよ。」
お義兄ちゃんは私の発言に感じるところがあったのか少し感心した様子で言った。
「かしこまりました。肝に銘じておきます。」
私達の話が終わると、私の横で静かに寝ていた楊ちゃんが言った。
「話は終わったのかしら?按摩の続きをする?」
私は言った。
「そうだね。もう少し揉んでもらえる?」
私がそう言うと悠々が鳴きだした。
「ミー。ミー。」
そして悠々が跳び上がると部屋の中を飛んでいた鳥に噛み付き、くわえて地面に落とした。
私は立ち上がり楊ちゃんに目配せをした。
そして、お義兄ちゃんは刀を抜き私と悠々の間に立った。
鳥は言った。
「お待ち下さい。私はあなた方に危害を加えるつもりはありません。」
「ミー。ミー。」
しかし、悠々は噛み付いた口を離さなかった。
それを見て楊ちゃんが言った。
「また。たちの悪い怪異に目を付けられたものねえ。あれは跂踵よ。現れた国に疫病を起こすといわれているわ。可哀想だけど、殺すべきでしょうね。」
楊ちゃんの言葉を聞いてお義兄ちゃんが刀を構えた。
すると鳥が言った。
「陛下。私は疫病を起こすつもりはありません。この国の民としてただ平穏に生きる事を望むのみです。そんな私を殺す。それが陛下にとっての政治ですか?」
私はその言葉を無視できなかった。
だからお義兄ちゃんを制して言った。
「なぜお前は私の前に現れた?」
鳥は言った。
「私はこの国の怪異が生き生きとしていると聞いて様子を見に参りました。そこで運命の出会いをしました。闘鶏です。あれは素晴らしい。人の心を打つものだ。私は是非闘鶏に出たいと思い陛下にお願いに参上しました。」
闘鶏とは今、都ではやっている遊びだ。
自分の飼っている鳥同士を戦わせるものだ。
どうやらこの鳥は闘鶏に出たいらしい。
私は言った。
「つまりお前には疫病を起こす気は無いのか?」
鳥は言った。
「はい。ございません。私はただ、闘鶏大会で優勝したいのです。」
私は思った。
私は怪異にも住みよい国でありたいと考えている。
だから楊ちゃんや悠々、狸たちにも対等に接してきたし、害をなさない怪異については一切、何の対策も取って来なかった。
それはどんな出自のものであっても他人に迷惑をかけない限りは国家として受け入れるべきであるという私の国家観も理由の一つだ。
国というのは器が広くなければならない。
寄る辺となる国家のない民は極力生み出すべきでないからだ。
私は言った。
「良いだろう。お前を私の元に置いてやる。」
その言葉にお義兄ちゃんは驚いた様子で言った。
「本気ですか。居るだけで疫病が起きるかも知れないのですよ?」
私は皇帝だ。
鳥自身にいくら罪がないといえども、疫病を起こす可能性のある鳥を生かしておく事はできない。
しかし、私には大きな疑問がある。
そもそも疫病を怪異に起こす事は可能なのだろうか。
私は楊ちゃんに問いかけた。
「楊ちゃん。実際どうなの?疫病を起こすって相当高い妖力がないと出来ないと思うんだけど。」
すると楊ちゃんが言った。
「言われてみるとそうねえ。閻王でもそんな能力は無いわ。昔からいうから信じてたけど、あなたって本当に疫病を起こせるの?」
それに対して鳥が言った。
「私は疫病が発生した土地に行き、そこの人々を助ける事を生業としております。ですので、疫病が起きた土地に私が出現する事は事実ですが、私自身が疫病を起こしたわけではありません。」
それを聞いて楊ちゃんが驚きの声を上げた。
「そうなの。知らなかったわ。むしろ良い子じゃない。」
私は密かに思った。
これは好機だと。
そこで私はお義兄ちゃんに言った。
「お義兄ちゃん。急いでこの鳥のことを調べてくれる?」
お義兄ちゃんは私の意図を理解したのか静かに頷いた。
そしてすぐに部屋を出て行った。
私は鳥に向かって言った。
「良いだろう。お前を私の元で飼ってやる。名はなんと言うんだ?」
それに対して鳥が言った。
「名はありません。是非、いただきたく存じます。」
私は少し考えた。
そして言った。
「じゃあ憲衡というのはどうだ?私の親愛なるお義兄ちゃんから一字を取ったんだぞ。」
すると鳥は恥らう様子で言った。
「私は女の子です。もう少し可愛い名前にしていただけませんか?」
私はそれを聞いて少し面白いなと思った。
怪異でも性格は様々だ。
どうやらこの鳥は意外と女の子らしい性格らしい。
私は少し考えてから言った。
「じゃあ、雪女衣はどうだ。深い意味は無いがなんとなく可愛らしいだろう。」
鳥は言った。
「はい。素晴らしいお名前をありがとうございます。あと、もう一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
私は言った。
「何だ?」
鳥は言った。
「そろそろ開放して頂けませんか。」
私はそこで鳥が悠々に押さえつけられたままである事に気付いた。
そして言った。
「悠々。離してやれ。」
悠々は鳴いた。
「ミー。ミー。」
そして悠々は雪女衣を開放した。
私は悠々の気持ちが気になり楊ちゃんに言った。
「悠々はなんて言ってるの?」
楊ちゃんは言った。
「(陛下に背いた場合には私がお前を殺す。覚悟しておけ)と言ってるわ。怖いわねー。」
私は悠々に近づき悠々の頭を撫でた。
「お前は本当に立派な家臣だな。お前の様な者に出会えて私は幸せ者だぞ。」
悠々は私に褒められて嬉しかったのか喉をごろごろ鳴らして私に撫でられていたのだった。




