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異能探偵事件簿

作者: 稲垣達也

単に推理だけではない新しい探偵像を考えたら、こんな話になりました。

警視総監の身代金


先頃解決した人身売買組織との凄惨な戦いを終えた私と、奇妙な友人(彼は、早川草介といった)は、大学の研究室で新たな研究課題について話していた。彼は、ぼさぼさの頭髪をかき回し、金田一ばりにフケを撒き散らしながら言った。「柳井くん、見てみろよ。またぞろ、事件の匂いをプンプンさせたヤツが、来るよ」浅黒くいかつい顔をさせているが、眼光はキラキラしている。彼は、警視庁が迷宮入りとした犯罪を、過去何度も解決に導いていた。大学の校内では、三々五々キャンパスライフを楽しむ女子大学生や、夏休みをどうやって親の脛をかじるか思案している男子学生ばかりがいるわけではないが、つまり今しも、眼鏡をかけた上品な(30才前後と思

われ

る)女性がこちらに向かって歩いてきてるところだった。歩き方は、ちょうどキャリアウーマンのように見える。


ドアにノックの音がした。

あの女性が入ってきた。聞くとはなしにその女性は、知人の紹介で、(以前宝石盗難に関わる難事件を解決した関係者から)こちらに伺った。つきましては、ぜひお力をお貸しいただけないか、と丁寧に言った。


女性のために私は、椅子を勧めた。(研究室には二組の椅子しかなかった)5月とはいえ初夏の陽気で、女性の額にはうっすらと汗の粒があり、よほどの心痛で眠れなかったのだろう目の下にはくまがみえた。

早川は、黙って女性の話を聞いているようだった。


昨夜一本の電話が彼女の自宅にあった。

彼女の良人はさる高級官僚(警察庁だと、後になって分かった)で、警視総監とは親戚筋に当たる。犯人は驚くべきことを話し始めたのだった。

それは警視総監の殺人予告だった!


犯人は、一週間以内に汚職警官の名前を公表し、身代金として50億円を要求してきたのだった。

警備厳重な中でも、容易に実行できると犯人はうそぶいた。

その証拠は、送ったと。

そして、確かに警視総監(彼女の叔父にあたる)とその奥さんの会話と思われる録音された媒体が送られてきた。

犯人はあろうことか警視総監の邸宅に、盗聴器を仕掛けていたのだ。


早川は依頼に応じると答えた。三日間で、犯人は明白になるでしょうと……。

彼女は、何度もお辞儀をしながら帰っていった。

私は、容易ならざる事件で簡単に解決できると言った早川を‘ちょっと頭がおかしい’ のではと、過去何度も疑ったものだった。


しかし、明晰な彼の頭脳は、既に犯人の痕跡から、明確に犯人像を割出していた。それは、一種魔術か超能力に近いように思われた。

人間の脳は、一生涯でわずか5%しか使われていないという。最先端の現代科学は、目に見えない世界について研究を始めているが、これほど発達した科学の分野でも、まだまだ分からないことだらけなのだ。


私は、研究室でコーヒー片手に椅子に寝そべりながら、モーツァルトを聴く早川に尋ねたものだ。

「君が、物好きで探偵まがいなことをするのは、何故かな?」

「何故って、そりゃあ面白いからだよ。人は、問題を起こす。それは、欲にまみれているからなんだ。お金、愛情、名誉にしがみつく。中には、それを楽しんでる輩までいる。現代は、そんな時代なんだ。よく考えたら、シェークスピアも人生は歩く影のようなものだと言ってる。しかし、我々は生きるのが定められている。より良く生きること、それが人間的努力なんだ。君だって、なにも好き好んで研究室でやくたいもない物理学者やってる訳じゃないだろうに。」

「確かに」


いつも無口な早川のテンションはいつになく上がっているようだった。


翌日から、夏休みだったが、学会のために資料づくりで大わらわだった。研究者の仕事は、出張が多い。私も一年の大半は海外へと行く。

早川はその頃、私のアパートに同居者として、体のいい居候を決め込んでいた。(前回のセレブな依頼者から謝礼で、半年分相当の家賃を入れてくれていた)決して彼が無報酬で事件を引き受けていた訳ではなかった。かなりの実入りがあったはずである。

数日帰ってこないこともあるし、とじ込もって何やら難しい専門書で調べものをしていることもあった。(彼の蔵書はひと財産はあったろう)

その日は、春一番が吹いて小雨のふる肌寒い日だった。

鈍色の空は、歩道にたたずむ木立をいっそう寒々しく見せていた。

突然の足音に、私は何事かと彼を見ると、早川は濡れた肩をタオルでぬぐいながら、どかりと腰を下ろした。

眼が爛々と輝いている。

私は、温かいコーヒーを入れてやった。

何か犯人につながるものをつかんだらしいと、私は直感した。

「明日だ、明日にははっきりするよ」

コーヒーを飲んで、彼は言った。

「犯人の予告では、警視総監と言っているが、狙いはやはり金銭らしい。

50億円と言えば、かなりの重さになる。

このようなケースでは、引き渡しのタイミングが、一番犯人にとってもリスクが高いからね。現実的じゃない。ある筋の情報ーー今はまだどこからとは言えないが、犯人は警視総監の身近な人物だ」

「確か三日間という期日内なら、明日が最終日だが……」私は慎重に尋ねた。


「それは、大丈夫なんだが……」ほんの一瞬彼の顔に影がよぎった。それっきり、彼は沈黙の帳に隠れてしまった。

時々、彼の頭脳は目まぐるしく回転するように思われる。そんな時、彼はどこか異次元に行ってるようで呼べども反応がない。

そして、確信と共に、卒然として目に光が宿る。

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