17 彼女たちの本気
『えー、こちら、中継の熊谷です。皆さん、見えますか? 『牛若◎』の皆さんが猛スピードで山の上から海岸目指して突撃しています! しかも、馬です! 全員馬に乗ってます!』
宗盛は唖然としていた。
『カメラさんも馬に乗ってどうにか追いかけるようです! カメラさん、後はお任せしました! 中継の熊谷でした!』
唖然としているのは会場の反応と同じだった。
「なっ、な……。アイドルが馬に乗って山を駆け降りるって、そんなバカな!」
「何がおかしいんですか? アイドルは目立ってナンボや。馬に乗って会場目指したら目立つやろ?」
「そんなの、駅から平地を歩くぐらいでいいでしょ! なんで山の上から来るんですか! 命懸けじゃないですか!」
「ちゃうなあ。アイドルやったら命ぐらい懸けて当然や」
吉次のグラサンが夕焼けを浴びて、きらりと光った。
「アイドルいう偶像がただの人形になるんか、崇拝対象になるんかは、打ち込む真剣さにかかってんねん。オレはアイドルに詳しくはないけど、体張るんはどこの世界も同じや」
その真剣さに感じ入ったのか、呆然と沈黙を守っていた会場はやがて、本日最大の歓声に変わっていた。
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「うおおお! こええええ! 大丈夫か、これ……いや、大丈夫じゃないぞ……」
馬に乗っている弁慶ちゃんは半泣きだった。というか、走ってる馬も、静も半泣きだった。ほぼ崖である山の斜面を馬はすべり降りている。
平然としているのは義経だけだった。
「大丈夫。大昔にはこのあたりの山に鹿も住んでたらしい。鹿が走れるなら、馬もいける」
義経が謎理論を展開した。
「この山の標高は低い。多分三百メートルもない。それを下ってるから三分ぐらいで原理的には着く。すぐに海岸に到着する。準備よろしく」
「わたしも怖いけど、やる! 義経ちゃんに置いていかれないようにやる!」
静もヤケクソだった。いくらアイドルとしての才能がある静でも乗馬の技術まではない。それでも乗った。
ここで放置されるのは猛烈にかっこ悪い。アイドルとしてそんなところは見せられなかった。
「弁慶ちゃん、こんな義経ちゃんと旅してたんだね。リアルに尊敬する……」
「だろ……。私ってけっこコミュ力あるんだぞ……」
そして、三人は山を降りて、会場の海岸を目指した。
会場にも馬に乗って突撃。
弁慶ちゃんが叫ぶ。
「みんな、待たせたな! メジャーデビューシングルを聞いてくれ!」
「☆奇☆襲☆」の演奏がはじまる。
馬から飛び降りた三人が歌いだす。
会場は異常な盛り上がりを見せた。
まさしく奇襲そのもの。
「アイドルが命を懸けて山を降りてきたんだ。それにこたえるだけの大声援を送るしかない!」「俺たちドルヲタの本気も見せようぜ!」「これは戦だ!」
謎の一体感が会場全体を包んだ。
それまでステージにいた『KISERU』は完全に忘れられていた。歌とかダンスとかそういう次元を『牛若◎』は超越している。
別に卑怯ではない。奇襲をするぞと何度もことわりを入れていたのだ。
事前に通達していたにもかかわらず、相手を驚かせるのはそう簡単なことではない。それを『牛若◎』はやってのけたのだ。
途中、義経は馬にもう一度飛び乗って、立ち見の客の中を走り抜けていったりした。言うまでもなく、今日だけの特別バージョンだ。毎回、馬に乗るわけにはいかない。
「義経ちゃん!」「とにかくすげえ!」「CD百枚買います!」
弁慶ちゃんはステージで義経が英雄になっているのを感じた。
その曲が終わった後、会場は『牛若◎』コールが鳴り止まなかった。
「みんな! 勇気と知恵があれば、人間は何だってできるのだ! 馬に乗って崖を降りることだってできる! いわんや、シングルCDチャートで一位を取ることぐらい楽勝だ!」
弁慶ちゃんの声に「そうだ!」「そうだ!」のコール。冷静に考えたら乗馬とチャートは全然関係ないのだが、この場には理屈を超越した一体感がある。
今度は静がMCをする。
「みんなー! わたしたちは伝説になるからねーっ!」
もうすでに伝説だった。
義経だけが冷静に、次の曲が何だったか考えていた。
「次の曲、『私は御家人じゃない』か」
この空気で、打倒鎌倉を歌った戦意高揚ソングは火に油を注いだも同然だった。
会場は「鎌倉倒せ!」「鎌倉倒せ!」と不気味なほどの空気となっていた。
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途中、タイラ・エンターテイメントの社長、平宗盛は愕然と海岸の砂浜に膝をついていた。
「タイラ・エンターテイメントそのものが『牛若◎』に食われた……。もう、誰もその前にどんなアイドルが出たか覚えてない……」
それだけのインパクトが『牛若◎』にはあったのだ。
「悪いけど、これはすべて計算済みでした」
そこに現れたのは『平泉ミイラ隊』の秀衡だった。海岸でもやっぱりミイラ包帯は巻いていた。
「打倒鎌倉の者が複数陣営に分裂していては、非効率的です。なので、その力をすべて彼女たちに向けてもらうために、このイベントに送り込んだのです」
宗盛はなんてことしてくれたんだと思ったが、秀衡が妙にすがすがしい顔をしていたので、言い出しづらかった。
「一時的でいいです。タイラ・エンターテイメントの力を貸してください。タイラと藤原が手を組んで鎌倉を倒しましょう!」
秀衡は宗盛に手を伸ばした。
ついつい、宗盛はその手をとっていた。
一方、その頃、ステージでも『KISERU』のメンバーたちが、本気度の違いを見せつけられましたと『牛若◎』を讃えていた。
こうして、『牛若◎』のメジャーデビューイベントは異様な熱気とともに幕を閉じたのだった。




