5 次は山口県
ユニットを組んだ弁慶ちゃんと義経は、早速、歌合わせをやった。
最初は弁慶ちゃんの声量で押していくパワープレイ、その途中から義経の天使の声が入ると、想像以上に素晴らしいものになった。
ダンスは義経の技術が高すぎるので、弁慶ちゃんがだいたいじっとしていて、その近くで義経が踊るという変則スタイルからの、たまに動き出す弁慶ちゃんというシステムをとった。
そして、ある程度の形になってきたら、早速、京都から少しずつ西を目指す戦略をとった。
まず大阪で『たこやキュート!』というご当地アイドルを撃破、神戸で『青い七人組』という地下アイドルを撃破、岡山で『きびだんご』というご当地アイドルを撃破。
そして、広島で『れっど・ぽっぷ・か~ぷ』も撃破したというわけだ。
翌日、二人は在来線でさらに西を目指していた。
「弁慶、今日はどこに行くの?」
義経はボックス席で足をぶらぶらさせている。
「下関まで出て、『ふくふくぷくーり隊』というのが出演するライブに参戦する。これまで
のとおりのパフォーマンスができれば絶対に勝てるから心配するな」
会場をかなり盛り上げてきたので、なんだかんだでギャラももらっている。だが、宿泊費および義経が値段を気にせず料理を注文することと、弁慶ちゃんが値段は気にするものの大量に食べることが重なって、あまりたまっていない。
「移動しまくるのも効率が悪いな。福岡あたりでとどまって、何組もアイドルを倒してしまうのもいいかもしれんな。福岡なら九州各地からいろんなアイドルが集まってるだろうし」
「こんなに各地にアイドルっていたんだね。義経、知らなかった」
「そういえば、義経は、どこに住んでいたのだ?」
あまり義経は身の上話をしないのだ。
「京都に住んでた。ただし、鞍馬山」
「そんな北の山奥か。でも、それでどうして鎌倉爆風興業に所属したのだ?」
「お姉ちゃんが、その会社の偉い人だった」
偉い人というとプロデューサーだろうかと弁慶ちゃんは思った。アイドル業界のプロデューサーの中にはかなり若い人間もいるので、ありえないこともない。
「でも、事務所は『そんなマニアックなんじゃ売れないから、もっとわかりやすくしろ』って。『歌もダンスの振り付けもこっちで用意するから、それに従っていればいいんだ』って」
義経は過去のことを話すと、うつむきがちになる。
「そんなの気にするなって言いたいところだが、まあ、何事も極端ではダメだということだな。義経はマニアックだが、そこによさもある。全部それを奪うのはもったいない」
「弁慶とユニット組んで歌ったり踊ったりするのは楽しい」
「おっ、義経もお世辞言う時もあるんだな。偉い、偉い」
弁慶ちゃんは義経の頭をなでてやった。
「お世辞じゃなくて、事実なのに」
義経がちょっと悲しそうにしたが、弁慶ちゃんとしてはかえってうれしかったので、もっとなでた。
「ただ、連日のゲリラライブだしな、そろそろ私たちも目をつけられている危険はあるかもしれないな」
「暗殺者でも送られてる?」
「いくらなんでも、二十一世紀にそれはないだろ」
「お姉ちゃんならやりかねない。むしろ、やられたことある。高知県のご当地アイドルの土佐なんたらって人たちに囲まれたことがあって怖かった」
「マジか……。やっぱり大手はえげつないことをしてくるな。私がいたテンダイ・ミュージックは去る者は追わずって感じだったから気楽だったけど。あと、スキャンダルからアイドル守るのにも定評があったな」
先代社長が「お泊まりデート疑惑のアイドルはたしかに、今この事務所にいる! 出したかったら焼き討ちしてみろ!」とか言ったことがあるとか言わないとか。
弁慶ちゃんは義経の頭に手を置いた。
「ちゃんと、義経は私が守ってやるから心配するな。見たとおり、私は本当に頑丈だからな。古武術すら極めてるから絶対負けない」
「うん、ありがとう、弁慶」
ずっと旅をしているので二人の絆もそれなりに強くなってきた。
「ところで今日はフグが食べたい」
義経がまた遠慮なく言った。
「お前、少しは我慢ということを覚えるべきだ」
「フグを食べる。てっちり、てっちり」
これはまたお金がたまらないなと弁慶ちゃんは思った。
●
二人は下関に着くと、『ふくふくぷくーり隊』が公演をしているライブハウスを探した。
相手が地下アイドルの場合は、ライブハウスに一言言ってどうにかなるケースも多いが、たいていはいきなり乱入する。
その時点でつまみ出されても文句言えないのだが、今のところ、上手くいっている。つまみ出して、空気が悪くなると相手アイドル側も困るためだろう。
乱入は弁慶ちゃんは昔から得意だった。
そういうことはテンダイ・ミュージックがいろいろ教えてくれたのだ。この事務所はやたらと勉強も教えるし、荒事も教えるというなんでもアリのところだった。
だが、おかげで弁慶ちゃんは実は国立大学に昼寝しても入学できるぐらいの知識量を得ていた。極論、アイドルを取り上げられてもつぶしがきくのだ。その点は事務所に感謝している。
『ふくふくぷくーり隊』はフグのTシャツを着て、微妙なクオリティのダンスを踊る泡沫ご当地アイドルだった。客の入りもたいしてない。
「なんか、勝負するのがかわいそうなレベルだな。けど、むしろ、私たちが参加すると盛り上がるからいいのかな」
「義経は弁慶に従うよ」
「じゃあ、やることにするか。私たちの名前も全国に売っていかないといけないしな」
また、いつものように弁慶ちゃんは舞台にいきなり上がる。マイクはないが、声量がハンパないので、地声で問題ないのだ。
「私の名前は『牛若◎』の弁慶ちゃんだ! どちらがアイドルとして優れているか、勝負を挑みたい!」
しかし、さっと『ふくふくぷくーり隊』は引っ込んでしまった。
「なっ……。本当に逃げるのか……!? 上手くやれば自分たちの名前も売れるのに……。そんな生半可な気持ちでアイドルをやっているのか……?」
弁慶ちゃんは少なくともアイドル活動自体にはガチだったので、これにはイラっときた。
しかし、その時、舞台袖から武士っぽい服装の違うアイドルが出てきたのだ。
「かかったな! 『牛若◎』! 我々、『平成長州藩士』があなたたちを退治してやる!」