12 新たなる出発
「わたしが『牛若◎』に加入するっていうのは、どう?」
弁慶ちゃんにひっついたまま、静はそう言った。
「…………加入って、イベントとかで『一夜限りの特別編成!』みたいなやつだよな?」
「ううん、恒久的な加入。三人目のメンバーってこと」
何の屈託もなく静は言った。
「…………お前はバカか」
「偏差値は51」
バカとは言えないが、頭がいいとも言えなかった。
「『静』って、すごく注目されてるアイドルだろうが。そのまま、おのれの道を進めばいいだろう」
弁慶ちゃんは言ってから、ものすごく浅い精神論みたいになったと後悔した。
「その、道こそが『牛若◎』に入るってことよ。だって、どう考えても超面白そうじゃん。二人ともとんでもなくキャラ立ってるしさ。わたし、実質フリーだから後腐れもないよ」
それは否定のできない事実だった。
弁慶ちゃんの脳内に損得勘定の天秤が生まれる。
たしかに静が加入すれば、人気はさらに上がる。動員だって増える。
それはアイドルとして階段を一歩進めることにはなるのだが……。
「お前が加入すると、義経に手を出しそうなんだよな……」
「出すよ」
「宣言するな! せめて思惑ぐらいは隠そうとしろ!」
「心配しなくても、あなたにも出すつもりだから。あなたもかわいいもんね~♪」
弁慶ちゃんはこういうタイプってどう扱えばいいのだろうと思った。
「よ、義経はどう思う……?」
「リーダーの弁慶が決めて」
「え、私がリーダーなのか……?」
二人しかいなかったし、とくにリーダーという意識も持っていなかったのだ。
それでも、義経にリーダーと言われると、少し承認欲求をくすぐられるところはある。
「弁慶がこの中で偏差値が一番高い。だから、リーダー」
「そこで決めたのかよ」
妙に生々しい理由だった。
「義経は弁慶にすべてゆだねる。今日の打ち上げは焼肉」
食べるものに関しては全然ゆだねてなかった。
もっとも、弁慶ちゃんとしてはすでに決めていたのだ。
なにせ、自分たちの目的のために静が入るデメリットがないのだから。
「わかったよ。静、お前も今日からメンバーだ」
弁慶ちゃんは静に手を伸ばした。
「やったー! ありがとー!」
手を伸ばしたのに、静は弁慶ちゃんに抱きついてきた。
「ここは握手するところだろ!」
「えー。ハグのほうが気持ちいいじゃ~ん♪」
先行き不安ながら、静が『牛若◎』に加入した。
●
静の加入は表向きはしばらく秘密にする予定だった。
毎日のように『牛若◎』は鞍馬山の劇場でライブをやっているのだ。発表してしまったら、すぐにライブに静が出ないといけなくなる。
「いくら、なんでも振り付けも歌もノーチェックのまま、一緒にメンバーとして出るわけにはいかんだろう。最低二週間ぐらいは練習をしたうえで電撃発表、大々的にデビューという形を取る」
鞍馬山の宿坊にて、弁慶ちゃんが静に指示を出した。
メンバー三人が寝泊りする部屋ぐらいは余裕であるので、住む場所には事欠かない。問題はコンビニが遠いことだ。
「これはリーダーである私の命令だ。必ず、聞くように」
「はーい。リーダーが言うなら、しょうがないね」
弁慶ちゃんはリーダーという響きはまんざらでもないと思った。
「まあ、お前の実力を考えれば、すぐにすべての曲の振り付けもマスターして即戦力になれるだろう。とくに不安も感じてはいない」
「そうだね、任せて、任せて~♪ あっ、でも、一つだけ確認しておかないといけないことがあるんだけど」
珍しく、静が真面目な顔になる。
「むっ、何だ? 何でも気兼ねなく言ってくれ。もはや、私たちは運命共同体なのだからな」
「今晩は、弁慶ちゃんと義経ちゃん、どっちを襲えばいいの?」
「襲うな」
静は完全に女子を狙うタイプだった。
「ああ、三人でっていうのも――」
弁慶ちゃんは義経を隠すように前に手を広げて立つ。
「義経はそういうことが疎そうだから、やめてやってくれ! 冗談ではすまない恐れもある! 心に傷を残すかもしれん!」
弁慶ちゃんは決意を固めた。
この小悪魔からいたいけな義経を守り抜くと。
「でもさ、男とのスキャンダル起こすよりはメンバー内で自家発電したほうが安全じゃない
?」
「何が自家発電だ! 変なこと言うな!」
「ふ~ん、じゃあ、わたしを見張ってないと男とスキャンダル起こしちゃうよ~」
にやっと子悪魔どころかサタンな笑みを見せる静。
「やっぱ、こいつを加入させたの、まずかったかな……」
「まだ、口で言ってるだけ。何か行動に移った時に罰してからでも遅くない」
義経がもっともなことを言った。
結果としてそれぞれが個室ではなく、三人で一つの部屋で寝起きをすることにした。
弁慶ちゃんとしては静を見張る必要があったし、義経だけ一人部屋にするのも、それはそれでかわいそうだったからだ。
いざ、同じ部屋になると、静はちょっとした空き時間までダンスの練習をしていたりして、すこぶる真面目だった。
(成功には必ず理由があるものだな)
アイドルであることに、静はとにかくひたむきなのだ。才能だけというわけではない。
●
そして、翌日。
『牛若◎』の弁慶ちゃんと義経は舞台袖から観客のほうを見た。
「弁慶、これって……」
「す、すごいな……。記録更新だ……」
これまでにないほど観客が詰めかけていた。
「多分、四百人はいるよね……」
「そうだな……。動員が一挙に倍になった。これが『静』と勝負した結果なのか……」
実は神泉苑での『静』のステージは地元テレビ局などで中継されていたのだ。『牛若◎』のステージを見た人間は激増したし、なにより『静』に認められたアイドルとして、『静』のファンたちが受け入れた。
その影響が見事に出ていた。
『牛若◎』は間違いなく一皮むけた。




