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7 義経の姉

「申し遅れました。私の名前は梶原景時。鎌倉爆風興業のマネージャーです」


 どうやらウソを言っている様子はない。義経の反応からしても何かトラウマが刺激されているといった感じだった。


「そのマネージャーが何の用だ? 悪いけど、私たちが稼いだ金は一円もやらないからな。それとも『牛若◎』って名前はそっちで作った名前だから変えないとダメなのか? なら『地下道場破りガールズ』にでもするかな」


「たしかに勝手に名称を使ってほしくないという気持ちもありますが、それは今は置いておきましょう。義経さん」


 梶原は義経の名を呼んだ。


「社長であるお姉様が一度、鎌倉に帰ってこいとおっしゃっておられます」

 びくっと義経がした。

 しかし、その十倍ぐらいは弁慶ちゃんが驚いた。


「なっ、何!? 社長が姉だって……?」

 弁慶ちゃんが考えていなかったほど、義経は大物の妹だった。


「はい。あなたもご存じではないでしょうか。京都出身の伝説のアイドル『I’イズ』の源頼朝さんです。伊豆で活動をはじめ、瞬く間に関東最強の、いえ日本最強のアイドルになり、引退後は社長に就かれていらっしゃる方です」


「あの源頼朝の妹!」


 あらためて、弁慶ちゃんは義経の顔を見た。あまり源頼朝と似ている気もしないが、そういえば源頼朝の父親が再婚したあとも子供を作っていたという話があるから、腹違いなのだろう。


「義経、今の話は本当なんだな……?」


 こくりと義経はうなずいた。


「そういうことは先に言えよ……。心臓飛び出るかと思ったぞ……。『I’Z』といえば、清盛の『Hey K Fight!』に続いて、天下を取った伝説的なアイドルじゃないか……」


 弁慶ちゃんも『I’Z』の衝撃はよく覚えていた。

 それまでアイドルはタイラ・エンターテイメントの『Hey K Fight!』が天下を意地していた。すでに中心メンバーだった清盛や重盛しげもりが卒業していたとはいえ、まだまだ『Hey K Fight!』はアイドル界のトップにいた。


 そこに突如、伊豆で活動を開始した『I’Z』がアイドル界に彗星のごとく現れた。

 まず、伊豆出身のシンガーソングライター、山木カネタカのライブにゲリラ参加して、会場を完全にジャック。

 さらに、千葉県に船で渡り、ここで覇権を取って、そのまま東京に大人気のまま上陸。ファーストアルバムの『フジカワ・ドリーム』はいきなり二百五十万枚を突破した。


 中心メンバーのTOMO(本名、源頼朝)はその後、アイドルを引退して、芸能事務所、鎌倉爆風興業を立ち上げて今に至る。


「お姉ちゃんとは音楽性の違いがあるから、言わなかった」


「そういう問題じゃないだろ! いや、でも……言いづらいのか……」


 姉から干されそうになってるぐらいだから、何か確執があるのかもしれない。むしろ、何もなければ順風満帆に大物アイドルとして活躍していたんじゃないか。


「申し訳ありませんが、まだお話は終わっていません」

 梶原景時は表情をまったく変えずに突っ立っていた。食えない男だ。


「繰り返しますが、社長は本社の鎌倉に必ず帰って来いとおっしゃっておいでです。まだ義経さんと我が社の契約は切れてはいません。アイドル活動を続けるにしても、そこは筋を通していただきたいですね。無理矢理連れて帰るまでのことはしませんが、必ず帰ると約束をいただきたいです」


 こう言われると弁慶ちゃんも困った。契約違反に違いないことをやってきたのは事実なのだ。

 大手の事務所に本気で目をつけられたら、まともな活動をやるチャンスまで完全に奪われてしまいかねない。


 二人で活動を続けるためにも、ここは鎌倉に行くべきなのか?


「どうする、義経?」


 弁慶ちゃんは義経の表情をうかがう。

 悩んでいるのは読み取れたが、判断に関しては義経自身も決めあぐねているらしい。


「ちなみに、もしこのまま活動を続けるようなら、法に則った対処をいたしますので」

 梶原がすごくイラっとする声で言った。


「具体的には、女子高生アイドルが女子高生アイドルをかどわかして全国をまわっていると警察に通報します。女子高生が毎日各地のビジネスホテル暮らし、非行ととらえるには充分ですから」


「くそっ! 卑怯者め!」


「そうしたら、お二人は離ればなれになりますねえ」


 その言葉に義経の決心が固まった。


「わかった。義経、鎌倉に行く!」


 はっきりとした、義経にしては力強い声だった。


「弁慶と引き裂かれるのは嫌。鎌倉に行って、はっきりけじめをつける」


「わかりました。これで、こちらも社長に怒られずに帰ることができます。これは鎌倉までのお二人分の交通費です」

 梶原は弁慶ちゃんに茶封筒を渡してきた。


 それを弁慶ちゃんはひったくるように取る。

「用は済んだだろう? 帰れ」

「はい。それでは失礼いたします」


 梶原はにやにや笑いながら去っていった。

「ったく、いかにも社長の腰ぎんちゃくだな。ああいうのは社長が変わった途端、左遷させるぞ!」

 イライラしながら、弁慶ちゃんは茶封筒の中身を確認する。十万円入っている。あいつはムカつくが、このお金はありがたい。


「弁慶、黙っててごめんね」

 義経が弁慶に謝ってきた。

「気にするな。私の過去だって、人に言えたようなものじゃない。だから、お互い様だ」

「今夜は少し詳しく話したい」


 義経も心に期するものがあったらしい。


「まあ、まずはしっかりフグを食べるぞ。腹が減ってはなんとやらだからな」



 フグを食べながら、義経は姉との対立について話し出した。


「義経のパパは、タイラ・エンターテイメントと戦おうとして失敗して、多額の借金を背負って行方不明になった業界人。だから、お姉ちゃんは伊豆で、ママの違う義経は鞍馬山でひっそりと暮らしてた」


「お前たちは、姉妹でも全然違う場所で育ってたんだよな。じゃあ、姉妹で出会ったのはいつなんだ?」


「お姉ちゃんがアイドルを卒業して本格的に芸能事務所を作った時。そこで思い切って、お姉ちゃんのところを訪ねたの」


「そういうところは行動力あるんだな……」


「その時のお姉ちゃんはすごく喜んでくれた。でも、お姉ちゃんのやり方はダメだった」


 今日の義経は饒舌だ。


「あの人は売ることしか考えてない。アイドルに最も大切なもの――心がない」


 弁慶ちゃんは少し気圧されてしまった。


(あの伝説のアイドルをやっていた相手を、心がないと堂々と批判するなんて……)


 しかし、それで弁慶ちゃんは確信した。


(義経は間違いなく大物だ。それこそ、もしかしたら『I’Z』を超えるかもしれない……!)

次回は夜に更新します。

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