3 弁慶ちゃんと義経の出会い
――話は数週間前にさかのぼる。
それはまだ冬の寒さが残る三月の京都でのこと。
京都最大の繁華街、四条河原町のあたりで、アイドルが路上ライブの準備をしている。
自分で名前を書いた紙を立てかける。
そこには「牛若◎(にじゅうまる)、ライブやります」と書いてある。
その様子を近くの喫茶店で、弁慶ちゃんは目撃していた。
「よし、記念すべき百人目はあの路上ライブで自称アイドルを名乗っている痛い女にしてやろう」
弁慶ちゃんは抹茶パフェをつつきながら、上機嫌に笑っていた。ちょうどいいターゲットを見つけたからだ。
なお、アイドルをしてない時の弁慶ちゃんは女子高生の制服を着ている。一応、高校に在籍はしているのでコスプレではなく、正統な格好である。
登場する直前にどこかの店のトイレでさっとアイドル衣装に着替えるのだ。
弁慶ちゃん、職業は地下アイドル。
高校生だが、高校はほぼ行ってない。
現在、どこの事務所にも所属しておらず、ライブハウスと直接交渉して活動している。
京都近辺のアイドルシーンでは名前が知られてはいるが、安定した活動場所がなく、プロモーションも事務所がないため上手にやれず、いい生活ができているとは言い難かった。
そこで弁慶ちゃんが考えたのが、アイドルと対決する方式である。対戦という部分で自然と盛り上がるし、相手のアイドルもギャラの一部をくれることがある。
大きな事務所がついている場合はこんな対決など認めてくれないだろうが、地下アイドルとかだと変なことをやってナンボの部分があるので、割と弁慶ちゃんも受け入れられた。
ただ、いつのまにやら、実力差を感じ取った相手が次々と引退していくという現象が起き、「弁慶ちゃんの百人斬り」などと呼ばれて、地下アイドル業界では弁慶ちゃんは恐怖の対象となっていた。
「百人斬りと言われちゃってる以上、百人引退させないと格好つかないからな……。悪いけど、犠牲になってくれ。それに、長く泡沫アイドルをやるより、素直に大学受験したり、就職したりするほうが将来的には幸せだからな。これも正義の行いなのだ」
自己弁護的なことを言って、弁慶ちゃんは喫茶店のトイレで着替えて、アイドルの路上ライブに出向いていった。
一人で路上ライブをやってるぐらいだから、そのアイドルのファンもたかが知れていた。ほとんどは物珍しさで見物しているだけの客だ。
(こりゃ、たいしたことはないな。聞くまでもない)
ちょうど曲が終わったタイミングだったので、弁慶ちゃんはアイドルのところに乗り込んだ。
「待った! 私の名前は地下アイドル、弁慶ちゃん! そこのあなた、アイドルとお見受けした。ここで、どちらが聴衆を盛り上げられるか歌で勝負しろ!」
備品のスタンドマイクを地面に打ち付けて、弁慶ちゃんが叫ぶ。
「うん、いいよ」
こくこくと小柄な少女がうなずく。
「名前は義経。『牛若◎』って名前で活動中」
「『牛若◎』? 微妙にどこかで名前を見たような……」
「鎌倉爆風興業に所属してる」
少し、弁慶ちゃんはけげんな顔をした。
鎌倉爆風興業と言えば、ここ最近はタイラ・エンターテイメントに迫る勢いの有力なアイドル事務所である。そこに所属しているアイドルがこんな路上ライブをひっそりとやるとは考えづらかった。
「さては、お前、訳アリだな?」
こくり。また義経がうなずく。
「まあ、いい。訳アリだろうとなんだろうと、敵は敵。アイドルはアイドル。どちらがアイドルにふさわしいか、いざ勝負! 先攻は挑戦者の私だ!」
漫才バトルなどでもそうだが、印象は上書きされるので後攻のほうが一般的に有利なのだ。しかも、最初は客の空気がまだあったまっていないのもあり、やりづらい。
弁慶ちゃんは持ち歌の『恋の五条大橋、吊り橋効果!?』に加え、『素直になれずに立ち往生』も歌った。
いつもの仁王立ちパフォーマンスから伸びていく実力派ヴォーカルは通行人の足まで確実に止めて、かなりの人だかりを作っていた。京都だけあって、外国人観光客まで足を止めている。
二曲目の『素直になれずに立ち往生』が終わって、おじぎをしてみせた時には、歓声と拍手が一斉に起こったほどだ。
「ありがとう! ありがとう! これからも弁慶ちゃんをよろしく頼むぞ!」
手を胸の前で小さく振って、声援にこたえる。
今日も順調だった。弁慶ちゃんほどの力があれば、人通りがある程度あれば、ファンが不在でもすぐに自分の空気を作ってしまうことができるのだ。
もう、勝ったも同然だ。事務所から干されてるのか何なのか知らんが、訳アリのピンアイドルに何もできないだろう。そう、弁慶ちゃんは思った。
そもそも、弁慶ちゃんほどのヴォーカリストはそうそういない。実はレコード会社からソロデビューしないかという声もかかったことがあるのだが、アイドル方向ではないので、蹴ったほどだった。
「じゃあ、次は義経の番だね」
表面上は気おくれした様子もなく、義経と名乗る少女は聴衆の前に立つ。半分ぐらいはこの時点ですでに弁慶ちゃんに圧倒されているのだが、そこで終わるほど脆くはなかったらしい。
(ふん、どうせ、たいして上手くもない歌とダンスを披露するのが精いっぱいだろう。顔がよければ、多少はちやほやされるけど、そこから先は純粋な実力の社会だぞ)
腕組みして、義経が歌うのを弁慶ちゃんは待っていた。
義経はラジカセのスイッチをかちっと押した。
イントロがはじまる。
その途端、天女のように流麗なダンスを義経ははじめた。
まるで体重が数キロしかないのかと思うほどに、軽やかなのだ。
「なっ……。なんだ、このダンスの技術は……」
弁慶ちゃんも一定レベルのダンスはできる。それでも必要がないので、普段は封印して、仁王立ちスタイルで歌っていた。
だが、この義経はそこそこ上手いレベルとかではない。かといって、努力の賜物というような動きでもない。
一言で言えば、才能だけで踊っている。
「なんだ、これは……。母親がバレエダンサーだったとかそういうことか!?」
弁慶ちゃんは呆然としてしまった。夢でも見ているのかと思うほどのクオリティなのだ。
そして、その義経の歌も、声量で押す弁慶ちゃんとはまったく異なるフェアリーの囁きみたいな声だった。
「何時間聞いても飽きが来ないような、心地いい歌だ……。これも狙って作れるものじゃない……。才能だな……」
弁慶ちゃんは義経の稀有な才能にあらゆる面から衝撃を受けていた。
しかし、その衝撃ゆえに観客の反応を見るのを忘れていた。
思った以上に観客はフラットというか、ノレていない。立ち止まらずにそのまま行ってしまう通行人も多い。
(あれ……。どうも私の圧勝みたいだぞ……?)
明日も三回更新を目指します。