18 伝説のアイドル
『牛若◎』の衝撃的すぎるデビューは、大きなニュースとして取り上げられた。
それはCD売り上げにも影響を与えた。デビューシングル「☆奇☆襲☆」は各地のCDショップで売り切れとなり、大量の追加プレスがすぐに確定した。
ほかのアイドルにも売り上げで勝利し、ついにはシングルチャート一位を獲得した。
無論、一度、一位になったからといって、それでアイドル業界のトップになったということにはならない。
もし、鎌倉爆風興業のトップアイドルが同じ週にCDを出していれば、そちらに軍配が上がっただろう。
それでも、鎌倉爆風興業も、これを無視することはできなかった。
「た、大変です……。三週目にもなるのに、あいつらのCD売り上げペースがさらに伸びています……」
マネージャーの梶原景時が社長室に入ってきた。
「それぐらい、とっくに社長はご存じです。騒々しいですね」
秘書の大江広元がメガネをくいっと上げながら、にらんだ。
「そういうことよ。妹たちが健闘していることぐらいはわかってる。ここまで短期間で成功するとは思ってなかったけど、それだけの力があることは知っていたわ」
社長の頼朝も落ち着いた表情で売り上げデータなどを机上のパソコンで確認していた。
「もはや、地味なイヤガラセだけで干すようなことができない状況になっております……。自分にできることは地味なイヤガラセだけです……」
「ふん、梶原さん、あなたは小物ですねえ。地味なイヤガラセでアイドルを諦めるような存在なら、最初から社長が時間を費やすようなことなどしていなかったでしょうが。義経さんには確かな才能があったのですよ」
広元はやけにメガネをくいくい上げている。
「し、しかし、あいつらはコンセプトの中に打倒鎌倉ということまで入れています……。今日、タイラ・エンターテイメントが異例の『牛若◎』応援宣言をウェブ上で発表するなど、業界全体が一丸となって、こちらを攻撃しているような感覚さえあります……」
「仕方ないわ。うちは評判悪くなるようなこと、たくさんしてるからね」
頼朝は冷めた顔で自社のアイドル欄を見ていた。
それから、「やはり、私の血筋ね」とわずかに顔に笑みを浮かべた。
「なら、妹に対抗するには娘を使うか。『さねともみなも』を呼びなさい」
「娘さんを使うのですか? たしかに、もうケガは治っていますが」
広元が確認するように言った。
「現状、実力・売り上げ・話題性、どれをかんがみても、『さねともみなも』がうちの事務所で最強よ」
「話題性ですか……。たしかにそうと言えなくもないですが……」
「そういうこと。イベント中にファンのストーカーに襲われて重傷を負い、そこから奇跡の復活、実に泣かせる話じゃない」
「もう、アイドルはやりたくないと言っていましたが……いえ、呼んでまいります」
広元は一礼して部屋を出ていった。
「娘を使うぐらいでないと、今の妹には勝てないからね」
●
平泉の世界遺産となっている寺院。
ここで『牛若◎』の三人は精神統一の修行をしていた。といっても、じっとお堂で手を合わせているだけだが。
後ろで見ていた秀衡が「はーい、終了です」と言った。
プロデューサーをしている彼女は一日のほぼすべての時間をメンバーとともに過ごしている。食事も一緒なので、まさに同じ釜の飯を食うというやつだ。
この修行が終わった後、藤原プロモーション本社の付属スタジオに移動、ここでファーストアルバム用のレコーディングを行った。
ファーストアルバムはインディーズ発表時の曲を多く入れた、ある種のベスト盤的内容にするので、先にレコーディングを行うこともできるのだ。
「うん、皆さん、いいですね。このへんで休憩を入れましょう!」
秀衡の声に、「ふぅ……」と弁慶ちゃんは声を出して、ヴォーカルの部屋から出てきた。
「皆さん、本当にいい感じで来てますよ。チャートトップはずっと続いてますし。テレビの仕事も徐々に来ています。まだ、鎌倉が邪魔をしてるのか、売り上げの割に出演依頼は少ないんですけどね」
「どうせ、あの梶原なんたらって奴が止めてたりするんだろう。追放された直後に追手差し向けられて殺されそうな顔してるくせに!」
義経も嫌な思い出があるのか、こくこくとうなずいていた。
「今、リアルタイムで活躍してるアイドルの中では皆さんがトップと言っていいと思います。鎌倉爆風興業の『シッケンズ』は売れてはいるけど、一部のメンバーが有名なだけで、ちぐはぐですし」
「あそこは、十六人ぐらいメンバーいるけど、その中で人気ある奴だけで『得宗部!』って別ユニット作るし、なんかやり方が気持ち悪いのだ」
「そうなんです。それで、その『シッケンズ』を除くと、皆さんがもう次に来る気もするんですよ。ただ――あの子が復活するとまた変わってきますけど」
どうも、お茶を濁した言い方だったが、静には理由がわかった。
「『さねともみなも』ちゃんか。ストーカー事件で大ケガしたんだよね」
「そういうことです。現役トップの売り上げとツアー動員数を記録してた鎌倉最強の歌姫があんなことになりましたからね。変な話、それまでは鎌倉も『シッケンズ』をそこまで押してはいなかったし」
『さねともみなも』はアイドルになるべくして生まれた存在と言われていた。
なにせ、あの頼朝の娘で、歌の実力だけなら頼朝をはるかに超えていた。まだ中学在学中の十三歳の時に出したメジャーデビューシングルでチャート一位を取った後、三曲連続、驚異的な売り上げを記録。文句のない最強のアイドルだった。
だが、活動約一年後、PVで神社の階段を降りている時にストーカーに刺された。
そのままこの二年にわたり、まったくメディア露出が消えている。だからこそ、余計に悲劇のアイドルとして神格化されつつあるが。
「『さねともみなも』……会ったことはないけど、あの子、義経に似てる気がする」
義経は親戚のアイドルに思うところがあるらしく、沈鬱な顔をしていた。ただし、それが沈鬱であるということは弁慶ちゃんしかわからなかった。義経の顔の動きは微妙なのだ。
「それでね、その鎌倉爆風興業から、イベントの出演依頼があったんです」
メンバー全員がびっくりした。ただ、義経の反応は薄かったが。
「横浜でやる二万人動員のアリーナイベント<爆風祭>に特別ゲストとして出てほしいというんです」
「アリーナ!? それって武道館の倍ぐらいのキャパじゃない! イベントとはいえ、ものすごく光栄!」
こてこてのアイドルである静はすぐに反応した。
「そうなんですけどね……。どう考えても裏がありそうな気がするんですよね……」
これまでも鎌倉はつまらないことをしてきた。そう考えるほうが自然ではある。
弁慶ちゃんは、まず静の顔を見た。
「答えなんて決まってるでしょ。なんだったら体に聞いてみる?」
聞くか、と弁慶ちゃんは思った。それから、今度は義経の顔を見る。
「リーダーが決めて」
そう言われると思った。自分たちは不退転なのだ。
「虎穴にいらずんばなんとやらだ。私たちは受けて立つぞ!」




