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どちらでもないもの  作者: 林公一
『DOW』
9/11

任務開始

 この荒廃した世界では、元あった区の名前は無くなった。

 あまりにも荒れ果て過ぎて、どこがどこだかわからなくなってしまったからだ。

 そんな状況下で機関がとった方策とは、細かく区切るのをやめて、元あった隣接する区を統括して新たに暫定的な名称をつけることだった。

 細かな名詞は要らない。ただ単純に、機械的に、記号的に場所を区切る。

 そして今回の任務で降り立った地を、墨田区を中心に隣接した区をまとめてA地区と呼称している。

 このままだとあまりに広すぎるため、Aー1などと区分しているところもあるが、今回の指令ではそのような細かな場所は指定されていない。

 つまり、A地区全体で(・・・・・・)亜人種が発生しているということになる。

 今回のような大量発生は別段珍しい事ではない。何せ奴らは数が多いのだ。どこでどう繁殖しても不思議はない。

 ただ、混成群となると話は別だ。

 通常、魔物は群れを作る傾向にあるが、基本的にそこに他の種族が混ざることは無い。ならば何かしらの原因はあるはずなのだ。

 恐らくどこかに中心がいる。そいつを潰さねばならない。

 しかし、そう悪いことばかりでもない。この大量発生は都合が良くもあるのだ。

 紫苑個人としては、魔物どもは殲滅の対象でしかない。邪魔者は消す。ただそれだけだ。

 しかし『DOW』のメンバーとしての紫苑はそれだけの理由では動かない。仕事もきっちりとこなす。


 今回の任務の内容は大きく分けて二つ。

 一つは言わずもがな、大きくなりすぎた魔物群――いや、軍の殲滅。

 そしてもう一つが『サンプルの確保』だ。

 このサンプルの確保というのが難易度が高い。

 好戦的な魔物相手に、殺す以外の悠長な事を考えて行動すれば、その分だけ対応が遅れて死ぬ可能性が高まるのだ。事実、それで何人かは死んでいる。

 発足して間もない『DOW』という組織の戦闘員は、紫苑達を含めて合計で三十人余りしかいない。

 それは戦闘員を造る過程の長さもあるが、何よりその素材となる『魔物ベースの魔力』が足りていないことが大きな一因になっている。

 需要と供給が釣り合っていないのだから、まずは供給源を集めなければならない。


 そのため、このような大量発生は魔力を集めるいい機会にもなる。

 可能であれば生け捕りに。そうすればある程度持続して魔力を集めることが出来る。だがこれはあくまでも可能であればの話だ。

 手負いの獣ほど恐ろしいものは無い。それは魔物にも通じる。

 欲を出して下手を打つよりも、安全に殺して魔力を抽出する方が余程効率的なため、生け捕り成功例は今のところない。

 戦闘能力がトップクラスの紫苑ですら、それに成功したことは無いのだから、それだけでその難易度を図り知ることが出来るだろう。

 尤も、紫苑の場合は単純に生かすという選択肢が存在していないだけなのだが。


 ともあれ亜人種の魔力というのは応用範囲が広い。低級の魔物とはいえ魔力には違いないのだから、それを使って新たな魔道具を作ることも出来る。

 弱い魔力が故に暴走の可能性が限りなく低いため、高性能とはいかないが、一般人の一時的な自衛道具を生産しやすいのだ。

 もちろん、新たな『2nd』のベースにもなる。ただ殲滅するだけより難易度、危険度共に高まるがリターンは大きい。

 大量発生のこの今、狙わない手は無い。


「行くぞ」


 一言紫苑が呟くと、隣でうずうずと飛び出そうとしていた秋が暴発した。

 刀を抜き、瞬時に細く、長く変形させて亜人の群れを斬り裂いた。

 目算で約十二体。それらが一撃で首を落とされ絶命する。


「ああ……やっぱりこの瞬間が生きてるって感じですよねぇ……」


 恍惚とした表情で秋が言う。その感性を理解出来ないししたくもない紫苑は、勝手にしろとばかりに花梨を連れてその場から飛び去った。

 置いてきぼりをくらい、周りを囲まれ孤立無援になった秋は、尚もうっとりとした表情でいる。


「あははぁ、紫苑さん優しいですねぇ。こんなにくれるんですかぁ」


 その目に宿るは嗜虐。狂者の瞳に映るのは哀れな獲物。

 これから始まるのは戦闘――ではない。虐殺だ。


「さて、全員私の餌になってくださいねぇ♪」


 舌舐めずりをして、秋は刀を振るった。







 エリアAー2を秋に押し付け、エリアAー1へと降り立った紫苑と花梨を出迎えたのは亜人種の『人獣種ワービースト』だった。

 人の様な二足歩行。しかし姿形は人間のそれではなく、狼のもの。手足には鋭い爪があり、全身が茶色い毛に覆われている。

 しかし通常の個体と違い、耳が尖っているところを見ると『森人種エルフ』との混合種だろう。


「レアサンプルだな」


 呟く紫音を、鋭い爪の周りに風が集まり、さらに切れ味を増した一撃が襲う。

 それを左手で組むように受け止め、握り潰す。

 強引なカウンターを受けたワービーストの右手がバキボキと嫌な音を立ててひしゃげる。

 苦悶の声を上げようとするワービーストの口を手で覆い、そのまま地面に頭から叩きつけた。

 コンクリートの地面がひび割れるほどの力は、殺しはせずとも頑強であるはずのワービーストの意識を容易く奪い去った。

 勢い余って牙が少し折れてしまったが関係無い。魔力を抽出出来れば問題は無い。


「花梨。魔獄牢」


「うん、お兄ちゃん」


 花梨がごそごそとポーチの中を漁って取り出したのは、透明で小さな四角柱。中が空洞になっており、底にボタンが付いている。

 それをワービーストに押し当て、ボタンを押すとどのような仕組みによってか、その体が四角柱に吸い込まれていく。

 やがてその全てを四角柱に収めると、再びそれをポーチの中に入れてあたりを見回した。


「これ便利だよね。どんなに大きいものでも吸い込めるし」


「動かない相手限定だけどな。吸い込むのに三十秒もかかるし」


 魔道具の一つ、『魔獄牢』。あらゆる物質を魔力に変換し、その中に閉じ込める道具だ。

 それは物以外にも人や、先程のように魔物も変換することが出来る。

 欠点として吸収に三十秒程かかるが、動かない相手や気絶させた相手なら問題無い。

 基本的にサンプル回収はこの道具を使って行う。手持ちの『魔獄牢』は秋のものも合わせて十八本だ。花梨と秋で半分ずつ持っているので、こちらの残りは後八本。

 出来るだけ強い個体から魔力を抽出したいところだが、果たしてこの軍隊にこのようなレアサンプルがどれだけいるのだろうか。


 等と紫苑が考えていると、戦闘音を聞きつけた亜人が集まってくる。

 森人種エルフ蛇人種エキドナ人馬種ケンタウロス、そして鳥人種ハーピィ

 なるほど、確かに混成群だ。

 通常、こんな風に別種が群れを成すことは有り得ない。ということは、それに準ずる理由・・があるはずなのだ。

 今回の任務の要点はその理由を解明し、そして潰すことになるだろう。

 とにかくまずは。


「こいつらを殲滅する。花梨、行けるか?」


「もちろん! こんな雑魚共になんかやられない!」


 妹の頼もしい返事。小さいながらも『2nd』だ。この程度の雑魚にやられるような訓練はしていない。

 紫苑は離れ過ぎないように心掛けながら、魔物の群れへと飛び込んで行った。






 悲鳴。断末魔。

 血飛沫が上がる。肉を裂く音が聞こえる。

 正に地獄。圧倒的な力の差が、戦闘を虐殺に変えていた。

 一人は紫苑。『竜種ドラゴン』の肉を喰らい、力をその身に宿した『1st』である。

 無造作に薙ぎ払った腕がそのまま魔物の胴体を抉り、突き出す拳は顔を穿つ。

 吐き出された息は煉獄となり、骨も遺さず消し飛ばす。

 反撃を許さず、逃亡を許さず、ただ無感情に作業・・を淡々とこなしていく姿は正に死神のようだった。


 もう一人は花梨。『森人種エルフ』の魔力に適応し『2nd』となった兵士である。

 紫苑のような肉体的強さはそれほどではない。代わりに、魔法という神秘的かつおどろおどろしい力を行使する事が出来る。

 風は刃となって魔物を両断し、いかづちは裁きとなってその身を焦がす。



術式設定エクチャント暴風魔法ヴェント来たれ魔の風よヴェーヌ・ヴィクシオーウス・ヴェント切り刻め(ディストランチ)吹き荒ぶ暴風(ストールモ・バライス)


 詠唱を終えると、嵐が巻き起こった。

 それは魔物を呑み込み、切り刻み、肉片へと変えていく狂嵐の刃。

 やがて赤く染まった嵐が収束していくと、ばしゃりと液体の塊が降り注いだ。

 紫苑も花梨もその身を赤く濡らしており、あたりに散らばるは大量のむくろ

 たった二人が三百を超える大群を無傷で蹴散らし、しかもまだ余裕があるというのだから、どちらが化け物なのかわからなくなる。

 ものの数十分で死体の山を作った二人は、念入りに魔物を集めて焼き尽くした。放っておくとゾンビとして復活することがあるからだ。

 魔物は死体となり、そして灰を飛び越えてこの世から完全に消滅した。

 しかしまだ終わっていない。これでようやく全体の五分の一が終わったといったところだろう。

 無論、秋の方で片付いている数も合わせてだ。

 ここの魔物を統率している頭を潰さねば、またこのような事態になるだろう。

 それだけの知能を有しているだろうし、また、それが出来る力もあるはず。つまり魔力にも大きな期待がかかる。

 何がボスかはともかく、魔力を抽出出来れば大きな成果だ。


 まずは魔物をバーサーカーよろしく屠っている秋と再び合流。そしてどこかにいる頭を叩き潰す。

 そこまで考えて、紫苑は花梨を背中に乗せて飛翔した。

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