16 一の谷メジャーデビューイベント
鞍馬山でやった事務所所属およびメジャーデビューに伴うラストライブはファンの声援というより、悲鳴に包まれたものだった。
これまでずっとファンにとって身近な存在だったご当地アイドルが(物理的にも)遠いところに行ってしまうのだ。これでショックを受けないほうがおかしいというものだろう。
「大丈夫だ! 必ず私たちは帰ってくる! それまで待っていてくれ!」
「義経ももっと素敵なアイドルになる!」
「みんなのおかげで成長できたよ! ありがとう!」
三人も感無量のラストライブだったが、秀衡は厳しい目でその様子を見つつ、ノートにやたらと書き込んでいた。そして、楽屋にて――
「皆さんの技術が素晴らしいものなのは知っていました。ですが、問題も明るみになりました」
秀衡はいきなりダメ出しをしてきた。
「皆さんはローカルアイドル色を強く出しすぎていました。それでは京都を離れた途端、価値が下がってしまいます。もっと普遍的な部分を獲得していかねばなりません。でも、ご当地色は成長と共に消えていくでしょう」
「わかった。どうぞ好き勝手言ってくれ。厳しいことだろうと、受け入れてやる」
三人は平泉に向かった。
ここでメジャーデビュー用の曲を決め、その練習をする。すべて秀衡が立ち会った。
「あ、そこ、微妙に弁慶ちゃん、遅れてます」「弁慶ちゃん、もうちょっとだけ声を落としてください」「弁慶ちゃん、もう少しおしとやかに」
「なんで、私ばかり集中狙いするのだ!」
これには弁慶ちゃんもむっとした。
「理由は、弁慶ちゃんの声量に二人が追いついていないからです。真のアイドルたるもの、メンバー同士の調和が必要です。いくらセンターといっても、一人だけ走りすぎてはいけません」
秀衡の言葉は一理あった。
これまでは義経を守るつもりで、どーんと構えていたのだが……。
「そうだな、義経は立派な女だ。ずっと守ることを考えなくても、もっと任せてみてもよいのかもしれんな」
「あなた、思った以上に素直に従うんですね。もっと強情な人間なのかと思ってました」
「私は義経をトップアイドルにしてやりたいのだ。そして、あいつの姉のやり方が間違っていると証明する! あんな金の亡者みたいなやり方に屈してなるものか!」
そのためだったら、自分だって変えてみせる。弁慶ちゃんは生まれ変わるのだ。
生まれ変わることには不安もある。自分が別物になるからだ。それでも、そこは秀衡を信じる。
(この女は『I’Z』と同時期に活動していた。伝説と戦ってきた。だからこそ、そういうところに到達するまでに何がいり、何が足らないかわかるはずだ。頼むぞ、ミイラ女)
特訓は肉体を鍛えるものも含まれた。まず、ランニングで足腰を鍛える。これには義経と静が露骨におくれをとった。こういうのはあまり得意ではないらしい。
それでも二人とも諦めはしなかった。
二人にも、目的があったからだ。頂点に立つ。ほどほどに何かをやったところで、金をかけた鎌倉爆風興業のアイドルにやられてしまう。
ランニングの次は乗馬まで課された。
平泉のあたりは馬の産地だからという。こんなの、さすがに無意味だろと思いつつも弁慶ちゃんもやった。
(これ、義経は落馬しなきゃいいんだけどな……)
しかし、意外なことに義経はとても上手に馬を乗りこなしていた。まるで、その馬と一緒に育ってきたかのような息の合いようだった。
「義経、馬、好き」
そう言いながら、義経は馬ごとジャンプして一回転した。
曲芸的な動きだった。
「秀衡プロデューサー兼コーチ、ああいうのはできるものなのか……?」
「ふ、普通はできません……。彼女が天才なだけです……」
秀衡も驚愕していた。上手とかそういう次元ですらない。
しかし、秀衡はすぐにそれがネタになると思いついた。
「メジャーデビューイベントの趣向として、これは使えそうですね」
●
そして、いよいよメジャーデビューシングルである「☆奇☆襲☆」が発売される日が来た。
その日、神戸市の須磨海岸、一の谷付近でデビューイベントが行われていた。
この海岸のすぐ背後には山が迫っている。風光明媚な場所で観光用ロープウェーが運行されているほどだ。
タイラ・エンターテイメントのアイドルとデビュー日が同時であったため、その二組を含むフェスが海岸で行われていたのだ。
このイベント、途中何度も『牛若◎』の奇襲がありますと煽っていた。
たしかに、彼女たちがライブに突撃するアイドルという話は、すでに広く知り渡っている。
ねっからのファンじゃなくても、ちょっとアイドルに詳しい人間なら「あの子たちってあれだよね、いきなりライブに突撃する子でしょ」とかドヤ顔でネタで言われるような存在であった。
二つの会社のいくつかのアイドルが場を温めてゆくが、なかなか『牛若◎』の奇襲は行われず、タイラー・エンターテイメント『KISERU』というアイドルグループがついに登場した。
そのイベントの様子を両社の社長が見つめていた。一人はタイラ・エンターテイメントの社長である平宗盛、もう一人は藤原プロモーションの吉次だ。
「なかなか歌の上手い子たちやないですか。あれなら売れそうやな」
グラサンの吉次が言った。
「でしょう。ところで、あなたのところの『牛若◎』はいつ、奇襲をなさるのですかな? まさか、船で海上からやってくるなんてことはないかと思いますが」
宗盛はもう勝った気でいた。今回はタイラのアイドルを大々的にお披露目するイベントだったのだ。でなければ、憎き『牛若◎』を呼んだりすることなどなかった。
一時期、『牛若◎』などに荒らされたりしたが、まだまだ自分たちの牙城は奪われんぞという意識が社長の宗盛にはあった。九州と中国で勢力を拡大して、ついに神戸にまで勢力を戻してきたのだ。
「あっ、そろそろ奇襲の中継が入りますわ」
「えっ?」
すると会場の大型スクリーンに映像が映った。
それは山を馬で疾走する三人のアイドルの姿だった。
『えー、こちら、中継の熊谷です。皆さん、見えますか? 『牛若◎』の皆さんが猛スピードで山の上から海岸目指して突撃しています! しかも、馬です! 全員馬に乗ってます!』




