終わらない夏
霜月透子さま「ナツコイ企画」参加作品です。
朝早く、なんとなく海を見に行った。家からすぐ近くに浜辺がある。朝の浜辺は程よく涼しく、潮の香りが心地よい。浜辺にはサーファーが結構いる。ここはサーファーにとって波乗りに丁度いいらしい。
私は海を見ながら、砂浜と道路を繋ぐ階段に座っていた。と、その時、私の側をサーファーがボードを持って通りすぎた。私が見上げると、その彼と目が合った。
ドキン
そのサーファーは何事もなかったように海へ入っていった。たかがサーファーの一人。私は自分にそう言い聞かせて家に帰った。
翌日、また私は同じ時間に浜辺へと行った。そして昨日と同じ階段に腰をおろす。と、またサーファーが私の近くを通った。昨日の彼だった。彼は私を見下ろすと、何か言おうとした。
「博人ー!」
遠くから声がした。
「今行く!」
私の隣から声がした。
『博人』。それが名前?
だから何? という私の心の声がする。帰ろう。私は浜辺を後にした。
また翌日、私は浜辺へと行った。何故か心がざわめく。そしてまた階段に座る。私が浜辺を眺めていた時だった。
「あのさ、名前聞いてもいい?」
私のすぐ横から声がした。彼だった。『博人』。
「どうして?」
私は自分でも驚くくらいに冷たい声を出していた。
「あ、いや……」
「博人ー!」
また彼を呼ぶ声。
そのまま彼は行ってしまった。この喪失感は何だろう。
帰ろう。私は家に帰った。
また翌日、私はいつもの階段へ。
「あのさ……」
私の頭上から降ってきた声。彼の声。
「……博美」
私は自分の名前を言っていた。私は恥ずかしくて、立ち上がり走り去ろうとした。その時間近で彼と目が合った。私はすぐに立ち去った。
翌日、私は浜辺へ行かなかった。
その翌日、またで浜辺へと出掛けた。私がいつもの階段へ座ろうとした時だった。
「博美ちゃん」
振り返ると彼だった。『博人』。
「あのさ、おれが波乗りするところ、見ない?」
「え?」
「おいでよ」
私は興味があり、なんとなく彼についていった。彼は海へ入っていく。大きな波がきた。彼は波に乗り、器用に立ち上がった。
ドキン
彼が海から出てきた。
「どうだった?」
「上手いのね」
私がそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。
ドキン
「私、もう帰らないと」
「博美ちゃん、また会える?」
私は彼に答えずに浜辺を立ち去った。
翌日。
「博美、準備は出来たの?」
「うん、お母さん。もう帰るね」
「気を付けるのよ」
「わかってるよ」
私は大きめのバッグを持って、実家を後にした。一人暮らしの家へ帰るために。私は最後に浜辺へ寄った。でも大勢の観光客がいるだけで、彼はいなかった。何だろう、この気持ち。わからない。私はその気持ちに蓋をして、家へ帰った。
「ただいま」
誰も返事をしない自宅。明日から仕事。私は準備を始めた。
「おはようございます」
「おはよう」
会社でのいつもの朝。
「白石さん、今日、例の会社の方みえるから、対応して」
「わかりました」
あるプロジェクトの為に別の会社と一緒に仕事をすることになっていた。私もそのプロジェクトの一人。さあ、14時。
かちゃり
「お世話になります。田部物産の白川と申します」
例の会社の人が来た。私は目を見開いた。何故なら浜辺での彼だったから。『博人』。
彼も驚いているようだ。
ドキン! 心臓が大きく音をたてた。しかし、今は仕事。
「白石博美と申します」
「あ、白川博人です」
お互いに名刺を交換した。
『白』と『博』
「名前似てるね」
彼の呟きに、私は微笑んだ。