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地下アイドル弁慶ちゃんはクーデレアイドル義経とともに鎌倉を倒します  作者: 森田季節


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17/21

17 彼女たちの本気

『えー、こちら、中継の熊谷です。皆さん、見えますか? 『牛若◎』の皆さんが猛スピードで山の上から海岸目指して突撃しています! しかも、馬です! 全員馬に乗ってます!』


 宗盛は唖然としていた。


『カメラさんも馬に乗ってどうにか追いかけるようです! カメラさん、後はお任せしました! 中継の熊谷でした!』


 唖然としているのは会場の反応と同じだった。


「なっ、な……。アイドルが馬に乗って山を駆け降りるって、そんなバカな!」

「何がおかしいんですか? アイドルは目立ってナンボや。馬に乗って会場目指したら目立つやろ?」

「そんなの、駅から平地を歩くぐらいでいいでしょ! なんで山の上から来るんですか! 命懸けじゃないですか!」


「ちゃうなあ。アイドルやったら命ぐらい懸けて当然や」

 吉次のグラサンが夕焼けを浴びて、きらりと光った。

「アイドルいう偶像がただの人形になるんか、崇拝対象になるんかは、打ち込む真剣さにかかってんねん。オレはアイドルに詳しくはないけど、体張るんはどこの世界も同じや」


 その真剣さに感じ入ったのか、呆然と沈黙を守っていた会場はやがて、本日最大の歓声に変わっていた。



「うおおお! こええええ! 大丈夫か、これ……いや、大丈夫じゃないぞ……」

 馬に乗っている弁慶ちゃんは半泣きだった。というか、走ってる馬も、静も半泣きだった。ほぼ崖である山の斜面を馬はすべり降りている。


 平然としているのは義経だけだった。


「大丈夫。大昔にはこのあたりの山に鹿も住んでたらしい。鹿が走れるなら、馬もいける」

 義経が謎理論を展開した。

「この山の標高は低い。多分三百メートルもない。それを下ってるから三分ぐらいで原理的には着く。すぐに海岸に到着する。準備よろしく」


「わたしも怖いけど、やる! 義経ちゃんに置いていかれないようにやる!」

 静もヤケクソだった。いくらアイドルとしての才能がある静でも乗馬の技術まではない。それでも乗った。


 ここで放置されるのは猛烈にかっこ悪い。アイドルとしてそんなところは見せられなかった。


「弁慶ちゃん、こんな義経ちゃんと旅してたんだね。リアルに尊敬する……」

「だろ……。私ってけっこコミュ力あるんだぞ……」


 そして、三人は山を降りて、会場の海岸を目指した。

 会場にも馬に乗って突撃。


 弁慶ちゃんが叫ぶ。

「みんな、待たせたな! メジャーデビューシングルを聞いてくれ!」


「☆奇☆襲☆」の演奏がはじまる。


 馬から飛び降りた三人が歌いだす。

 会場は異常な盛り上がりを見せた。

 まさしく奇襲そのもの。


「アイドルが命を懸けて山を降りてきたんだ。それにこたえるだけの大声援を送るしかない!」「俺たちドルヲタの本気も見せようぜ!」「これは戦だ!」


 謎の一体感が会場全体を包んだ。


 それまでステージにいた『KISERU』は完全に忘れられていた。歌とかダンスとかそういう次元を『牛若◎』は超越している。

 別に卑怯ではない。奇襲をするぞと何度もことわりを入れていたのだ。

 事前に通達していたにもかかわらず、相手を驚かせるのはそう簡単なことではない。それを『牛若◎』はやってのけたのだ。


 途中、義経は馬にもう一度飛び乗って、立ち見の客の中を走り抜けていったりした。言うまでもなく、今日だけの特別バージョンだ。毎回、馬に乗るわけにはいかない。


「義経ちゃん!」「とにかくすげえ!」「CD百枚買います!」


 弁慶ちゃんはステージで義経が英雄になっているのを感じた。


 その曲が終わった後、会場は『牛若◎』コールが鳴り止まなかった。


「みんな! 勇気と知恵があれば、人間は何だってできるのだ! 馬に乗って崖を降りることだってできる! いわんや、シングルCDチャートで一位を取ることぐらい楽勝だ!」


 弁慶ちゃんの声に「そうだ!」「そうだ!」のコール。冷静に考えたら乗馬とチャートは全然関係ないのだが、この場には理屈を超越した一体感がある。


 今度は静がMCをする。


「みんなー! わたしたちは伝説になるからねーっ!」


 もうすでに伝説だった。

 義経だけが冷静に、次の曲が何だったか考えていた。


「次の曲、『私は御家人じゃない』か」


 この空気で、打倒鎌倉を歌った戦意高揚ソングは火に油を注いだも同然だった。

 会場は「鎌倉倒せ!」「鎌倉倒せ!」と不気味なほどの空気となっていた。



 途中、タイラ・エンターテイメントの社長、平宗盛は愕然と海岸の砂浜に膝をついていた。

「タイラ・エンターテイメントそのものが『牛若◎』に食われた……。もう、誰もその前にどんなアイドルが出たか覚えてない……」


 それだけのインパクトが『牛若◎』にはあったのだ。


「悪いけど、これはすべて計算済みでした」

 そこに現れたのは『平泉ミイラ隊』の秀衡だった。海岸でもやっぱりミイラ包帯は巻いていた。


「打倒鎌倉の者が複数陣営に分裂していては、非効率的です。なので、その力をすべて彼女たちに向けてもらうために、このイベントに送り込んだのです」


 宗盛はなんてことしてくれたんだと思ったが、秀衡が妙にすがすがしい顔をしていたので、言い出しづらかった。


「一時的でいいです。タイラ・エンターテイメントの力を貸してください。タイラと藤原が手を組んで鎌倉を倒しましょう!」

 秀衡は宗盛に手を伸ばした。

 ついつい、宗盛はその手をとっていた。


 一方、その頃、ステージでも『KISERU』のメンバーたちが、本気度の違いを見せつけられましたと『牛若◎』を讃えていた。


 こうして、『牛若◎』のメジャーデビューイベントは異様な熱気とともに幕を閉じたのだった。


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