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どちらでもないもの  作者: 林公一
プロローグ
5/11

決断と結果

 地下通路は何の飾り気も無いコンクリートで造られており、中を照らすのは仄かな蛍光灯ぐらいのもの。カツ、カツと靴を鳴らす音が小さく響き、それが静けさを尚更強調させた。

 会話の一つも無く、ただよすがに着いて長い通路を歩いて行くだけ。そんな状況を打ち破ったのは花梨だった。


「今、世界中の皆が困ってるっていうのに、あなた達はこんなものを造る暇とお金があったんですね」


 刺のある、責め立てる様な花梨の言葉。


「どうしてこんなことになるのが予測出来ていながら、市民の安全や救助を優先しなかったんですか。それが出来なくとも、こういうことが起こると報道は出来たはずですけど」


 続けて放たれる、十二歳とは思えない程冷静な言葉に、縁はちくりと胸を痛めながらも、それを気取られないように肩越しに返答を返す。


「下手に報道して暴動が起こるのは避けたかったのだよ。それに聞いているかも知れないが、今回の事件が起きたのは予測よりもかなり早かった。亡くなった者達には申し訳ないが、生き残っている者達は今総出で救助に当たっている。それで罪を清算出来るとは言わないが、何もしていないわけでもない。出来ることはやっているさ」


 つらつらと並べられるその言葉は、花梨には詭弁にしか聞こえなかった。

 確かに紫苑と花梨は助かっているし、ここに来たのもあの場にいるよりはずっといい。

 しかしそれは紫苑が縁ら機関に必要な存在であったからであり、『それ』を探すまでに何人もの人が魔物の犠牲になっているはずなのだ。

 つまり、『優先順位』を付けていたのだ。

 本当に人民救助を優先するのなら、あの場に紫苑を置いておくべきだった。

 魔法などという花梨には理解し得ない摩訶不思議な力によって、紫苑が結界を施してはいるものの、生存率でいえば、そんな結界に頼るよりも紫苑が直接警護に当たって、救助が来るのを待つ方が断然良かったはずで。

 しかし御代秋はそれらを放置し、紫苑と花梨のみを連れてきた。後で助けるとは言っていたものの、それがいつになるかはわからない。

 そして花梨は言ってみれば紫苑(希望)のおまけでしかない。正直なところ、他人がどうなろうと知ったことではないが、兄がそうなっていたかもしれない可能性を考えると、この組織に信頼を置くことは難しい。

 故に、花梨はこの組織に対して良い感情は抱けない。


「それに、道楽でこれを造った訳ではない。助けるにしてもまずは受け皿が要る。間に合わなかった者達には遺憾の意を表するが、これが無くては始まらない」


 睨みつける視線を受けながら、よすがは前に向き直った。気がつけば結構な距離を歩いていたようで、先に光が見えた。

 通路を抜け、その先にあったものは、明らかに一般人と見られる人々。

 老若男女問わず、ちらほらと外国人が混ざっているのも確認出来るが、それ以上に驚くべきはその広さだ。

 どこにこんなスペースがあったのかと言いたくなる程の、膨大と言って形容しきれないその場所は、誰がどう見ても避難区画だった。


「今のところ助けられたのはこれだけだが、まだまだ救助を必要としているものは多数いる。既存の区画だけでは物理的に許容出来ない人数だから、こういう区画を造る必要があったのだ。すまないがこれが現実だ。受け入れてくれたまえ」


「……これは一体……」


 あまりの大きさに圧倒される二人に、縁は事もなげに告げる。


「ああ、異界の技術の応用だよ。空間転移装置を開発し、地下深くの土をまるごと転移(・・・・・・)させた。さすがにそれだけじゃ強度が不安だから補強もしたがね」


 負荷を掛けすぎたせいでもう壊れてしまったが、と続ける縁に対して、紫苑と花梨はただただ呆然とするのみ。ただ一言、『魔法って凄い……』とだけ呟いた花梨は、縁のニヤリとした笑みに気づいて、すぐさま顔を引き締めた。


「さて、これも目的ではあるが半分だ。もう半分はもう少しだけ先にある施設にある」


 言いながら縁は先に進む。二人は慌ててその後ろを歩いた。

 本部長であるその姿を見つけた救助民は、頭を下げたり挨拶をしたりと、感謝の気持ちを縁に伝える。

 その一人一人に笑顔で応対する縁は、決して人民を見捨てていた訳ではないことを、花梨はその姿を見て感じ取った。

 信用するかどうかは別として、少なくとも悪人ではないということがわかっただけでも、花梨にとっては収穫であろう。花梨は鋭い視線を送るのを止め、ある程度心の防壁を解いた。


 対して紫苑は、これを見ても驚きこそすれ、他の感情は抱かなかった。

 人がいるのなら人類の反撃の――ヤツらを滅ぼすための戦力となり得る。しかし、いないのであればそれまでだ。

 紫苑の目的は妹を守ることであり、そのために差し当たっての障害である魔物を皆殺しにすることを誓っている。

 助けるのに越したことは無いが、別に助けなくてはいけない対象ではないため、人に対してこれと言った感情は抱かない。それが例え生死に関わることであっても。

 とりあえずとして最も魔物を皆殺しに出来る可能性が高い縁に着いて行くことにするが、もしも花梨に危害が及ぶようであれば――


「ん? 私の顔に何か付いているかね?」


「いえ、別に」


 ――コイツらも皆殺しだ。






 避難区画を抜けた先。上の本部にあったような普通の扉とは違い、厳重なシステムロックが掛かっている機械的な扉がそこにあった。

 ここにも異界の技術が使われているようで、扉そのものの強度も然ることながら、何より魔力に依るものと思われる防壁が展開されている。

 おそらく紫苑が全力で攻撃したとしても、壊すことは容易ではない。

 そしてその扉は網膜、指紋認証、顔と三重の認証を通して、ようやく開く。

 異常なまでの堅牢さで護られていたその場所で、真っ先に目に飛び込んで来たのは、巨大なディスプレイだった。

 映し出されているのは世界地図のようだ。ところどころに赤い点が表示されており、その大きさはまちまち。その

 数を増減させながら大きさを変化させていく点は、おそらくは魔物のものであろうと紫苑は考えた。

 目線を移動させると、白衣を身にまとった研究員らしき人々が慌しく動き回り、キーボードを乱打してデータを打ち込んだり、画面を操作したりしている。


「……何ですか、ここ?」


「割と見た通りさ。ここは研究区画。魔物の出現地や人の位置等を確認したり、魔法装置を造ったりするところだ」


 淡々と説明しながら、縁は近くにいた研究員を捕まえた。


「この子がくだんの少年だ。やってもらえるかな」


『おお! この子が! ……しかし、こんな小さな子が……運命とは残酷ですね……』


 ぶつぶつと呟く研究員を前に、紫苑は警戒態勢を取る。縁の言葉に不穏なものを感じ取ったからだ。

 花梨を下がらせ、縁と距離を取る。


「……何をする気ですか」


「いや何、少し身体を調べさせてもらいたいだけさ。危ない事はしない。秋に聞かされていなかったのかい?」


 言われてみて思い出す。秋は『実験はしない』と言っていた。しかしそんな口約束をそうやすやすと信用出来るはずもない。こんな施設を見せられたら尚更だ。

 花梨が不安げに紫苑の服の裾をぎゅっと掴み、射殺すような視線を縁達に向ける。


「その調べるってのが、オレの身体を分解バラすって意味じゃないですよね」


「勿論。君に危害を加えるつもりは一切無い。ただ、君がどうしてそうなった(・・・・・)のかが判れば、我々も魔物を倒せるかもしれないからね。検査するのは君の承諾次第だが」


 両手を広げて敵意が無いという姿勢を取るよすが。隣にいる研究員は、紫苑と縁を交互に見て狼狽えているが、やがて縁と同じポーズを取り始めた。

 紫苑としては、まだ少し疑いがある。検査と称して一生拘束されるかもしれない。しかしここから逃げたところで事態が好転するわけでもない。


 乗るか反るか。紫苑は決断を委ねる。


「花梨。どう思う」


 突然話を振られた花梨が目を見張る。裾を掴んだ手の力が強まり、僅かに震えだした。


「どう……って……お兄ちゃんはいいの? お兄ちゃんのことだよ?」


「オレのことだから花梨に決めてほしい。花梨になら任せられる」


 無条件の信頼。紫苑が花梨に抱いており、また花梨も紫苑に抱いているそれに、紫苑は懸けた。

 最も大切なものがする選択なら、紫苑も迷うことなく従える。

 ある意味責任転嫁とも言えるそれは、この兄妹にとっては絶対の信頼を意味するものなのだから。


 花梨は考える。どうするのが正解で、どうすれば正解に辿り着けるのか。

 考えて考えて考えて――迷い続けて、兄の顔を見る。

 結論は、出た。


「――わかり、ました。検査、してみてください」


 答えは許諾。目に滲む液体を振り払って、花梨はそれを言葉にした。


「いいのかい? 我々を信用出来るのかい?」


「あなた達を信用した訳じゃありません。お兄ちゃんを信じたんです」


 紫苑の目を見た時、なんとなくわかってしまった。受けてみてもいいと思っているのが、伝わってきたのだ。

 紫苑が花梨に選択を委ねたのと同じように、花梨もまた紫苑に決断を任せた。

 結果的に紫苑の後押しをしただけになったが、それでいい。花梨には兄が全てなのだから、役に立てたのならそれ以上のことは無い。


「……なるほど。ならばその信頼、裏切らないようにしなければな。篠崎君」


『はい! ではこちらへ……』


 研究員に促され、紫苑はそちらへ歩いて行く。

 裾から手が離れ、遠くなっていく紫苑の後ろ姿を見つめながら、花梨は手を組んで無事を祈った。






 結論から言って、紫苑は無事だった。

 かなり細かなところまで根掘り葉掘り聞かれたため、時間こそかかったものの、本当にただの身体検査のようなもので終わったのだ。

 本気で紫苑が死ぬかもしれないと頭を過ぎった花梨が、兄の姿を見るなり目に涙を浮かべて抱き着いて来たのは言うまでもない。

 頭を撫でて慰めている紫苑の横で、縁は篠崎から結果を聞き出す。


「どうだったんだ?」


『はい。検査の結果、紫苑君の体内から謎の物質が検出されました。許可を取って、血液と細胞を採取させてもらいましたので、もう少し詳しく調べてみる予定です』


「ふむ。ということは今の段階ではわからずじまいと……」


『いえ、そうでも無いんです。詳しい構造はわかりませんが、どうやらあれは人工的に作られた物質のようで、解析さえ出来れば我々も同じように力を得ることが可能になるのではと』


 その報告に縁は顎を撫でるのを止めた。


「……人工的? 根拠は?」


『今現在発見されている魔力酵素の一つとほぼ同じものがあったのですが、それを構成しているものの半分が地球上に存在する物質でした。明らかに人工配合されている形跡も見つかりましたし、おそらく薬のようなものではないかと』


 ふむ、と縁は考える。

 仮に薬という予測が当たっていれば、確かに紫苑以外の人間でも戦えるようになるかもしれない。

 期待以上の成果を出せそうな未来が見える。近いうちに魔物と対峙、戦闘、そして討伐が出来るようになるとすれば、この状況を一気に覆すことも可能になる。

 ならば下地を整えなければならない。


「……近いうち、新たな機関を発足することにしよう」


『はい? それは……』


「今度はこちらの番だ。やられっぱなしではいられないのだから」


 新たな思想を胸に、よすがは不敵に笑った。これから先が見えているかのように。

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