帰ってきたら結婚していた件について
そういえばアリシエンティフィナさまは神の御姿のままだけれどこのまま人目についていいモノなのだろうか。ちなみに愛用のハルバードは常に異空間に仕舞っているため問題なし。いざという時には瞬時に取り出せるとのこと。
「リヒトには私のありのままの姿を見せていますが、本来、神の姿というのは人間の認識から少しずれているのです。姿を消すことも出来ますし、常と違う偽りの姿を見せることも出来ます。幽霊を想像すると分かりやすいでしょうか。見えない人もいますし見える人でもその見え方はそれぞれ異なっていたりしますよね。神霊、または力のある精霊の類はさらにその発信するイメージをコントロールし、自らの力を授けるに足る人間を見極める方法の一つとしていることもあります」
「と、いうことは、今のアリシエンティフィ……」
「アリーシェです」
「……アリーシェ、は今、リースには違う風に見えているということなのか?」
「そうなるね。ワタシに見えるアリシエンティフィナ様の服装は素朴な旅装というかそういう感じだよ。そんな服持ってたんだって疑問に思ってたけどなるほどそういうことか……んー認識阻害、とはまた違う感じだね。無効化とかそういうの聞くわけでも無さそーだし面倒だな」
なるほど。
「リヒト? どうかしましたか?」
「あー、いえ。少し残念かな、と思いまして。アリシエンティフィナさまの神々しい御姿は拝見していますが、違う服装もそれはそれで似合うだろうな、と」
「……リヒト……あぁ、失念していました。そうですよね。私の真実の姿はいつも見せているのですから」
くるり、とアリシエンティフィナさまがその場でくるりと回転……したかと思えばキラキラと一瞬、見失い、次の瞬間には暗色な色が基調のスカート姿、素朴な装いに身を包んでいた。
「どうでしょうか?」
「とてもよくお似合いです。ええっと、こういうことを言うと失礼にあたるのかもしれませんが、貴族のお忍びのようなそこはかとなく隠しきれない高貴さというか」
ミスマッチと捉えられるかもしれないがそんなことはなく、アリシエンティフィナさまの輝かしさを抑え込んでより身近に感じられるというか。
「そうですか。リヒトが気に入っているのなら、よいのですが」
「あー、アリシエンティフィナ様。もうすぐ王都に着きます」
リースは歩きながら会話を遮った。アリシエンティフィナさまはむ、と一瞬、顔をしかめたかと思えばすぐに引き締めた。
そして、王都の城門が視界に入る前に、見つかって面倒なことになっても困ると物陰に隠れながらゆっくりと移動する。
「……妙な空気、ですね」
アリシエンティフィナさまが呟く。その姿は歴戦の戦女神。積み重なった経験を浮かび上がらせた。
「私が先に様子を見て来ましょう」
「その方がいいだろうね。ワタシも勝手に抜け出してリヒトを探しに行った手前戻りにくいしリヒトは言わずもがな……まあ大丈夫だとも思うんだけどね一応。その辺りの判断もお任せしたい」
アリシエンティフィナ様は一人物陰から出て、町の入口へと向かう。
「あー、アリシエンティフィナ様。多分、びっくりする事態になってるとは思うけど、気は確かにね」
最後に。リースは忠告を残した。
しかし世俗に興味が薄く飄々としているリースをしてここまで言わしめる変化って一体何だろう。
臆する様子は全くなく、堂々と門番にぺこりと挨拶を交わして王都に入るアリシエンティフィナさま。
そしてそれからしばらくして出てきたアリシエンティフィナさまは……何だ。頼りなさげにふらつきながら、呆然と歩いてきた。
「な…………何ですか! アレは!」
そして戻ってきてしばらくガクガクぶるぶると震え、爆発した。何だ。一体何があったんだ。
「……そうですね。リヒトも実際、目にした方が早いでしょう。一応、変装はしておいてください」
リースが魔法で用意した頭巾をかぶって、リースが用意した侵入経路を辿って何とか王都内に潜入を果たす。
そして、目に飛び込んできた光景は……信じられないモノだった。
「……俺の似顔絵?」
何故かはわからないが、俺の似顔絵が所狭しと町中に張られているのである。指名手配? けれど懸賞金の項目もない。それに……何か凄い美化されてるような気がする。何? このキラキラのイケメン。
「そうですか? こんなものではリヒトの魅力は表現できていませんが」
「それは不毛な議論だから止めよう」
などとリースとアリシエンティフィナさまのやり取りの後、耳鳴りが響いた。
「これは……魔法を使った大規模な拡声だね」
『皆さま。つつがなき日々をお過ごしのことと思います』
「この声は……イレーヌ様!?」
よかった。無事だったんだ、とほっと胸をなでおろす。お元気そうで良かった。
『さて、先日のこと。我が夫、リヒト・カミナが魔王に討たれて幾星霜』
ん?
「ごめん、聞き間違いかな。夫?」
「いやーワタシが王都を離れている間にそこまでやっちゃってたかー」
リースは驚くよりも寧ろ納得しているようだった。え? 何? どういうこと。
『魔王のことは決して許してはなりません。私の……私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の……!』
声にならない叫びが木霊して、天空に映像が映し出される。
そこにいたのは、漆黒のドレスに朱い口紅を塗った、女性の立ち姿だった。
て……イレーヌ様!? 一瞬、見紛うほどに力強いその御姿からは、思わず膝を屈してしまいそうなほどに凛々しく、美しい。そこに以前見た儚げな様子は無く、しかし同じ人物であることを認識させるほどに可憐であった。
『今こそ、勇者リヒトの元で我らの意思を一つに! 魔王討つべし! ジーク・リヒト!』
「「「ジーク・リヒト!」」」
手を掲げ、声をあげたイレーヌ様に伴うは、周囲。王都中の歓声である。
『ジーク・リヒト!』
「「「「ジーク・リヒト!」」」」
そしてますます燃え上がる観衆である。その盛り上がりはもはや熱狂を越えて狂気じみている。
いや……え!? どういうこと!?
黒いドレスは喪服でありウェディングドレスです