魔王の本性
「来ないで……来ないで!」
暴風が吹き荒れて、肌が風刃で切り裂かれる。
それは彼女の精いっぱいの拒絶の意思だった。彼女が本気になれば俺など今もなお一ひねりであろうに、それでも、必死でその力を押さえつけているのだ。
けれどそれではダメだ。もっと、もっと彼女の魂に、力に、心に、近づかなければ。届かなければ。
「いや……こんな私を、見ないで……ください……!」
リーティアリスさまの顔は歪んでいた。涙をぽろぽろとこぼしていた。自らの力に耐えきれず、その身体からは無数の傷とそれを修復するために鼓動が絶え間なく続く歪さだ。
自らが醜いと思っている。世界を壊しそうになっている自分が嫌になっているのだ。
けれどそんなもの、女神の美しさを損なうには足りないだろう。どれだけだ、どれだけ彼女に救われてきたというのだこの世界は。なら、今度は救わなきゃ嘘だろう。一度くらい。
「……違う、違うんです。私には、この世界を愛する資格なんてない。愛しているなんて言えない……私はですね? リヒトさん。浅ましいんですよ。あなたと初めて会った時、私はそれに気づいたんです」
女神、リーティアリスは近づく者全てを殺しつくした。
自分を喚んだ者、自分を利用しようとした者、自分を殺そうとした者。その何もかもをだ。
けれどそれは仕方がない。彼女は精いっぱい努力してきたはずだ。殺さないように、滅ばさないように。そんなあなたの心を感じなかった彼らに罪があったのだろう。
「違う……私は、私は本当なら殺さなくてもいいはずだった! 私がこの世界で出会った奇跡に、生きていてほしいと願ってしまったあなたが生きているのが、その証拠です」
『誰ですか。また私の首を狙いに来たのですか。性懲りもない。近づかない方があなたの身のためですよ』
『……魔王さま、何故あなたは』
そんなに悲しそうなのですか。
初めて会った時、そう尋ねた。そんな愚かしさだけがあった。
どうにか出来ないか、と俺は思った。そして近づいて、近づけなかった。
「あなたの優しい目を見た時、あぁ、この人には死んでほしくないと思った。だから、私はあなたを殺さずに済んだ。けれど思うんです。であれば、私が今まで殺してきた人たちは一体どうなのか? 私は、心の底では恨んでいたのです。私をこの世界に喚んだものを、私を利用したモノを、私を冷たい目で見るモノを!」
だから、浅ましいって……?
そうやって、そうやってずっと自分を責め続けて来たっていうのか。
俺との出会いさえなければ、まだ、彼女の心に新しい傷を残さなかったというのか。
「イヤだ……イヤだ……こんな、こんな私を、あなたに知られるのが、イヤです。もうこれ以上入り込まないで、私を犯さないで、私に…………近づかないで」
リーティアリスさまの力が、一気に弾け、俺を切り裂いていった。