13 静のサプライズ
(このオーディエンスに応えられるようにならないとな!)
弁慶ちゃんもいつも以上に気合いが入った。これは最高の仁王立ちを見せないといけない!
義経も小刻みにジャンプして、意欲を見せていた。義経のステージングはちょっとしたスポーツよりはるかに体力を使う。慣れない人間なら最初の三十秒でバテるだろう。
「静が加入した時に、新メンバーが一番すごいだなんて言われたくない。義経もダンスには自信がある……」
「まったくだ。日本一、いや世界一のアイドルを目指すぞ!」
二人はステージに登場する。
割れるような歓声。
「待たせたな、みんな! 神泉苑でやった以上のことを見せてやるからな! 私たちの活躍をその目に焼きつけて帰るのだぞ!」
二人はライブを楽しんでいた。
弁慶ちゃんなど、ずっと歌いながら笑っていた。
(そうか、アイドルってこんなに気持ちいいものだったんだな)
そんなことに今になって気づいた。
テンダイ・ミュージックに所属していた時は、徹底したスパルタ教育だった。心も体もボロボロにすればするほどいいと思ってるかのような指導で、涙を流した日なんて数えきれなかった。一度、血涙が出たことさえあった。
それでも耐えていたのは、観客の楽しむ顔が見られるからだった。
それこそが弁慶ちゃんの生きがいと言ってよかった。
(でも、違うんだ。もっと上のフィールドに行けば、私自身が楽しくなれるのだ!)
そう、弁慶ちゃんが楽しいからこそ、オーディエンスももっと楽しくなる。
アイドルとは観客に尽くすものではなく、一緒くたになって盛り上げる存在なのだ。
義経の動きもこれまでにないキレを見せていた。技術だけなら、日本のアイドル最強と言っていいだろう。体操選手かというほどに、多彩なひねり技すら見せている。
しかし、そんな順風満帆に進むわけがなかった。
なにせ――彼女たち自身が台風を迎え入れてしまったのだから。
盛り上がってる途中、さらに異様に盛り上がりがやってきた。
(なんだ? 今は声を上げるような時ではないはず――)
弁慶ちゃんがちらっと横を見た。
静が立っていた。
(な、なんで出てきた! 秘密にしておくって言ってたのに!)
当初の作戦は思いきり破られてしまった。こうなったら、スペシャルゲストという扱いにするか。それなら、ちょっとダンスがおかしくてもメンバーじゃないから許されるはず……。
「わたし、フリーライブでの『牛若◎』のステージを見て、すっかりファンになっちゃいました! だから、『牛若◎』に加入することにしました! みんな、新しいわたしも応援してねっ!」
(×$?☆▼!!! 本気でぶち壊してきたな!)
もはや、こうなったらぶっつけ本番でやるしかない。なんとも強引な奴だ。
(義経、ダンスの息を合わせてやってくれ……。まだ何曲もある。さすがに静もすべてをマスターしてるとは思えないし……)
しかし、それは静を過小評価した判断だと弁慶ちゃんは思い知ることになる。
静はどの曲も、どの曲も、ほとんどズレなく合わせてきたのだ。
一か月みっちり練習してもここまでの動きは普通はできないだろう。
(まさか……。いくら、天才といえども限度があるぞ……。人間には癖というものがある。自分だけで踊るならともかく、義経と合わせる必要だってあるのに…………。あっ、待てよ、そうなのか……)
弁慶ちゃんは、はっと悟った。
静と義経はもともと息が合っているのだ。
まるで、前世からの因縁というほどにダンス感というものが近い。
だから、二人でとことん形を合わせる必要もなく、自然と同期してしまう!
(静が義経が好きと言った理由は、これか……。性格はまったく違っていても、動きには共通点がある!)
途中から弁慶ちゃんは心配するのをやめた。
どうせ杞憂に終わってしまうだろうし、不安になるより楽しんだほうが有意義だ。
「みんな、ありがとうねー! 静をよろしく!」
「三人で『牛若◎』、頑張る。義経はそう決意した」
「私たちは世界を目指すからなー! いつ京都の『牛若◎』から世界の『牛若◎』になるかわからないから、目を離すなよー!」
大盛況のまま、三人での初ライブは終了した。
「静、お前、無茶なことをするな……」
「わたし、大丈夫だとわかってることしかしないよ。実際、大丈夫だったでしょ? アイドルは度胸だよ」
「わかった、わかった。お前はすごい」
もはや、認めざるをえない。そして、その才能が入って、『牛若◎』はとんでもない化学変化を起こした。
「あっ、今のはデレたってことでいいの?」
「違うわ!」
●
翌日、取材陣が鞍馬山には殺到した。
本当は練習に時間を割きたかったが、さすがにそれができない数で、寺側からも応対してやってくれと言われる始末だった。
「静さん、加入を決めたいきさつは!」「きっかけは!」「抱負を聞かせてください!」
いっせいにマイクが向けられても、静は堂々とした態度でいた。これが大物の風格なのだろうか。
「う~んとね、やっぱりわたし一人だと表現できることに限界があると思ったっていうのが、一番の問題かな~」
静は顔に指を当てて、無意識的にガーリーな雰囲気を出しつつ話す。服は女子高生の制服を改造したようなものを着ていた。
「ほら、『牛若◎』の二人って、一人ひとりだといろいろ問題があるんだよね。弁慶ちゃんはヴォーカリストの要素が強すぎて、アイドルって感じじゃない。義経ちゃんは芸術家肌のところがあって、お客さんが盛り上がるにはハードルが高いの」
きっちりと静は二人の問題点を指摘していた。
「だけど、それが二人になった途端、そういうアクの強いところが中和されて、よさが際立つの。それで、ものすごく輝いてた。1+1が2どころか100ぐらいの力を持ってたの。百倍よ、百倍!」
弁慶ちゃんはそれを聞いて、いや、百倍じゃなくて五十倍だろと思った。百倍だったら100じゃなくて200だ。
「そこにわたしが入ったら、わたしも新しい力を引き出せるかなって。きっと、間違ってないと思うよ」
自信満々に静は答えていた。
弁慶ちゃんも思った。ああ、お前ももっともっと偉大なアイドルにしてやるぞと。




