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2 弁慶ちゃんは一人じゃない

「これ、最初のマイクを使ってたサビより大きな音じゃない!?」

 まいかは驚愕していた。

 どんな声量なのか。どれだけヴォイストレーニングを積んできたのか。

 いや、これはトレーニングとかそんな甘ったるいものではない。


 修行だ。


 ノドから血が出るような修行の成果しかありえない。


「そういえば、聞いたことがあります、まいか先輩……」

『れっど・ぽっぷ・か~ぷ』メンバーでまいかの後輩に当たるラララが不安げに言った。


「弁慶ちゃんがかつていた事務所はテンダイ・ミュージック(本社所在地、滋賀県大津市)という超スパルタなところで、合宿と称して兵庫県姫路市の山寺で厳しい修行をさせていたそうです」


 たしかに姫路市には西の比叡山と呼ばれる大寺院が山の上にある。ハリウッド映画の撮影で使われたことがあるぐらいだ。


「じゃあ、彼女は……本当に僧侶の修行をしてきたって言うの……?」

「これは噂ですが、事務所の方針として山寺の修行で法力を得れば、アイドルとしても勝っていけるとか、無茶苦茶な理論を持っていたそうで……千人の候補生が脱落した中で彼女だけが残ったとか……」


 その異常なほどの大音量は特殊能力と言っていいほどのものだった。

 しかも――決してがなりたてるようなものではなく、しっかりとした美声。


 だが、それだけではない。


「あいつ、アイドルなのに踊らずに仁王立ちしてる!?」


 そう、弁慶ちゃんはその声を維持するために、一歩たりともそこから動かない。まるで足が会場に根を張ったと言わんばかりの態度だった。


「これも噂ですが、弁慶ちゃんは事務所でダンスの代わりにかつての僧兵が学んでいた特殊格闘技を習わされたとか……」

「どういう事務所なのよ、それ! まず、ダンスから習わせなさいよ!」


 それでも、その声は本物だ。

 観客はいつのまにか、弁慶ちゃんの声に引き込まれて、恍惚となりはじめている。


 もはや、一番のサビが終わったあたりで、三割ほどの客が弁慶ちゃんのとりこになりつつあった。


「先輩! このままじゃ、ヤバいですよ!」

「ま、まだよ……。野球で言えば、これはクライマックス・シリーズよ。本番の日本シリーズですらない。仮に一曲でファンが魅了されたとしても、あくまでみんな私たちのグループのファンだったの。すぐに彼女を支持するとは限らないでしょ……?」


 それはなかば負け惜しみだった。

 このペースであれば機材トラブルでもない限り、一曲が終わった頃には弁慶ちゃんに負けてしまうだろう。


 しかし、異例の展開はまだ続いた。

「ここでちょっと語り入りまーす」


 弁慶ちゃんが間奏で何かしゃべり出した。

「この曲はもともと私がソロでやる曲だった。でも、今回はアレンジバージョンなんだ」


 弁慶ちゃんは観客の反応も気にせず、マイペースで話し出す。


「さっき言っただろ。廃業させたのは九十九人だったって。実は百人目に狙いを定めて、事務所ともめて追われてる崖っぷちアイドルと野外でゲリラライブ合戦をしたのだ。それでまさかの敗北を喫しちゃってな……。はい、その崖っぷちアイドル、『うしわか◎(にじゅうまる)』の義経よしつね、登場! むしろ、今の私が牛若◎の弁慶ちゃんなのだ!」


 そして、後ろからもう一人のアイドルが現れる。


 ずいぶんと小柄だが、その動きはさながらアイススケーターのよう。

 すぐさま、曲に合わせて完璧なダンスを披露する。


「「うおおおお!」」

 そんな地鳴りめいた観客の驚嘆の声。


 そして、二番は弁慶ちゃんと義経が交互に歌っていくのだが――


 弁慶ちゃんがマイク不要の声量のあるパワフルな声だとすれば、義経は天使の歌声とでも言うような透き通ったもの。


「何これ……。聞いているだけで天国にでも行きそうよ……。ていうか、あのアイドル、誰なの!? ラララ、知らない?」

「ええとですね……今、検索してます……。鎌倉爆風興業という事務所に所属していますね……。ただ……」

「ただ?」

「なぜか、HPには『活動を休止中です』って書かれてます……。事務所ともめてるのは本当みたいです。弁慶ちゃんは絶対にここの事務所のアイドルじゃないですし……」


「そんなこと、どうでもいいわよ! も、問題なのは……この二人組ユニットの力がすごすぎるってこと!」


 義経は弁慶ちゃんの周囲を華麗に動き回る。

 そして、ついにオーラスでは、弁慶ちゃんもマイクスタンドを持ちながら、さながら殺陣たてのように義経とのダンスを披露。


「愛してる」「愛してる」「「恋の吊り橋効果~♪」」


 そして、一曲が終わった。


 直後、ものすごい歓声が会場から起こった。

 アウェーそのものの会場で、観客の心を見事につかみきったのだ。


 拍手を送る中には『れっど・ぽっぷ・か~ぷ』の面々もいた。中には感動して泣いている者までいる。


「はい、これ、このあと着替える予定だった衣装よ」

 リーダーのまいかは自分の衣装を弁慶ちゃんに差し出した。

「あなた、引退するアイドルからは衣装をもらうんでしょ。もう、私はこの業界、辞めるからあげるわ」


「いらん!」

 弁慶ちゃんが首を横に振る。


 ちなみに義経は弁慶ちゃんの後ろに隠れるようにして立っている。人見知りらしい。


「ちょっと、いらないってどういうこと!?」


「私は義経と出会って悟ったのだ。引退だけさせてもそれはそのアイドルを幸せにしたことにはならないのだとな」

 ある意味、当たり前のことを弁慶ちゃんは言った。


「ただ、これから先、アイドル業界はますます厳しい、戦乱の時代になる。きっと私たちみたいなのがどんどん出てくるだろう。そういうのと戦っていく覚悟がないのにアイドルを続けるのは不幸なことだ。若い時は今しかない。それをどうやって生きるかお前たちで決めるんだな」


「べ、弁慶ちゃん……。わかった、私はまだ広島で戦うわ……」


「あっ、何もいらないというわけじゃないからな」


 弁慶ちゃんはまいかのほうに手を伸ばした。


「この手は何なの?」

「観客を感動させたわけだし、少しギャラをくれ……。こうやって、ギャラをもらわないと食っていけないのだ……。慈悲の心だと思って、頼む……」


『れっど・ぽっぷ・か~ぷ』は弁慶ちゃんたちに今回のギャラを律儀に払ってくれた。



 ライブハウスを出ると、すっかり暗くなっていた。

「弁慶、おなか、すいた」

 くいくいと義経が弁慶の服を引っ張る。イベント後は二人とも女子高生の制服みたいなのを着ている。


「そうだな。もう夜も遅いもしな。義経は何を食べる?」

「お好み焼きと牡蠣、穴子」

「それ、全部食べるつもりか! 一気にギャラが減るぞ! もう少し節約しろ!」

「食べたい……」


 義経はしょんぼりとうつむいた。


「あぁっ! わかった、わかった! 全部食べさせてやるから、落ち込むな!」

 こうして、二人のギャラは予想よりも早いペースで減っていったのだった。


30分後ぐらいにもう一話アップします。

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