ヤミヨヒメ -カミヲキル-
その屋敷、私の屋敷は思っていたよりも小さかった。
しかし私は、屋敷に至るまでその大きさを想像していなかったから、思っていたよりも、とは正しい言葉遣いではないのかもしれない。
ただ、最初にその屋敷を見た瞬間に「小さい」と思ったのである。
それは私の屋敷の隣に、天を突かんばかりの屋敷が、むしろそれは城であるが、それが私の屋敷を一飲みにするかのごとく存在していたからである。それが誰の屋敷なのかは容易に察せられたが、敢えて私はウルに尋ねてみた。
「どっちが私の家なの?」
「こちらが。あちらの屋敷はご主人様の屋敷にございます。あちらにはもう誰も住んでおりません。」
父の屋敷はまるで地中から飛び出した何千もの槍が集まったような形をしていた。部屋や廊下は様々に入組み、枝分かれし、それぞれに何かを貫こうと屋根を尖らせていたが、不思議な均衡の美があった。
私の屋敷はと言えば、大きく湾曲した幅広の屋根が一つあるばかりで、重厚な落ち着きを見せているものの、鋭利な強靭さを持っていなかった。しかし、その物静かな洗練された雰囲気は気に入った。
「行きましょう、ウル」
私は歩を進めようとした。
しかし何かが私を遮り、私は思わず後方に転倒していた。
「ウル?」
「門にぶつかられたのです。もしや、まだ闇の中が見えていないのですか?」
私がそっと手を伸ばすと、確かにそこには重い金属の格子があり、門は閉じられていた。
星の光に照らされ、空に近い屋敷の屋根こそ私の目には見えていたけれども、私を含む地平に近いものには星の光など届かず、私の眼にはただ闇として映った。
「ウルは見えているの? 本当は見えるものなの?」
「私だけでなく、闇に住む者ならば光が無くとも全て見えています。そして貴方もじきに見え始めるでしょう。今はまだ瞳が未完成なだけです」
「そうなの。では、しばらくは耳に頼って生活しなければならないわね」
私は少し自嘲気味に笑った。
ただでさえ醜い顔をしているのに、まだ慣れない顔の筋肉を無理に引きつらせたので、さぞ不快な表情になった事だろう。
それを見たからだろうか、ウルは私を気遣ってくれた。
「お部屋へ案内した後で、明かりをお持ちしましょう」
「ありがとう。お願いするわ」
私はもう一度笑った。
その笑みに自嘲は含まれず、未完成の歪な顔ながら、精一杯に笑えた自信があった。
「ウル、門を開けて。早く私の部屋に行ってみたい」
真っ暗な前方から金属の軋む音が聞こえてきた。そしてその奥へとウルの足音が進んで行き、私は再びその音を追った。
私が部屋に入ると、ウルは約束通りに小さな明かりを持ってきた。
その火は小さな針の先に灯っていて、とても小さな火だったがとても強い青紫の光を放っていた。
街で見た、人の作ったランプという物の中にあった火とは違い、手を近づけても熱くない。
私はしばらく、その触れても消えず、火傷もしない火に手を出し入れして時を過ごしていたが、私の赤黒い爛れた皮膚に青い火の落とす影の奇妙な色合いに気分が悪くなった。
それから私は腰を下ろした。
部屋には椅子もあり、ベッドもあり、あらゆる家具が用意されていたが、私はまず床に直接座った。腰に冷たい床の感覚があり、心地良かった。
そしてこの心地良さの原因は私自身にあるのだと思った。
寄せ集められた私の血肉が、周囲に対して昂った体温を放出したがっているようだった。痛みを感じている時間が長すぎて、神経は麻痺してしまっている。けれど痛みが引き起こす身体の熱は溜まり続け、未完成の私の身体は汗をかいて放熱する事も出来ない。
だから私にはこの冷たい床がとても心地良かった。
私は三日の間、この薄暗い部屋に籠もっていた。
部屋の前を通り過ぎていく足音が時折聞こえていたが、その扉を開けて顔を出す事はしなかった。
私の身体はまだ醜く腫れ上がっており、腐乱した肉片が私の表面から滑り落ちると共に酷い臭いを発していたので、私は扉を開けようとしなかった。
誰よりもウルの目にこの不快な身体を曝したくなかったのである。
その事を察したのか、ウルは言葉を発して私に呼びかけようとはしなかった。たまに扉の前で立ち止まり、まるで私の言葉を待つかのように動きを止めると、しばらくしてまた足音をたてて去っていった。
私は自分の身体を組み立て続けた。
ウルの言っていた通り、私は自分の意思を持つ前からその方法を知っているようだった。
誰に教わったわけでもなく、身体から無用な肉片を引き剥がし、部屋の隅に投げ捨て続けた。剥ぎ取った肉片の下に新しく露出した真紅の身体は、その瞬間から疼き始め、そして数時間後に膿の溜まりが出来た。
私がその風船のように腫れ上がった膿の肉袋に噛み付くと、中から赤と黄色のマーブル模様のまま膿がだらりと垂れ、柔らかな絨毯を汚した。
膿が全部流れ出ていくと、ようやく真っ白な皮膚が私を包む。私はその綺麗な白色を見てようやく満足するのだ。
だから気に入る白さが私の肌に現れるまで、私は皮膚を裂き続けていた。
私の右手は三日目に指を持つようになった。
右手の先の、グローブかミミズのように見える肉塊の先が妙に痒かったので、部屋の壁に擦り付けていたら、指先の肉が削げ落ちて人差し指がミミズから分離した。
そのまま力任せに中指、薬指、と引き離してみると、意外と簡単に右手の指は五本に分かれた。
相変わらず腕の肉はでこぼこで赤黒く、鼻を近づけると腐った血の臭いがしたが、私は細くて長い指が五本も生えてきた事を凄く喜んでいた。
私は調子に乗って今姿を現したばかりの右手の指で左手の指を掘り起こそうとした。まだ動かし慣れていないせいか、それとも空気に触れた痛みからか、右手の指は震えた。しかし私は震えが納まるのを待つ事さえ出来ず、ぐいと左手の中に指を突っ込み、まず人差し指を肉塊の中から引き千切った。
左手の人差し指に部屋の生暖かい空気が触れる。風が起きると指先が少し痺れた様に痛んだ。その痛みは新鮮な刺激となり、私は嬉しくて仕方なくなった。
そしてそのまま勢いに乗って、更に中指も作り上げてしまおうと、再び指を肉の中に差し込んで引っ張ると、堪らない痛みに襲われた。
私は悲鳴を上げながら床の上を転げまわり、他の痛みで気を紛らわせようと、壁に身体を打ちつけた。
どうやら中指はまだ時期が早いと知った私は、逆に小指から離そうと思いついた。
またあの激痛は嫌なので、ゆっくりと小指を引っ張ると、第一関節と第二関節のちょうど真ん中あたりで痛みを覚えたので、指を作るのはまた今度にしようと決めた。
身体をこね回す事に飽きた頃、私の部屋の隅にあった肉片のごみは、まさに言葉通りの腐臭を放っていた。
酷い臭いには慣れていた。
私の身体は常にどこかが膿み、体内の血はその痛みに脈打ち、私に臭いを認める暇を与えなかった。
私自身の内側から滔々と溢れる腐臭は、謂わば私そのものでもあり、否定する気も起きなかった。
しかし今は違う。私自身の身体は整い、腐臭は私から発散され尽くそうとしている。
腐臭を脱ぎ去る私にその醜かった様を思い知らせるが如く、その既に私ではなくなった塊の臭いは日に日に大きくなった。
ウルを呼んで、これを片付けてもらおう。
私は扉を開けると、大きな声でウルを呼んだ。小さな屋敷だったのだが、誰もいないせいで、私の声は何度も屋敷内で響き続けた。
「何か?」
彼は向こうの暗闇の中からやってきた。何も見えぬ闇に小さな足音が聞こえ、私は彼が暗闇の中にいる間も、そこにいる姿が見えていた。
暗闇でも見える目が私にも備わったんだわ。
私は少し嬉しくなって、ウルが問いかけた後もしばらく笑っていた。
「ごみを片付けて。それと、全身を映せる鏡も持ってきて。あと、食事もお願いしたいの」
「私は貴方の教育係です。部屋の掃除はメイドに命令するのがよろしいでしょう」
私はウルの顔を見た。何を言っているのかが分からなかったのだ。
まずウルと私以外に、この屋敷には誰もいないと思っていた。
そして確かにウルは出会ってすぐに、私を教育するために父に残して行かれた、とも言った。そして私の頼みは全て聞き入れてくれていた。
だから、それがウルに拒絶された最初の瞬間だった。
「何を驚いた顔をなさっているのです?これは私達、夜魔にとっては当然の事なのです。憶えておいてください」
ウルは私達の存在を夜魔と呼んだ。
以前ウルに、私は人ではない、と言われた。
ならば私は夜魔か。
そうか、夜魔なのか。
火で光を作った人に対し、闇に住処を求めた夜魔。それが人ではない、私の呼び名であった。
「何を憶えておくの?」
「私達には階級があります。階級とは精神の気高さ、つまりプライドです。私達はプライドを損なうような行為を絶対にせず、プライドに反する命令も絶対に受けないのです」
「ウルは、ごみを掃除しない階級なのね」
「夜魔同士の格差は精神によって決まります。精神の高貴な者は、その肉体的能力に関係なく、精神を屈服させた者を完全に支配する事が出来ます」
ウルの鋭く青い目が私を見下ろしている。しかし威圧されている感じはしなかった。
それはウルよりも私の中に流れる父の血の方が高貴だからだろう。その血が教えていたのか、私は出会った時からウルを自分に仕えてくれる者としてとらえていた。もちろん、その美しく優雅な振る舞いや包み込むような優しさを敬いはしていたけれども、自分がウルよりも下だとは一度も考えなかったのである。
その時の私の身体は、見るも無残な肉塊であったのに、だ。
「一つだけ、分かる気がするわ」
「お聞きしましょう」
「その高貴さって、誰にも屈しない誇り、なのでしょう?」
「そうです。そしてもう一つ、全てを虜にする美しさ。これも夜魔の格を決める、精神の高貴さに影響します」
「美しさ、か。屈しない心を支配するには、美しさが重要なのね」
ウルは微笑んだ。
教育者としての出だしが良かったからだろうか。それとも、私が教育される者として出だし良く始めたからだろうか。
そしてウルは部屋の隅にある、ごみの山を指差しながら言った。
「部屋を掃除したいなら、メイドをお呼びになれば良いでしょう。彼女の名は、キリカ、といいます。この屋敷で最も格の低い者です。今の貴方でも命令することが出来ましょう。自信を持って、命令出来て当然、と思って命じるのです」
私には美しくなる自信があった。
ウルは彼よりも私の方が美しくなると言っていた。それは、私の中に父の血が流れているためらしい。
私は父の顔も名も知らないが、彼はよほど格の高い夜魔だったのだろう。
ウルは父に支配されており、私は父の位まで高貴な美しさを得られる可能性がある。
つまり、私にもウルのように美しく聡明な者を傍に置く事が出来るかもしれないという事だ。
「キリカ、ここに来て。ごみを掃除して欲しいの」
私の声が屋敷に響き渡ると、彼女はすぐに現れた。闇の奥から青白い顔が浮かんできて、続いて彼女の細長い四肢が私の目に映った。
しかし彼女の到着を待たずにウルは私を促した。
「行きましょう。鏡のある部屋に案内します。食事はその後に。食事の時は作法も一緒に憶えていただく事になります」
「分かったわ。でもキリカに挨拶をしておきたいの」
キリカも、父が私のために残して行ってくれた者なのだろうと思った。濃紺のメイド服を着ていて、黄金色の髪を一つに束ねていた。
長い手足や、切れ長で繊細な目つきなどが美しく、彼女もウルの言う夜魔としての美しさを備えている。
しかしその顔に表情は無く、仕草もウルほどに洗練された感が無い。
彼女が美しくないわけでは決して無いのだが、ウルに比べると遥かに見劣りした。
これが高貴さか。格の違いなのか。
「貴方がそうしたいのなら構いませんが、無意味ですよ。キリカは言葉を持たないのです。ご主人様に作られた時、彼女は言葉を与えられなかった。メイドに言葉は必要ないという事です」
「でも、私の言葉は分かるのでしょう? 挨拶して行くわ」
私とウルは部屋の前の廊下で彼女が来るのを数秒待った。
キリカは私達に近付くと、腰を折って頭を下げて部屋に入っていこうとした。キリカはウルよりも少し背が低かったが、私よりも高かったので、私の頭よりも低い位置に頭を下げ、そのまま屈んで歩いたので、とても妙な姿勢になってしまっていた。
「キリカ、私がディードよ。部屋を綺麗にしたいから、貴方にお願いするわ」
私はウルに言われた通り、当然出来るという自信を持って命令した。
しかしキリカは困惑したように首を傾げ、何度も私とウルの顔を交互に見回し、それからようやく、しかし困惑した顔のまま掃除を始めた。
言葉を持たないというのは本当の事だったが、私の言葉も正確に伝わっているのかどうか不安になった。
「彼女に挨拶をしたのは貴方が初めてなのです。だから彼女は困ってしまったのでしょう。どう対処して良いかを知らないのです」
「キリカ、困った顔をやめて。私は貴方を困らせたくて言ったわけではないの。貴方は掃除さえきちんとすれば、問題ないのよ」
私は再びキリカに命令した。途端に彼女はその困惑した表情をやめ、もとの無表情に戻った。細く少し垂れ下がった目で前方だけを見つめながら、黙々と動き続けていた。
「それでは行きましょうか」
「案内して。私は鏡が見たい。私の身体がどれくらい完成されたのか見たいの」
ウルは歩き始めた。
その動作の滑らかさや優雅さには見習うべきところがあると感じた。
私が夜魔としての高貴さを手に入れるには、まず何よりも美しくなる必要があるのだった。
私が聡明なる美を手に入れ、そして他者に屈しない自信を身につけた時、私は高貴な者となり、ウルのような者でさえ自由に従える事が出来るのだ。
この、何かを所有するという喜びは快感に似ていた。自分が美しくなっていく事自体も快感であったが、その先にあるものも私の喜びとなりえた。
この感覚は、私が夜魔だから生まれているのか、それとも単に私の支配欲が強いだけなのか。
「ねぇ、ウル」
「何か?」
彼は振り返らず、私の前を歩きながら答えた。
「支配したいと思う心って、誰にでもあるものなの? それとも、私だけ?」
ウルは少し黙った。
私の問いに対する答えを探しているのか。あるいは、私の傲慢な心を知って呆れているのか。
そしてウルは何でもないように言葉を発した。
「私にはそのような欲求はありません。しかし一部の夜魔、純血種の者などは、それを持っているでしょう。高貴で格の高い夜魔ほど強い支配欲を持っているのです。」
「私も純血種なのね?」
またウルは静かになった。
しかし今度は間を置いた程度の沈黙だった。
「違います。貴方は純血種ではありません。純血種とは、年経た鳥獣や物質が陰妖の気を孕んで姿を成し、夜魔となった者の事です。ご主人様も純血種ですが、私やキリカはご主人様に命を与えられた者、夜魔としての成り立ちが違います」
「私も父に作られたのよね? 人の屍を寄せ集めて。そうすると、この気持ちはただの欲求か」
「分かりません」
「分からない、って?」
「確かに貴方は純血種の夜魔ではない。しかしご主人様の血を受けて命を得、夜魔となった。この事自体、前例が無いのです。血は生命の象徴であり、存在性の証明でもある。血がその者を形作り、その者の全ては血によって説明されます。わざわざその高貴なる血を与えて夜魔を作る純血種の夜魔などこれまでいなかったのです。しかしご主人様は敢えて血を用い、貴方を娘としてお作りになった。もしかすると、貴方は純血種でない純血種なのかもしれません」
純血種でない、純血種。
限りなくそれに近い、何か。
そういう事だろうか。
「しかし、貴方がどんな存在だろうと、この夜魔の世界において不自然な存在であることは確かです。私も出来る限りの教育をしますが、真実は貴方自身の目や耳で探すのが宜しいでしょう」
彼がそこまで言い終えると、ちょうど扉の前に来ていた。
私は自分でその扉を引き、開けた。
暗い部屋だった。
しかし何やらキラキラと光るものが床一面に散らばっていた。一歩足を踏み入れた私の足元にも、一つ輝く欠片が落ちている。
私は右手を伸ばし、生えたばかりの指でその欠片を摘まみ上げた。
「鏡だわ。でもウル、こんな破片では小さ過ぎて役に立たない」
「奥にまだ割れていない鏡もあるでしょう。欠片の縁は切れます、気を付けて下さい」
その時、ちくりと指先に痛みが走って、私は欠片を取り落とした。床に当たった欠片が金属のように凄く高い音で更に小さく砕け散る。
私の指先からは赤よりも朱に近い色の血液が流れ出し、私が指を口に運ぶと独特の臭みを持つ味が口内に広がっていった。舌先で液体の溢れ出る亀裂を探ると、予想していた以上に深く長い谷間である事が分かった。
「指を切ったのですか?」
人差し指を咥えたままの私をウルが見下ろしていた。
注意をするように言われた傍から指を切った私を呆れたように見るでもなく、あるいは酷く心配しているような素振りでもなく、ウルはただ無表情で私を見ていた。
「いいえ、大丈夫よ。小さな傷だし、血もそれほど出てない」
私がそう言うと、何の感情もなく見下ろすだけだったウルの口元に僅かな微笑が生まれた。私の指について安心した笑顔なのかとも考えたが、そもそもウルに心配した様子はなかったから、彼の微笑には別な理由があるように思えた。
「なぜ笑ったの? 私の傷が小さいから、安心したの?」
「それもありますが、理由の大半は貴方が気丈に振舞ったからです。」
「なぜ私が気丈なだけで笑えるの?」
「気丈さは心の強さから表れます。しかしただ強いだけの心は傲慢と呼びます。それに他人を気遣うゆとりがあってこそ、気丈な姿勢が作られるのです。もし貴方が純血種であるのならば、他者を統べる事になります。その時、その気丈さがきっと大きな魅力となるであろう事が喜ばしかったのです。それが笑った理由です」
ウルが私に何を望んでいるのかがわかった。
あるいは私の父がウルを通して私に望んでいるのかもしれない。
しかしどちらにしても、私は支配者として良き姿勢を備える事を期待されていた。
「他者を気遣う気丈さね、憶えておくわ。ウルや父の望むような、高貴な純血種になれるよう努力する事に決めたわ。それが私の生まれた理由だろうから」
「良き決断です。私も力を惜しまず、尽力しましょう。そうでなくとも、ご主人様にそうするよう命令されておりますが、私自身の意思でも貴方を助けたい気分になりました」
「ありがとう。嬉しく思うわ」
ウルは右手をさっと前に振り、部屋の奥へと進むよう私を促した。
その時の私は、足さえも未完成であった。その形に合う靴が無く、そのため肌が透けて見えるほど薄い布の靴下だけが、私の素足を運んでいた。鏡の欠片が足に刺さらないように、注意深く爪先で踏み場所を選びながらの移動だった。
部屋の奥には二枚だけ、まだ割れていない鏡があった。他にも四枚の鏡があったようだが、既に木製の額縁を残しているだけで、鏡とは呼べない姿だった。
私は二枚の内から小さい方を選び、その前に立った。大きな方を選ばなかったのは、それが大き過ぎて背後の余計なものまで映してしまう気がしたからだ。その小さい方の鏡で十分に私の全身を映せると思えたのである。
これが、私か。
左右の足の長さが揃っていないので、床に対してやや斜めに傾き立っている。
およそ人の形をしているようだが、ウルのように美しく均整の取れたバランスを備えてはいない。
着ている白いドレスは私の細い曲線を優しく包み込んでいるが、上手く歩けもしない頃から引きずり続けたために、各所に綻びが見られる。更には、私自身の吐き出した血膿で汚れ、赤黒い斑点が品の無い模様を浮かび上がらせていた。
既にドレスの左腕は肩から少し先で破れて無くなってしまっている。そこに見える左手は散々に爛れ、黒く腫れ上がり、心臓の鼓動に合わせて、まるで別の生き物のように痙攣を繰り返す。
「醜い。」
私は口に出して呟いてみた。既に心の中では何度も叫んだ言葉。だが、この苦痛をウルにも聞かせてみたいと思った。
しかし彼は私の傍で立ち尽くしたまま、ただ私が鏡の前で色々と動くのを見ていた。
それとも私の声が小さ過ぎて、聞こえていないのか。
「醜いわ。ひどく不愉快なの。ウル、貴方は言ったはずよ、私は貴方よりも美しくなると。なっていないじゃない?」
私は顔を鏡に寄せて、己の顔をじっと見つめた。
髪の毛が伸び放題に散っていて、真っ黒な髪と髪が絡まり合って固まっている。右側の方が妙に長く伸びていて、肩にまで届くというのに、左の方は生えてきたばかりのごとく、眉にも届かない。
私の身体は全体的に左側の成長が遅いようで、額の左側と左の頬が爛れている。まるで皮膚の下にミミズが数匹這い回っているかのようであった。
更に私の左目は霧を閉じ込めた黒水晶のように澱んでいて、どこに瞳があるのかも分からない。右目を閉じると、その左目がまだ目としての機能さえ有していない事が分かった。
「まず、髪を切り揃えますか。夕食のために、身だしなみを。」
ウルは私に優しく言葉をかけた。
そのときの私は一生懸命に鏡を覗き込むあまり、鼻先を鏡面に擦り付けていた。
「ドレスも着替えたいわ。同じような雰囲気のものが良いけど、貴方に任せるから、ウルが選んでくれる?」
「生憎ですが、この屋敷に替えのドレスは用意されておりません。仕立ての出来る者もご主人様は残して行かれませんでしたし、明日にでも街から人間の仕立屋を連れてきて作らせましょう。」
「明日か。待てないわ。やっと人らしい形になったんですもの、着ている物も綺麗な物にしたいわ。今晩、街に行きましょう」
ウルは微笑んだ。
それは何の理由からの微笑だったのだろうか。
私のわがままを承諾しての笑みか。しかし彼はただ微笑み、首を縦に振るでもない。
それともただ呆れたがゆえに、他の表情を作れなかっただけか。しかし彼の瞳に私を憐れむ様な不快さは感じない。
「髪はウルが切ってくれるの? それともキリカが?」
ウルがいつまでも優しく微笑むので、私はその沈黙に飽きてしまい、また鏡を見て彼に問う。
右側のやたらに伸びた髪を、歪な形の指で、ぐいと一束ねに掻き揚げる。どこまで短くするのだろうと考えてみるが、左の長さに合わせるならば、ずいぶん短くする事になる。
「私が切りましょう。貴方の教育を任されたという事は、貴方を美しく高貴な者にする事に関しては全て私の責任という事なのです。貴方の容姿も、内面も、全て私が導くのです」
「それが父から貴方への命令なのね」
「そうです」
私の心に嫉妬が生まれた。
それは顔も名も知らぬ父に向けられたものだ。
ウルの信頼と忠誠をこれほどまでに受けている父が羨ましかった。
ウルが私の頼みを悉く聞いてくれるのは、私に要因があるのではなく、父に魅力があり、その命令が絶対的だからだ。
それが悔しく思えた。
「キリカにハサミを持ってこさせます。少しお待ちを」
ウルは私を鏡の前に残し、部屋から出て行った。しかしキリカを呼ぶ彼の声が聞こえた事から、ウルは廊下に出ただけで、私の部屋までキリカを呼びに行ったわけではない事が分かった。
格の高い者が、低い者の方へ赴く事はないのだ。
私は憶えた。
そしてウルが戻ってきた。しかしその手にハサミは無い。
「どんな髪にするのか、希望はありますか?」
「無いわ。左の短さに合わせると髪形も何もないし。ウルの気に入るように切って」
キリカがハサミを持ってやってきた。
彼女の顔は相変わらず表情に乏しく、そのハサミをウルに渡すという命令以外には何も考えていないような様子だった。だからただ一途にウルだけを見つめ、彼の前にハサミを差し出すと、またその少し垂れた目がとろんと光を失い、完全に人形のような不思議さを持つ表情になった。
ウルはそのハサミを無言で受け取ると、私の方に近付いてきた。
「ありがとう、キリカ」
私は礼を言うべきだと思ったのだ。
ウルは何も言わなかった。それが格の高い者としての態度なのだろう。それが当然だという思いは私の中にも確かにある。キリカは格の低い者で、むしろ使われるために生まれてきた者だ。言葉をかける必要もない事は分かりきった事だった。
しかし仮に礼を言ったとしても私の格が下がるわけでもあるまい。
そして私には好奇心もあった。
命令を受けていない時はまるで蝋人形のように白い顔のキリカが、私の好意に喜んだとしたらどんな笑顔を見せるのだろう。青白い顔を紅潮させて私に笑みを返すだろうか。言葉を持たない彼女が私の言葉に対処するには表情を作るしかないのだ。
キリカは笑うのだろうか。喜ぶのだろうか。
私の心には好奇心があった。
しかし彼女はただ私の顔を見、ただ困惑したように眉を顰め、斜めに顔を歪めて首を傾げた。
私にはどうして良いのかが思い浮かばなかった。
キリカが熱心に私の顔を見ている。その顔には不安と恐怖が混じり、すっと細長い背丈を一心に低くして、怯えた様に指を震えさせて、じっと私を見ていた。
キリカがそんな顔をするので、私の方でも何かとんでもない間違いを犯してしまったのかと考えてしまう。彼女の反応を試そうとした私の興味心が悪かったのか。
私とキリカはお互いに見合ったまま凍りついていた。
しかしむしろ凍り付いていたのは私だけで、ただ彼女は私が視線を合わせたばかりに、彼女の方から目を逸らせないままでいるだけなのだと私は知っていた。
「キリカ、笑いなさい。戸惑う気持ちも分かるが、このような時は微笑むのです。お嬢様の前でそんな顔をしてはいけない」
私の硬直を解凍したのはウルだったが、彼がキリカにかけた言葉はどことなく冷たい感じがした。
なぜ自分が格の低いメイドに対してまで教育せねばならないのだ。
ウルは心の中でそう感じているのだろう、と私は考えてみた。案外それは的外れな想像でもないように思えた。
しかしキリカは、笑いなさい、というその命令に従った。どうしようもない不安に答えが与えられたように、彼女は一心でそれに飛びついていったかのように表情を変えた。
キリカの微笑みは歪だった。笑っているのか、それともただ頬を吊り上げただけなのか。普段使い慣れない筋肉で精一杯命令に答えているのだろう。お世辞にも美しいとは言えず、魅力など何も感じない微笑だ。
しかし僅かに開いた唇の間から小さくて真っ白な歯が見えた。
あれほど歪で滑稽な微笑でありながら、その表情を形容する言葉には可愛らしいというものを私は選ぶ。
彼女もまた夜魔なのである。その美しさが完全に失われてしまう瞬間などは万が一にも無いようであった。
「下がって良いわ。ありがとう」
また私の口から思わず言葉が漏れた。私はただ彼女を休ませたかっただけなのだが。
そして彼女はまた笑う。まるで条件反射の様でもあった。
「貴方は本当に不思議な人です」
ウルが私の髪を左手でそっと包むように持ち上げる。
「キリカに言葉をかける事を、ウルが無意味だと思っている事は分かっているのよ。でも、私は自分でも分からないくらいに、なぜかそうしたくなるの」
「何も私はそれを好ましく思わないわけではないのですよ。ただ、貴方はやはり普通の夜魔とは違うのだと考えていたのです。もちろん、私とは全く違う思考をしているでしょう」
ウルは躊躇う様子もなくハサミを振るい始めた。
私の真っ直ぐで真っ黒な髪が私から離脱し、宙を舞って落ちていく。私はそれが床の上に辿り着くまで目で追った。
ウルが私の髪を丁寧に切り揃えていくのを鏡越しに見ながら、そして落ちていく髪も見ながら、しばらくの時間が過ぎた。
それから私はまるで唐突に言った。
「きっと私が人間の屍から生まれたからかもしれないわ」
ウルには言葉の意味が分からなかったのだろう。鏡越しに一瞬だけ私の顔を見た後、またハサミを動かし始めた。まるで私の言葉など聞かなかったかのような落ち着きである。しかしそれがきっと私の次の言葉を待っているのだろうという事が私には分かっていた。
「ふと思ったのよ。私がキリカにどうしても礼を言わずにはいられない理由。もしかするとこれは人間の感情なのかもしれない」
ウルは少し困ったような顔をした。しかしそのまま髪を切り続けていた。
彼の方がずいぶんと背が高く、私の頭は彼の鎖骨辺りまでしか届かない。だから私達はお互い鏡を向いて立ったままだった。
私は目線を上に向け、ウルの使うハサミの銀色を見ていた。
今度は私がウルの言葉を待つ番だった。
ウルは何かを言おうとして口を開いたが、またすぐに閉じた。それから再び眉を寄せ、眉間に細かい皺を作り、ついには困り果てたかのように溜息をついた。
しかしそれでも私は自分の方から声を出そうとは思わなかった。彼が何にそれほど表情を曇らせているのか、心の底から知りたいと願っていたが、不思議と態度には表れなかった。まるで何も感じていないように私は無表情であった。
およそウルが私の言葉を待っていた時もこんな心情だったのだろうか。もしもそうなのだとしたら、私達はその時の感情とは別に限りなく自分を無感動に出来るのだろう。
感情の昂ぶりで破顔しないのは、感情に支配されるという事が美しく高貴な行動とは思えないからだろうか。
夜魔としての尊厳が、感情の爆発を身体の内側だけに閉じ込めてしまっている。
私はそう考えながらウルの顔をじっと見上げていた。
「他者を思いやるという事を大半の者は忘れてしまっています。それを易々と行う事の出来る貴方は、やはり我々とは違う存在なのです。私はそれを好ましい事だと感じています。しかしそれが人間の感情であるとは思いたくない。高貴な血を受けた貴方の中に、人間としての存在が僅かでも残っているとは考えたくありません」
感情を表さない種族であるウルの顔は何も変わらない平静であったが、その言葉の端には明らかな嫌悪感が潜んでいた。
「ウルは人間を嫌っているのね?」
「私の知る限り、人間は浅ましい。羨み、妬み、憎み、そして最後には他者から奪う事さえ何の思考も無しに行う。彼らは外見こそ着飾っているが、その内は酷く醜い。彼らと私達はまるで対極に立っているのです」
「ウルは人間を嫌っているのね。憶えておくわ」
しかし私には人間というものがそれほど汚れたものだとは思えなかった。
だが一方で私がまだその人間という存在に接した事がないのも事実である。それは私の単なる思い込みであり、人から生まれたからゆえの自己弁護なのかもしれなかった。
私の中に生まれた根拠のない理屈よりも、ウルの言葉の方が信じるに足るような気がした。
なぜなら、私がキリカに捨てるように命じた腐敗した肉片こそが、人間という存在の行く末に待ち受ける姿であったからだ。
ウルはそっとハサミを下ろした。
私は自分の頭が枯れ山のように短く刈り込まれてしまうものだと思っていた。短く切り揃えられたウルの髪型よりももっと短くなるものだと思っていた。
しかしウルはそうしなかった。
左側の短さは如何ともし難いので刈り揃えられただけだが、右側はそれに対して必ずしも対称ではなかった。
私の真っ直ぐな黒髪は眉を覆い、僅かに瞳を避けて頬へと流れ落ちている。
なんと美しくなったものだ。
互いに絡まり合って、指さえ通らなかった毛の塊が嘘のように変わってしまった。ハサミ一本でこれを作り上げてしまうウルに私は感心していた。
しかしそれも、右側だけを見ての話だ。
これほどアンバランスな姿があろうか。まるで左右それぞれ別の生き物のようではないか。
私は鏡を見ながら半身に構え、右側だけを映した。
こちら側は、悪くない。
そして左側を映すつもりはなかった。
「帽子を左に傾けて被りなさい。貴方が思っているほど気にならなくなります」
ウルはどこから取り出したのか、白い小さな帽子を持ち、それを私に差し出していた。
小さな帽子だったが、日除けだけが妙に長く、緩やかに楕円のカーブを波打っている。それ以上の装飾は無かったが、品格を感じる。
しかしそれも私のドレス同様、くたびれていた。ドレスのように擦り切れた感じではなかったが、誰も被る者がいなかった寂しさに疲れたような翳りを湛えていた。
私はそれを受け取り、言われるがまま頭に乗せた。
確かにその幅広い楕円の翼が巧みに私の左半身を隠した。惨めな頭髪だけでなく、曇った左眼さえも、楕円の落とす小さな影の中に沈み、残された右の瞳が美しく映える。
「気に入ったわ。ありがとう、ウル」
ウルは微笑んだ。それはきっと、私の礼に対する条件反射だったのかもしれないが、キリカのような違和感を含んではいなかった。
「次は食事ね。急ぎましょう。早く何か口にしないと倒れてしまいそうなの」
私は鏡の部屋を出た。空腹を抑えながら私は屋敷を移動し、ウルは私の後ろについて歩いていたが、ふと私は気付いた。
「どこで食べるの? 私はどこに向かえば良いの?」
「分からずに歩いていたのですか?」
「えぇ。今それに気付いたの」
「街まで行きます。食事は街で取るのです。その時に良いドレスも選んで行きましょう」
私達は屋敷を出、真っ暗な路地の中に入っていった。
初めてその路地に来た時は、あまりの暗闇に何も見えなかった。しかし今、完成した右目で辺りを見回しても、何もない路地だった。狭い道幅が時折曲がりながら続いている。地面には数日前に私が足を引き摺って動いた血の跡が僅かに残っていた。
しかしこの暗闇は深かった。何度か道を曲がると向こうに人の作った灯りが見えたが、その光の届かないここはまだ私達の世界で、その途中に夜魔と人の世界を分ける境界線があるように思えた。
「ウルは何から生まれたの?」
言葉なく歩いていた私達にとって、その質問は唐突であった。
しかし私の頭の中では理路整然とその疑問に行き当たった経緯がある。だから私にとっては全く唐突ではなかった。
だがウルにその疑問の理由を教えなければならない事も私には分かっていた。
「私は人の屍に父が血を与えた事によって生まれた。きっとキリカはホウキなの。なぜかは分からないけど、キリカの本当の姿が私に見えたわ。でも、ウルは分からない」
「それは当然です。恐れ多い事ですが、まだ今の段階では私の方が貴方よりも格が高い。しかし既に貴方はキリカを凌ぐ精神の高貴さを身に付けている。その結果がそれなのです。確かにキリカはホウキです。ご主人様がホウキに向かって命じたのです、生命を持て、と。それがキリカの始まりです」
「ウルは何から生まれたの?」
「格の高い者は低い者を完全に支配する事が出来ます。故に、その者の真実が見えるのです。私もすぐに貴方に見破られる事になるでしょうから答えましょう。しかし我らは通常、自分の正体を相手に教えぬものなのです。己の真実を把握される事は、格を下げる事につながるからです」
ウルが暗に私に示している事がわかった。
私は無闇に、人の屍から生まれた、という事を言い過ぎる。そして何より、蔑むべき人間からという事実がウルの気を逆撫でているのだろう。彼は表情を全く崩さないため、その瞬間までそうとは気付かずにいたが、これまでに何度も私の言葉に眉を顰めかけたはずだ。
「私は煙草の煙から生まれました」
煙か。定まった形を持たない煙は、確かに柔軟性と包容力に富んだウルらしい。
しかし私は煙草というものが何なのか知らなかった。
「ご主人様は口から吹いた煙におっしゃったのです。誠実さによって姿を持て、忠義によって心を持て、そして思慮深きにして仕えよ、と。私は貴方を教育するためだけに生み出されました。だからご主人様は敢えて長い言葉によって命じたのでしょう」
「煙草が何か知りたいわ」
「草です。その葉を乾燥させて燃やすと煙が立ち昇り、その煙を吸うと何とも不思議な心地がするのです。人間が作り出した物でしたが、これだけはご主人様も気に入られたご様子でした」
「ウルも人間と関わりのある存在なのね」
私はあまり考えもせずに言葉を口にした。
酷く人間を嫌うウルは、自分の存在にさえ嫌悪を抱いているかもしれない。口にした言葉は恐らくウルを不愉快にさせたかもしれないが、自己嫌悪の必要は無いと教えたかった。
「私が自分の正体に疑問を感じているかもしれないと思ったのですね」
「えぇ。ウルは人間を酷く嫌っているから。露骨な言い方だった事は許して」
「いいえ、不快になどなっていませんよ。貴方の言った通り、私は人間の浅ましさが許せません。しかし彼らは何かを創造するという事において私達に劣らぬ巧みさを持っています。その巧妙さだけは私も感心し、認めているのです。むしろ私が嫌っているのは、その浅ましさだけで、それ以外は否定していないのです」
ちょうどそこまで話し終えると、ウルは小さく微笑んだ。
夜魔であるウルに感情の激しさは無い。故にその笑みも、あるいはウルの緻密な思考による産物であり、私とウルの間に流れる潤滑油として彼が利用しているのかもしれない。
しかしその微笑みは完璧であり、心奪われるとはこれをもって示すのだというばかりの輝きであった。
そして何より自然であった。
だから私はウルのようになりたい、彼を超えたいと願うのである。
「ここでお待ちを。食事を用意してまいりますので」
その微笑のままウルは光の向こうへと進んでいった。
私はウルの笑みを疑った表情のまま、そしてそれに憧れた眼差しのまま、何の言葉もかけずに彼を見送った。
次話更新7/13(金)予定