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どちらでもないもの  作者: 林公一
『DOW』
6/11

歳月を経て

 ――あれから二年。


 魔物の侵攻は留まることを知らず、それどころか更に資源や土地、食料を求めて徘徊を続けた。

 圧倒的な力の差。理不尽な暴力の前に、人類はただ怯えることしか出来なかった――今までは。


「はいは〜い、お楽しみのところ悪いんですけど~」


 何かを取り囲むように立つ緑の巨豚(オーク)に向かって大きく跳躍し、血の様に紅い刀身を持つ刀を振りかざして、


「――死んじゃってくださ〜い♪」


 刀身が液体化し、更に鋭く、長く変化させ、再び凝血したそれを一息に薙いだ。

 それは何の抵抗も無くするりと首元をすり抜け、赤い軌跡を残した斬撃が三匹の首をまとめて狩り落とす。

 頭を無くした緑の残骸から鮮血が迸り、辺りを真っ赤に染め上げた。


「あぁ……いいですねぇ、この感触。切れ味良すぎてあんまり感触はないですけど」


 その返り血を浴びてうっとりとした表情になる、この状況を生み出した主は、囲まれていた十にも満たないであろう少年に声を掛ける。


「大丈夫ですか〜? もう大丈夫ですよ〜」


 しかし大量の血を浴びた者が近づけば、幼い子供の反応もそれ相応のものになるわけで。

 やはりというか、少年はその場で気を失った。


「あれ? お~い、もう大丈夫ですよ〜? 助けに来ましたよ〜」


 倒れた少年の肩を抱いて揺さぶるが反応は無い。首を傾げる少女に、人間とそれ以外のものが混ざっているような少年が近づいて溜息をついた。


「こんな惨劇を目の前で繰り広げてるのに、子供に気絶するなって方が無理だろ、御代」


「そうですかぁ? あなたも似たような歳で同じような虐殺してた癖にぃ?」


「オレのことは知ってるだろ。オレは他とは違うんだ」


「大して変わんないと思いますけどねぇ。とりあえずこの子預かっといてくださ〜い」


 ぽいっと物でも放るように子供を投げ渡す、少女――御代秋。

 それを受け取り、再び溜息をつく黒い少年。


「……ったく……血塗れになってんじゃねえかよ……」


「私は気にしませんよぉ? あ、もしかして気遣ってくれてますかぁ?」


「お前じゃねえこの子がだ。誰がお前みたいなのの心配するか」


「あ、酷ぉい」


 口ではそう言っているものの、笑顔は崩さずヘラヘラと笑っている秋。その様子にまた溜息をつく黒い少年――星空せらおんは、後ろを振り返りながら言葉を紡ぐ。


「いいからさっさと血を吸え、見苦しい」


「はいはいわかってますよっと。――『血桜』」


 秋が呼びかけると同時、刀が凝血化を解き、刀身の全てが液体化する。

 それはまるで生きているかのように蠢き、自らが生み出した赤い水溜まりに進んで行き、そして一気に吸い上げ始めた。

 血溜まりが凄まじい勢いで吸い込まれていく。血が血を飲むというおどろおどろしい光景が出来上がり、ある程度飲み干したかと思うと、倒れたオークの体の中にも侵入して、一滴残さず吸い尽くそうとする。

 みるみるうちにオークが干からびていき、骨と皮だけの姿に変貌させた怪血が、今度は秋の身体に向かっていく。

 血が秋の身体を包み込み、まるで赤いスライムに取り込まれたかのような状態になる。


「んっ……ふぁ……くすぐっ……たい……♪」


 艶かしい声を上げる秋。

 秋のスタイルも相まって、見た目に毒な光景が広がる。事ここに至って、この子が気絶していて良かったと紫苑は思う。

 一通り洗浄・・が終わり、衣服に付着した血すらも吸い取った『血桜』は、今度は子供に向かおうとするが、秋はそれを留めた。


「ダメですよー。私達ならともかく、普通の人間にあなたが取り付いたら死んじゃいますし」


 言葉を解するのか、今まで自由に蠢いていた血は、秋の右手にある柄の先に集まり、最初と同じ紅い刃に戻った。

 それを鞘に収めて、秋はパンッと手を打つ。


「さ、これで終わりですよね。帰りましょっか」


「ああ」


 人民救助の目的も果たし、そのついでに秋の武器の強化も兼ねて魔物を殲滅。一石三鳥の仕事を終えた秋は、翼を広げた紫苑に乗って本部へ帰って行くのだった。






 『DEFENCE OF WORLD』。通称『DOW(ドゥオ)』。

 対魔族戦闘兵育成機関に新たに発足された、魔族戦闘のエキスパートが収容される部署である。

 機関の部署は『魔具開発部』、『魔族解析部』、『人民救助部』等、多岐に渡っている。

 その中でも『魔族戦闘部』と呼ばれる、魔物を殲滅することに特化した集団を、このように呼称した。


 従来での機関では、本当の意味では魔物と対峙してはいなかった。魔物と出会っても、有効な対処法がなかったため、『戦闘兵の育成』はほぼ形骸化していたのだ。

 魔物と出会っても、何とか逃げ切れる程度の修練しか行えなかったため、戦闘する等自殺行為に等しい状況だったのが、この二年で大きく変わった。

 たった一人の加入によって、人類は魔物を倒す力を手に入れたのだ。

 その者から抽出した細胞を培養し、それらを薬として投与し『魔力の受け皿』を体内に作りだすことで、本来人間が受け付けないはずの魔力を取り込むことに成功したのだ。

 それにより魔物と同じ、またはそれ以上の力を持つことが出来るようになった。

 受け皿を作るまでには、最低レベルでも三ヶ月はかかるため、即戦力とは成り得ないがそれでも充分すぎる程の進歩だ。

 そして、紫苑と秋は最初の適合者故にこう呼ばれていた。


 『1st:オリジン』と『2nd:オリジン』、と。


 本部へと帰還し子供を避難区画に預けて――血塗れの理由を説明するのに少々手間取ったが――本部長室へと歩みを進める。

 扉を二度ノックして、声がするのを確認してから中に入り、敬礼する。


星空せらおんしろあき、ただ今戻りました」


「うむ、御苦労。今日はもう休んでくれ。明日もまた仕事だ」


「了解です」


「部長ぉ〜、紫苑さんが酷いんですよぉ〜。私のこと重くなったってぇ〜」


 さめざめと泣きながら部長――朝霧あさぎりよすがに縋る秋だが、誰がどう見ても嘘泣きだ。

 縁は顔を顰めさせて適当な返答を返した後、追い払うように手を振る。

 渋々離れた秋と共に一礼してから外へ出ると、いきなり秋が後ろから抱きついてきた。


「紫苑さぁ〜ん。私重くないですよぉ〜」


「うるせえ離れろ近づくな」


 天然なのかわざとなのか、秋は歳の割に大きな胸を押し当てる。ふにゃりとした柔らかな感触が、背中越しに伝わってくるのを感じながら――紫苑は特に反応せず、代わりに迷惑そうな視線をぶつけつつ言葉を重ねる。


「でも明らかに前よりも重くなってたぞ。見た目は変わってないように見えるが……」


「う〜ん……あ、多分胸が大きくなったからですね。おかげで最近肩凝りが――」


「お兄ちゃんから離れなさい、秋っ!」


 更に体重をかけるようにして、殊更に胸を強調する秋。流石にそろそろ遊びが過ぎると判断した紫苑が、秋を振り払おうとすると、通路の右側から怒鳴り声がした。

 声のした方に顔を向けると、そこには黒の軍服に同じ趣向のスカートを身につけ、目鼻立ちの整った可憐と評するに相応しい少女がいた。

 艶やかな長めの黒髪には、黄色い花のヘアピンが添えられており、控えめに自己主張している。

 しかしその表情は憤怒ふんぬに染まっており、肩を揺らしてずんずんと秋に詰め寄った。


「おや、花梨ちゃんですか。どうしたんです、そんなに怖い顔をして」


「いいから離れてって言ってるのよこの女狐!」


 花梨が秋の肩を掴み、思いっきり引き剥がそうとする。しかし秋は紫苑の首に回した腕に更に力を込め、離れることを拒む。


「え〜、嫌ですよぉ〜。私、紫苑さんのこと好きですしぃ〜?」


「なっ……!?」


 秋の言葉で更に顔を赤くする花梨。わなわなと肩を震わせながら、ぶつぶつと何かを呟き始めた。


「……術式設定エクチャント暴風魔法ヴェント来たれ(ヴェーヌ・)魔の風よヴィクシオーウス・ヴェント切り刻め(ディストランチ)――」


 花梨の周りに風の渦が巻く。

 断片的に聞こえるそれが魔法詠唱だと気付いた紫苑は、即座に秋を引き剥がしにかかるが、ヘラヘラ笑う秋はそれを許さず、紫苑を盾にするように後ろに隠れる。


「いいんですかぁ? 愛しのお兄ちゃんが巻き込まれちゃいますよぉ〜?」


 秋の言葉で、熱くなった思考が急激に冷えていく。それに伴い、渦巻いていた風もだんだんと収まり、やがて消え去った。

 依然として兄に抱き着いたままの秋への怒りは収まらないが、衝動的な行動は自重できる程度に回復した思考で、静かに、しかし鋭く言葉を突き刺す。


「何度も言ってるよね、お兄ちゃんに抱き着くなって。日本語通じないの? ――ああ、栄養が全部その胸の脂肪に行っちゃってるのね。可哀想に」


「そうなんですよぉ。そのおかげで肩凝りが酷くてですねぇ。花梨ちゃんみたいな絶壁に生まれたかったですよぉ」


「殺す」


 何とか収めた怒りの炎に大量のガソリンを流し込まれ、膨れ上がった純粋な殺意が紫苑諸共秋の全身を突き刺す。

 それを平然と受け流しながら、秋は紫苑の頬に口付けをし、妖艶な笑みを浮かべてようやく離れた。


「――コ! ロ! ス!」


 最後に特大の爆弾を投下されて、一層膨れ上がった殺意が形を成すように、先程のものとは比べ物にならない風の奔流が巻き起こる。

 溢れ出す魔力が風の刃となり、辺りを無差別に切り裂く。

 魔法でない感情の爆発でこれなのだから、攻撃を目的とした魔法を使えばどれほどの破壊をもたらすのか。この場にいる全員がそれを理解しているが、怒りのボルテージが頂点に達している花梨にはそんな計算は存在しない。

 風の刃を紫苑の後ろでやり過ごしながら、秋は舌を出して笑う。


「やりすぎちゃいました〜」


「死ね」


 にべもなく吐き捨てた紫苑が、暴風を無視して(・・・・・・・)前進する。ちゃっかり後ろをついて歩く秋を、よっぽど蹴り飛ばしてやろうと思ったが、今紫苑から離すと花梨に確実にミンチにされるため、ぐっと堪える。

 ギリギリの理性か、それとも花梨の中に存在する兄への想いのおかげか、魔法を暴発させることはなく、顔を俯けて破壊の風を生み出し続ける花梨の頭にポンと手を置く。

 その瞬間、風は通路にいくつかの切り傷を残して、まるで幻だったかのように消え去った。

 花梨の頭を胸に抱きとめて、言葉をかける紫苑。


「御代の言うことは気にすんな。ただの悪ふざけだから」


「結構本気だったんですけどぉ」


「黙ってろアバズレ。――だから落ち着け。な?」


 人というにはあまりにも禍々しいその腕で、花梨の頭を撫でる紫苑。

 戦闘中もかくやという殺気も完全に消え去り、落ち着きを取り戻したのか、そろそろと紫苑の背に手を回して、上目遣いに兄の顔を見る。


「…………あの女について行かない?」


「行かねえよ。興味無え」


「…………そっか♪」


 返事に満足したのか、ごろごろと紫苑の胸に甘える花梨。それを見た秋がまた紫苑に抱きつこうとするが、目の前に風が収束して弾けた。

 不意打ちのように現れたそれを、秋は後ろに跳んで躱す。続けて襲いかかる風のドリルをステップで避け、最後に通路を埋め尽くす暴風を――


「――『血桜』」


 ――居合の要領で両断した。

 暴風は形を崩して、秋を避けるように両側の空間を抉りながら突き進み、突き当たりに破壊痕を残して消え去った。

 小さな舌打ちが秋の耳に入る。それでも笑顔のまま、紫苑達の元へ性懲りも無く歩みを進める。

 やれやれと紫苑は心の中で溜息をつきながらも、よすがに言われた通りに、休息を取るために自室へ戻ることにした。


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