8 腰越での再会
「お姉ちゃんは、ファンのことをよく大衆と言っていた。大衆を騙してたくさんお金をとるのがアイドルの役目だって。そして、大人になったら権力を握るのが正しいステップアップだって」
「SNSで言ったら大炎上しそうな内容だな……」
「お姉ちゃんはどうすればお客さんにウケるかしか頭にない。そのアイドルの個性なんて一切考えない。才能あったのにアイドルをまったく楽しめなくて、引退しちゃった人も多い」
たしかに鎌倉爆風興業は人の入れ替わりも激しい。
たとえば『KAZUSA』というアイドルが一時期、テレビでよく出ていたのに、急にいなくなっていたりした。社長の意向に逆らうと粛清されるなどと週刊誌に載っていたこともある。
「義経は、自分なりの歌と踊りで、お客さんを感動させたい。だから、昔に流行したアイドルの歌にそっくりな歌なんて歌いたくなかった……」
「それでオリジナルの曲をやって、干されたんだな」
事情はおおかたわかった。
この義経はものすごくアイドルとして純真で、それが社長のやり方に合うわけがないのだ。
「義経は、義経なりの方法で立派なアイドルになりたい」
「もちろんだ!」
弁慶ちゃんは義経の手を握った。
「私も義経を応援する! だって、私たちは同じグループなんだからな!」
義経の顔にも笑みが宿った。
「うん。『牛若◎』って名前を変えないといけなくなっても、二人で活動する」
弁慶ちゃんはこれまでもひそかに思っていた野望が大きくふくれ上がるのを感じた。
(私はアイドルだけど、できれば義経をプロデュースして、マネージメントして、最強のアイドルにしてみせる!)
義経はずっと苦労してきた。今だって苦労している。
逆に、だからこそ、日本人の心に受け入れられる素地があると思うのだ。
ずっとリア充だと日本人は感情移入がしづらい。むしろ、悲劇的なところがあるほうがいい。たとえば、判官びいきって言葉がある。あれ、判官って誰のことだっけ……。まあ、いいや。とにかく、判官びいきをされる可能性が義経にはある。
もちろん、それだけじゃなく、類稀なるチート級の才能がある。
ここまで才能がずば抜けている存在を弁慶ちゃんは見たことがない。
戦争でたとえれば、山から二百、三百人ほどで駆け下りて、山の下の数千人を壊滅させるようなことができるだけの才能がある。
(義経と一緒に天下をとってやる。京都周辺でザコのアイドルを倒す日々より絶対に面白いはずだ!)
弁慶ちゃんの人生の指針が決まった。
●
翌日、二人は新幹線に乗って小田原まで行き、ここから在来線に乗り換えて藤沢で降りた。江ノ電に乗り換えて、鎌倉を目指すためである。
「いよいよ、鎌倉入りだな」
義経は無言だった。かすかにふるえているから、やはり姉と会うのは怖いらしい。
それはしょうがない。赤の他人の弁慶ちゃんすら会うのが怖いほどだ。
しかし、鎌倉行き電車に乗っていると、スーツを着たメガネの女性に声をかけられた。
「義経さん、申し訳ありませんが、次の駅で降りていただけませんか?」
まあ、義経が少しびくっとした。
「あう……大江さん……」
「あなたが『弁慶ちゃん』さんですね。私は社長秘書の大江広元と申します」
「わかった。次で降りればいいんだな。素直に従ってやろう」
そして、弁慶ちゃんと義経は腰越という駅で降りた。
そこで大江という女性はノートパソコンを開いた。そこでテレビ通話みたいなものを起動する。
「ここで社長が用件をお伝えいたします」
「えっ! 義経、心の準備が……」
義経の戸惑いにもかかわらず、画面にはあの伝説的アイドルが映る。
今はスーツ姿だが、間違いなく頼朝だ。
『お久しぶりね、義経』
「た、ただいま……お姉ちゃん」
大江の持っているノートパソコンに、義経は一礼した。
『ただいまはおかしいわ。だって、腰越は鎌倉の出入口だから』
たしかにここを超えると、いわゆる鎌倉と言われているエリアに入る。腰越はむしろ江ノ島のエリアだ。
『結論から言うと、あなたは鎌倉に入って来なくていいわ。だから、腰越にとどめて、このテレビ通話をしようと思ったの。あなたは契約違反でクビ。違約金を払えって言わないだけありがたく思いなさい』
その態度に弁慶ちゃんは腹が立った。
往年のアイドルとはいえ黙っていられない。
「おい! 鎌倉に入るなって言うのに、ここまで呼びつけるだけ呼びつけるとか、底意地が悪すぎるではないか!」
『ええ、そうよ。私は人間のクズみたいな性格をしてるわ』
こいつ、すぐに認めたぞ……と弁慶ちゃんは思った。
『でも、だからこそアイドルとして天下も取れたの。好きなだけクズ呼ばわりすればいいわ』
「義経はあんたの妹じゃないのか? しかも、どう見ても繊細で脆そうな奴だ! それでもやっぱりイヤガラセみたいなことをするのか?」
『そうよ。私は自分の敵になった者は絶対に容赦しないの。まして、期待していた人間ならなおさらね』
何を言われても動じない鉄のような女だ。
『弁慶ちゃんだっけ? あなたも見ててわかったでしょう? 義経にはとんでもない才能がある。なのに、それを売るために使わない。それはずばり怠慢よ。売れる努力を怠っているのよ』
「違う。義経は義経なりの方法で――」
『話を聞く気はないわ』
弁慶ちゃんはこの一分ぐらいで頼朝がすごく嫌いになった。
『あなたたちは好きなだけアイドル活動を続ければいいわ。でも、鎌倉爆風興業のアイドルが徹底的にあなたたちに立ちふさがるから。私に逆らった者がどうなるか身をもって知ってもら――』
「負けない!」
義経が大きな声で言った。
その声が頼朝の声をさえぎる。
「義経と弁慶は最強のアイドルになる!」
声が駅のホームに響き渡る。
『なるほど。宣戦布告ね。面白い子。さすが私の妹。『牛若◎』という名前も好きに使っていいわ。どっちが天下をとるか勝負しましょう』
頼朝はむしろ、義経のその態度に満足しているようだった。
大江広元はノートパソコンをぱたっと閉じた。
「これでお話は終わりましたね。お二人のますますのご活躍をお祈りいたします」
「しらじらしいにもほどがあるぞ!」
「いえ、お二人が実力者なのは存じ上げていますので。だからこそ、我が社も全力で行きます。くれぐれもほかの事務所のアイドルごときに負けないようにしてくださいね」
「当然だ。なあ、義経」
弁慶ちゃんに肩を叩かれて、義経もうなずいた。
「義経は負けない」
それから、「あっ」とかわいらしい声を出した。
「どうした? 何か思い出したことでもあったか?」
「今、曲が空から降ってきた。一曲できた」
その日、義経は「腰越アイ・ミス・ユー」という新曲を作った。