6 格の違い
「かかったな! 『牛若◎』! 我々、『平成長州藩士』があなたたちを退治してやる!」
ピンク髪のリーダーらしき少女が声を上げる。
それと同時にこれまでたいして盛り上がってなかった会場が大歓声で包まれる。
明らかにさっきのアイドルの数倍はある声援だ。
「かかったとはどういうことだ! 説明しろ!」
弁慶ちゃんは無茶苦茶な人生を送ってきたので、これぐらいでパニックになったりはしない。
「あなたたちはタイラ・エンターテイメント所属のご当地アイドルを次々につぶしていったのよ。これはほかの事務所のイヤガラセだと判断したうちのお偉いさん方が一計を案じて、わざとさほど人気のないアイドルの単独公演を開催したの。あなたたちを呼び寄せるためにね!」
弁慶ちゃんたちは少しずつ西に移動していたので、動きもばれていたらしい。
「しょぼいアイドルと見せかけて、山口県最強にして、ほかの地域にも活動の場所を広げてる『平成長州藩士』があなたたちを実力で返り討ちにするという寸法よ! 赤っ恥かいて自分の事務所に帰りなさい!」
「あの……たしかに罠にかかってはいるのだが、お前ら、事実誤認があるぞ」
冷静に弁慶ちゃんが言った。
「どういうこと? 今更弁解するなんてみっともないわよ」
「いや、私は事務所に所属してない。これ、事務所を通してない完全なるインディーズ活動だから。これまで戦ったアイドルが同じ事務所というのも一切意識してなかった」
後ろで、義経もこくこくうなずいている。
「えっ!? なんで事務所に入ってないのよ!?」
「だって、こんなゲリラ活動、事務所の許可得られるわけないだろ。それどころか、義経なんて元の事務所干されてるから、私と一緒に活動しているのだ。むしろ、どんだけお前らの事務所のアイドル、多いんだって話だ」
「うるさいわね……。西日本はタイラの影響力強い地域が多いのよ……。兵庫・広島・山口、それに九州も強いの」
義経も顔だけ弁慶ちゃんの横から出した。
「タイラに恨みはない。なんか、お姉ちゃんは恨んでたみたいだけど、義経はそれほどでもない」
「お姉ちゃんって誰よ! あなたの家族トークなんて知らないわよ! と、とにかく、ここで『平成長州藩士』が圧倒的なカリスマ性であなたたちを葬り去ってあげるわ! 飛んで火にいる夏の虫とはあなたたちのことよ!」
すると、弁慶ちゃんも義経も知らない曲が流れた。どうやら、向こうから本来不利な先攻をやってくるらしい。
それでも、会場は熱狂的な盛り上がりで、『牛若◎』を倒すために遣わされた刺客というのもうなずける。
メンバー全員の息もあっているし、ダンスの技術も、会場との一体感もかなりのものがあった。ご当地で終わらないご当地アイドルにふさわしい実力だ。
会場のサイリウムの動きも乱れがない。そこに適度にリーダーが会場を煽ったり、さらに盛り上げたりする。ついには帯刀している模造刀での殺陣まで途中にはさまれて、エンターテイメント性も高い。
曲が終わると同時に、始まった時よりもさらに大きな歓声が起こった。
「はぁはぁ……なかなかいい汗かいたわ。これにアウェーのあなたたちが勝てるわけないでしょ。私たちの前座になら出してあげてもいいけど」
『平成長州藩士』のリーダーはもう勝ったつもりらしい。
「よかった。とてもよかった」
マイペースに義経が拍手を送っていた。
「そうだな。これまでの敵と比べても一番よかったぞ」
弁慶ちゃんも拍手を相手にちゃんと送る。
「そんなものいらないわ。ほしいのはあなたたち二人の悔しそうな顔だけよ」
「よし、じゃあ、義経、私たちもこれに応えられるようなライブをするぞ」
「うん」
そして、『牛若◎』の番がはじまり――
『平成長州藩士』の盛り上がりのさらに五割増しの盛り上がりを記録した。
もはや、号泣している聴衆が何人もいて、ライブハウスは異様な空気になっていた。
「これ、私たちの勝ちでいいよな? なんだったら、会場に挙手を呼び掛けて決めてもいいけど」
弁慶ちゃんは特にその結果に驚いたりもしていない。自分たちの実力は自分たちが一番よくわかっている。普通にやれば、ちゃんと勝てるとわかっていた。
「ま、まさか……。ここまで力が違うだなんて……」
相手のリーダーは膝から崩れ落ちていた。
ほかのメンバーは現実を受け入れられずに泣いている者もいる。
「私は血がにじむような努力をさんざんやってきたし、義経は驚異的な才能があるんだ。これぐらいのことはできるし、だからこそ、事務所から距離を置いてもやっていこうって思えてるわけだ」
『平成長州藩士』はメジャー感のあるアイドルだったが、所詮、メジャー感があるところで止まっていた。
一方で、弁慶ちゃんと義経は本気で天下をとることを狙ってるアイドルだった。ただし、義経に関してはそういうことを考えてるかは怪しいが。
「お前たちは武道館が夢だろ?」
「そうよ……。それを夢にしないアイドルなんて志が低すぎるわ……」
「私はもっと特別なアイドルになるつもりだ。だから、武道館をクリアするとか、そういうことは二次的なことだな」
あっさりと弁慶ちゃんは言ってのけた。
相手のリーダーはがっくりと肩を落とした。
「今日のギャラ、すべてあなたたちにあげるわ……」
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かなりのギャラをもらった弁慶ちゃんの表情は明るい。街を歩く足取りも自然と軽くなっていた。
「義経、喜べ! これならフグもちゃんと食べられるぞ!」
「義経、フグを当たるまで食べたい」
「それはダメだ……。死んじゃうだろ……」
しかし、そんな二人に近づいてくる怪しい男がいた。にやにや笑いながら、明らかに二人を見ている。
自然と弁慶ちゃんは義経の前に立って、義経を守る。
「何者だ? まさか本当に殺し屋か? 私はいろいろと有段者だからな」
「いえ、私はその義経さんと面識がある人間です。信用できないなら、義経さんに聞いてみてください」
弁慶ちゃんは義経の顔をちらっと見た。
これまでなかったぐらいに義経がふるえていた。
「申し遅れました。私の名前は梶原景時。鎌倉爆風興業のマネージャーです」