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悪夢の日 (夏樹SIDE)

緋月の年の離れた兄、夏樹視点から見た当時の様子。

緋月の、幼い弟の小さな心は悲鳴を上げていた。


明日で7歳を迎える小さな弟はとうとう泣き叫んだ。


弟は、緋月は寂しかったのだ。

学校で部活や生徒会役員をやっていて忙しい兄、

体が弱く入退院を繰り返す双子の妹、

そんな妹に付きっきりで、自身を顧みない両親。


緋月は空気を読みすぎる、優しすぎる子だった。

幼かったあの子は感じ取ってしまったのだ。

我儘を言ってはいけない。寂しいと言えば、年の離れた兄や両親を困らせてしまう、と。いつからか緋月は寂しいのを我慢するようになった。


両親は緋月の心の悲鳴に気付いていなかっただろう。

気づいてやれたのは、年の離れた兄である僕だけだった。


幼稚園の運動会やお遊戯会、小学校の運動会や授業参観。

両親は一度も緋月のそれらに行くことは無かった。

いつも寂しそうに両親を見ていた緋月に

僕は日程を聞き出し、行けるものは都合をつけてでも全て見に行った。


緋月と柚月の誕生日、

いつも両親は柚月にケーキとプレゼントを買ってあげた。

ほとんどの日を病室で過ごす柚月に付きっきりで、両親は誕生日を祝うのだ。


僕はいい。15,16になって両親にそこまで祝われなくとも、

友人が勝手に祝ってくれるから。

しかし、緋月は?あの小さな弟はどうなのだ。

引っ込み思案だが優しい弟は、

去年にあげたクマのぬいぐるみをただ抱きしめるだけだ。


両親が緋月に口癖のように言う「いい子だから」

その言葉は、幼い緋月から寂しいと言う術すら奪い、封じていくのだ。

「いい子」その鎖にがんじがらめに囚われて

小さな弟は感情すらも失くしていくのだろうか。


僕にできたのは貯めたお小遣いで、

小さなケーキとプレゼントを用意して誕生日を祝ってやるくらいだった。

僕と緋月、二人だけの小さな誕生日会を開いて。


しかし、高校生になり僕の帰りが遅く、忙しくなると

ついに緋月は寂しさを爆発させた。


柚月の所に行くからいい子にしていろと言う両親に

緋月は「両親と3人だけで動物園に行きたい」と泣きわめいたのだ。


明日で緋月は7歳になる。

せめて誕生日くらいは緋月のことを顧みてほしかった。

両親を説得し決まった、緋月の初めての親子3人での外出。

しかし、この選択を僕は後に悔やむこととなる。



当日、

緋月に楽しんでくるよう言い頭を撫でてから学校に向かった。


1コマ目の授業が終わり、友人たちと喋っていると

突然、僕の電話が鳴った。母さんからだ。

とりあえず、話していた友人たちに断って電話に出る。


「もしもし、母さん?どうかしたの?」


<……に、兄さん>


……緋月?一体どうしたのだろう。

声が震えていた。


「緋月?どうしたんだ?何かあったのか?」


安心させるように優しく問いかける。


<ふ、ふぇ…に、兄ざ、ん。ひっく。に、ざん……っく>


明らかに緋月は泣いていた。

弟に何があったのだ?


「緋月!?何があった?」


焦りから声が大きくなる。

緋月は泣きながら僕に驚くべき質問を投げかけた。


<っく。に、ざ……ぼ、っく。

いらな、ひっく…こじゃ、うっく、ないお、ね?>


しゃくりあげる弟の声は聴き取りにくかったが、

聞き間違いでないなら緋月はこう尋ねたのだ。

「僕は要らない子じゃないよね?」

恐ろしい質問だ。7歳の子供がするようなものではない。

何故こんなにあの子が傷ついているのか気になりはしたが、

泣きじゃくる緋月の質問に正直に答えた。


「緋月、緋月は要らない子じゃない。僕の大事な大事な弟だよ」


ゆっくり落ち着かせるように話すと、緋月は再び泣き出した。

何度も「本当に?」「要らなくない?」と泣きながら言う緋月に

何度も何度も「本当」「要らなくない」と伝えると落ち着いてきた。

もうすぐ次の授業が始まるので電話を切ることにした。


「緋月、もう次の授業始まっちゃうから切るよ。

家に帰ってきたら動物園のこと兄ちゃんに教えて?」


そう言い電話を切った。

これでとりあえず、動物園を楽しめるだろう。

そう思い授業を受けていると、何やら廊下が騒がしい。

何かあったのだろうか、と思えば廊下に呼ばれた僕に告げられたのは

両親の乗った車が事故に遭い、両親が亡くなったという知らせだった。


病院につくと、警察の人に「ご両親は即死だった」と告げられた。

そして「破損状態が酷い状態なので見せずに火葬してしまう」と。

見ない方がいいと言われた両親。即死だったという。

緋月はその変わり果てた姿の両親をを見てしまっただろうか……気がかりだった。


一命をとりとめた緋月の容体を聞き、彼のもとに急ぐ。


意識を取り戻した緋月に柚月は、あまりにも残酷な事を言った。

「ひーちゃんのせいだ!私のパパとママを返して!」

泣きながら緋月を責める柚月を本気で叱り、落ち着かせる。

ごめんなさい、ごめんなさいと謝り続ける緋月は

泣きじゃくる柚月を見てぽつりと呟いた。


「僕が、柚月と兄さんからお父さんとお母さんを奪ったの?」


――違う、そうじゃない。お前が悪いんじゃない。

ガラス玉のような瞳からポロリポロリと涙をこぼす

緋月を僕はたまらず抱きしめた。




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