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4 アイドルユニット結成

(あれ……。どうも私の圧勝みたいだぞ……?)


 観客の多くはそのライブに悩んでいるようでさえあった。全然盛り上がってない。少なくとも、客との一体感はまるでない。


(おかしいぞ……。たしかにこの義経という女子、実力はピカイチのはずだ。しかし、この地味な反応は…………そうかっ!)


 弁慶ちゃんは左手を丸めた右手でぽんと叩いた。


(才能が特殊すぎて、観客が理解できてないのだ! ここは駅前のフリーライブ! コアな音楽ファンが多いわけじゃないから、シンプルでわかりやすい方向性のものでないと盛り上がらない!)


 もし、各地のCDショップで店員が試聴コーナーとか置いておけば、じわじわ売れるかもしれないが、一回路上で聞いて判断しろというのは無理がある。


 実のところ、その場で義経の価値が一番わかっているのは、弁慶ちゃんだった。伊達に九十九人のアイドルを引退させてはいない。


 男女のカップルのこんな会話が聞こえてきた。

「ねえ、これってすごいんだよね……? 音大の子?」「大学生って歳じゃないだろ。多分、すごいんだろうけど、芸術的なすごさだから、アイドルって感じじゃないよな……」


(そう、それ! この義経は一人だとアイドルらしさがないのだ!)


 アイドルとは本来の意味は偶像。

 つまり、多くの人に崇拝されるような存在であるべきなのだ。


 それを目指すには、誰からも愛されるようなわかりやすさ、身近さがいる。


 とくに近年のアイドルが絶世の美少女というより、クラスにいるかわいい子ぐらいの感じが多いのは、そのほうが身近で誰からも愛されるキャラになりやすいからだ。


(この義経はどちらかというと、超高級な蘭の鉢植えのごとき存在! 歌もいい歌だけど、これではサビをファンが口ずさむようなことができない。コード進行も難解すぎる! こういう曲は意識高い系ロックバンドが活動10年目ぐらいに作ればいいのだ!)


 弁慶ちゃんは思った。


(もったいない!)


 もっと、わかりやすさを足してやることができれば、ビッグなアーティストへと大化けする可能性もあるのに……!


 そして、義経こと牛若◎の歌が二曲終わった。


 ぺこりとおじぎをする。


「ご清聴、ありがとう」


 ある程度の拍手はもらったが、ある程度止まりだった。聴衆も終わったとわかると、その場から三々五々離れていく。


「終わったね」

 義経が弁慶ちゃんのほうを向いた。この義経、あまり気持ちが表情に出ないタイプらしく、何を考えているかわかりづらい。


「ああ、そうだな」

「声援はあなたのほうが大きかったと思う」

 義経もそこはわかっていたらしい。人気という点では勝負にもなってない。弁慶ちゃんの圧勝だった。


「これ、義経の負けかな。義経はどうしたらいい?」

「いや――この勝負、私の負けだ」


 弁慶ちゃんは真面目な顔でそう言った。

 ただ、義経のほうはいまいち理解してないようで、きょとんと首をかしげている。


「なんで? あなたのほうが人気出てたよ?」

「人気ではそうだ。しかし、私もアーティストのはしくれ。アーティストとしての底知れなさ、可能性、そういうものにお前は満ちあふれている。まだまだ自分は甘いところがあると思い知らされた。人気で差が出たのは、お前がちょっとずれたことをしたせいだ」


 いわば、弁慶ちゃんが柔道着で待っていたのに、義経が将棋盤持ってきたようなものだ。これでは強さを測ることはできない。

 けれど、その実力の確かさを弁慶ちゃんは認めた。


「義経、お前はもっとビッグになれるし、なるべきだ」

「でも、義経、事務所からにらまれてるから、まともな活動はできない。そろそろ引退するしかない」


 少し義経は寂しげな顔をした。


「待て! お前、事務所に対して何をしたんだ!? ライブハウスで火事でも起こしたのか?」

「ううん、違う。事務所からは、もっとわかりやすい曲を何曲も渡されてたんだけど、面白くないから義経自作の曲を東京のライブでやったの。じゃあ、事務所からすごく怒られた。せっかく売るために真剣になってるのに、それを無視するなら業界から干してやるって……」


「そんな無茶苦茶なことしてたのか! キャラに似合わず、すごく頑固なんだな……」

 弁慶ちゃんはあきれた。


 そりゃ、さっきの曲も難解なはずだ。

 きっと、『牛若◎』という名前も事務所がつけたものだろう。


 しかし、この義経というアイドルがあっさり引退するのはあまりにもったいない。

 なにせ、実力はあるのだ。むしろ、天才と言ってもいい。


 だが、事務所からにらまれているのでは、おおっぴらな活動をするのはたしかに難しいだろう。しかも、相手が鎌倉爆風興業では、まず、影響力の強い関東での活動は相当つらい。


「今まで貯金をおろして、各地のホテルを転々としてたけど、それも限界っぽいし……学生に戻る潮時かな……」


 それは嫌だと弁慶ちゃんは思った。


 弁慶ちゃんは義経の肩に手を置いた。


「ダメだ! 辞めるな!」

「でも、続けられない」


 その時、弁慶ちゃんの頭に素晴らしいひらめきが浮かんだ。


「わかった。じゃあ、私と一緒に全国をまわるぞ!」

「えっ? 全国ツアー?」

「そこまでたいそうなものじゃない。この時代、アイドルのいない土地はない。どこにだってご当地アイドルや地下アイドルはいる。私とお前で組めばそんなのに負けることは絶対ない! 片っ端から道場破りをやって有名になるのだ!」


 弁慶ちゃんにはこれ以上ないほどのアイディアに思えた。

 もともと、京都近辺でアイドル狩りをするのにも飽きてきたのだ。


「私の歌は義経よりわかりやすい。だが、パワー一辺倒でワンパターンに聞こえやすいという問題もたしかにある。お前の声が入れば、歌に一気に奥行きができる。お前のヴォーカルのよさがわかる人間も、結果的に増える。一石五鳥ぐらいの価値がある!」


 しばらく、義経は弁慶ちゃんの瞳を見つめていたが、やがて、

「わかった」

 また、こくりとうなずいた。


「よろしく、弁慶。今日から、『牛若◎』のメンバーが二人に増えた」

「えっ……私がそっちに包摂される形なのか」

 そこはけっこう厚かましいなと思った。

 でも、まあ、いいか。


「わかった。今日から私たちは『牛若◎』だ!」


 弁慶ちゃんは義経の手をなかば強引に握って、ぶんぶんと振った。


今日も3話更新を目指します。

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