14 事務所を探せ
三人体制になった『牛若◎』の動員は、『静』のファンも引き継ぐ形になったから、当然ながらさらに伸び、二週間後の土日にはついに千人を超えた。
ロックバンドであれば、都内の二千人や三千人の会場を埋めることができれば、プロとしてかなりの実力と認識される。京都で千人というのはアイドルとして、間違いなくメシが食える次元だ。
わざわざ遠方から来たというファンも少なくなかったし、自主制作のCDは五千枚作っても、一週間でソールドアウトするという有様だった。
「おい、ありえない額のお金が入ってるぞ……」
銀行の通帳を見た弁慶ちゃんは衝撃を受けていた。完全に独立してやっているので、利益がそのまま自分たちのユニットに入るのだ。
「義経、これ、毎日、祇園の料亭で遊べる……。舞妓さんすら呼べる」
「いや、可能でもやめろよ……。毎日、祇園の料亭通ってるアイドルとか嫌だろ……。あと、舞妓さん呼ぶのも異様だからやめろ……」
「もう、すっかりプロ顔負けってレベルになったね」
元々儲かっていた静は売り上げに関しては割と冷めていた。
「むしろ、これだけ動員できてて、メジャーデビューの声がかからないほうが不自然なぐらいね。取材もそんなに多くないし、わたしが加入した時は過熱したけど、それからは人気がある割に静か。静だけに静か」
弁慶ちゃんは嫌な予感がした。
「まさか、また鎌倉が妨害してるのか……?」
その可能性は高かった。いろんなメディアと鎌倉爆風興業はつながりを持っている。どこもにらまれるのが怖くて、『牛若◎』に手を出せないようなのだ。
「しかし、芸能事務所なら、鎌倉のほかにもあるだろう。どこか一箇所ぐらい来てもいいだろうに……」
「実は難しい。今のアイドル業界は鎌倉爆風興業の一強だし、対抗馬のタイラ・エンターテイメントのアイドルを義経たちはかなりつぶしてきた」
「あ、そういや、西日本を行脚した時はそうだったな……」
西日本に強いタイラ・エンターテイメントに二人はかなり迷惑をかけていた。いくら、鎌倉と戦うと言っても、協力してもらうのはつらいものがありそうだ。
「これ、地味にまずくないか……?」
「なんで? 毎日、おなかいっぱい食べられるよ。毎日、ザギンでシースーだよ」
義経はバブル期の業界人みたいな発言をした。
「義経、私たちの目的は銀座で寿司を食べることか?」
「銀座でステーキ?」
やけに銀座にこだわりがあるらしかった。
「あっ、京都から銀座に行くのは時間がかかる。大阪のキタでシースー」
地理的な問題でもない。
「違う。私たちは京都で覇権はとれてるし、生活も上々だ。でも、アイドルとして上にいけないと意味がない」
動員のデータは弁慶ちゃんがちゃんと記録していた。
リーダーを弁慶ちゃんがやって、正解だった。ほかの二人には事務能力がない。
「今は動員が伸びてるけど、このままだと、どこかで止まりそうなんだ。普通に考えて、鞍馬山で一万人とか集めるの無理だしな」
京都にとどまり続けると、成長にも限界がある。
「本当に個人でやってると、イベントを企画したり、グッズを売ったり、ツアーをやったりということもきつい。私たちをちゃんと売ってくれる事務所と組まないと、次のフィールドには立てない……。CDの流通だって、自主制作だけだと全国では売れない……」
最初は何も持たないところからのスタートだった。
だから、伸びしろも大きかった。どんどん上に来ている実感もあった。
それに翳りが見え始めている。
別に弁慶ちゃんが悪いのではない。個人がやれることと、組織がやれることにはどうしても差が出てくる。
スマホで弁慶ちゃんは動画サイトを開いた。そこにアイドルの公式チャンネルもある。
「たとえば、これは鎌倉爆風興業のアイドル、『シッケンズ』の派生ユニット、『得宗部!』のPVだ。有名な監督を使ってるし、ほかにも金がかかってる。その結果、メジャー感がしっかり出てる」
『シッケンズ』は現時点での鎌倉爆風興業中、最強のアイドルだった。二年前に『さねともみなも』という最強のアイドルが活動休止してから、事務所が押す力を強めたのもある。
「本当だ。もっと、ケチったら銀座で豪遊できるのに」
「義経、お前、世俗的な価値観にけっこう染まってるな……」
アーティスティックな発現をしたり、やったりする奴ほど、俗っぽいところがあるというのは本当なのだろうか。
「ちなみに私が言いたいのは金かかってるってところだけじゃない。お金を貯めても、こういうのをしっかり企画するのは、私たちだけの力だときついってことだ。でないと、京都の有名人で終わってしまうぞ!」
全国を目指すには、もっと質的な変化がいる。
「じゃあ、いろんな事務所に売り込んでみちゃう? わたしが回れば悪い反応はないと思うよ。でも、大手と契約できないときついけどね。小さいところだと鎌倉の圧力に屈するだろうし」
静は業界の力関係をよくわかっていた。
「事務所と契約するにしても、鎌倉と戦う気概があるところでないと意味がないからね」
「わかった。私に考えがある」
弁慶ちゃんはそう言うと、早速歌詞を書きだした。
「曲を作ってるみたいだけど、どういうこと?」
「気概があるところをあぶりだす」
そしてできた曲がこれだ。
●私は御家人じゃない
作詞・作曲 弁慶ちゃん
「私を捕まえようとしたって(したって)♪
それはできない相談だから(だから)♪
御恩も奉公もしないよ(しないよ)♪
だって、私、御家人じゃない♪ <以下略>」
その先には「鎌倉ってつまり小京都だよね。なら京都でよくない? 世界遺産が一つもないって寂しくない?」とか、もっと直接的に鎌倉をディスった歌詞もある。
「鎌倉と戦うことをはっきりと宣言した曲を作ったぞ。この曲をメジャーデビューシングルにしたいと言えば、鎌倉を恐れる会社は逃げる。それで逃げない会社なら信頼できるというわけだ」
「さすが、わたしの弁慶ちゃん! 賢い!」
「なんで、私が静の私有物になってるんだ?」
「いいの、いいの。気にしない、気にしない」
結局、静は弁慶ちゃんに抱き着く口実がほしいだけだった。
『牛若◎』はその曲をライブ中でも盛り上がっているタイミングで意図的にプレイした。
ファンもその意図を理解したらしく、「負けるな!」「神奈川県民だから複雑な気分だけど、あの事務所のやり方は好かない!」と応援してくれた。
●
効果はあった。
その曲の発表から、二週間ほどが経ったある日。
鞍馬山に、うさんくさいサングラスにスーツの男がやってきた。
しかも、時計まで金色に光っていた。
芸能事務所ではなく、もっとヤバいなんらかの事務所の匂いがした。
面会したいという人物がいると言われて、やってきた弁慶ちゃん一行は面食らった。
「こんちは、藤原プロモーションちゅう会社やってる吉次っちゅうもんですわ」




