悪夢の日
直接的ではないですが残酷な表現が出てきます。
苦手な方はご注意ください。
それは忘れない悪夢の日だった。
今でもあの悪夢にうなされる。
兄さんも柚月も悪夢にうなされる僕を心配するが、
あれは僕の罪だ。小さな僕の我儘が生んだ大きな罪。
7回目の誕生日を迎える前日、幼かった僕は
帰りの遅くなった兄に、自分を置いてユズに向かう両親に
寂しさが爆発した。
泣きわめいた。「お父さんとお母さんと動物園に行く」と。
兄は平等に僕たち弟妹に誕生日を祝ってくれたが、両親は違う。
いつもいつも僕や兄さんを置いて、ユズのもとに走るのだ。
たまには、一度だけでもいいから、僕だけを見てほしくて。
憧れの動物園に僕だけを連れて両親と3人で出かけたかった。
体調を崩して入院しているユズを置いて。
ユズは一人つらい思いをしているのに……
アイツが羨ましくて嫌いだった。
僕からお父さんを、お母さんをさらっていくように思えて。
……だけど、アイツや兄さんから、お父さんとお母さんを奪ったのは僕だった。
泣きわめいた僕に同情したのだろう、兄さんが説得してくれたおかげで
ぼくは7回目の誕生日の日に両親を独占することができるようになった。
7回目の誕生日当日、
学校があった兄さんは僕に「楽しんでおいで」と言い
頭を撫でて、学校に行った。
運転席にお父さん、助手席にお母さんが乗り、初めての両親と3人だけの外出。
嬉しかった。こんなこと一度もなかったから。
……けれど、高揚した気分は初めだけだった。
両親はこの場にいる僕ではなく、
この場にいないユズのことばかり気にしていたから。
悲しくて、苦しくて、涙が零れた。
僕は泣きわめいた。なんと言ったか今でも憶えている。
「お父さんもお母さんもいっつも柚月のことばっかり!
僕なんか要らないんでしょう!!」と。
両親の返しは僕の心を砕くには十分だった。
「柚月は体が弱いのよ!あの子を大事にするのは当たり前でしょう!
そんなことも分からないなんて、なんてひどい子なの!!」
「柚月はあんなにいい子なのに
お前はどうしていい子になれないんだ!!」
両親は一度も僕を見ることは無く、柚月ばかり。
まるで僕なんて居ないかのように、要らないかのように……
辛くて、苦しくて、悲しくて、
お母さんの携帯で、兄さんに電話を掛けた。
<もしもし、母さん?どうかしたの?>
電話口から聞こえてくる兄さんの声に、僕は震える声で
「兄さん」と言うと、すぐに兄さんは気がついた。
<緋月?どうしたんだ?何かあったのか?>
「ふ、ふぇ…に、兄ざ、ん。ひっく。に、ざん……っく」
<緋月!?何があった?>
明らかな泣き声に兄さんは驚いたのだろう。
声の調子が変わった。
「っく。に、ざ……ぼ、っく。
いらな、ひっく…こじゃ、うっく、ないお、ね?」
泣きながら兄さんに尋ねたそれは、酷く聞き取りにくかっただろうが
兄さんはきちんと答えてくれた。
<緋月、緋月は要らない子じゃない。僕の大事な大事な弟だよ>
「うああああぁぁぁん!」
兄さんの言葉が嬉しくて、自分がいてもいいって許されたようで
僕は泣いた。
<緋月、もう次の授業始まっちゃうから切るよ。
家に帰ってきたら動物園のこと兄ちゃんに教えて?>
「わ、かった……」
兄さんは授業のため、電話を切った。
動物園のことを話す約束をして……
この電話から少し後、お父さんの運転する車は事故にあった――
両親の悲鳴、突然の衝撃、左目と左腕に感じる強い痛み。
体中の痛みと左目の見えない状況の中、僕が見たのは
フロントガラスが割れて潰れた車内、おかしな方向に折れ曲がった自分の左腕、
そして、原形をとどめていない両親の変わり果てた姿だった。
気づいた時には駆け付けた救急隊員に救助され、
自分の名前を伝えていた。
そして、気を失った僕はそのまま病院に運ばれた。