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どちらでもないもの  作者: 林公一
プロローグ
4/11

『希望』の在処

 異形を燃え散らし、跡に残ったのはあまりの熱量で溶解したコンクリートのみ。そこにいた緑の怪豚を塵一つ残さずに、この世から消し去ったのを確認してから、己が巻き起こした破壊に若干(おのの)く。

 微かに残る人間の部分が現実を否定しているのを感じる。

 しかしこれもいずれは消える感情だ。オレの目的には必要ない。

 紫苑はそう断じて花梨を背に乗せ、この場から立ち去ろうとすると、またも先ほどの女性に手を引かれた。

 二度も飛び立つ邪魔をされ、流石に苛立ちを覚えた紫苑は、それを隠そうともせずに自らを止める女性に言い放つ。


「なんだ、まだ何かあるのか?」


「いやいや、ありますよぉ。私の任務はあなたを連れていくことですから」


 連れていく、という言葉に紫苑の眉根がピクリと動く。


「……連れていく……? どういうことだ?」


「ああ、そんなに警戒しないでください。何も取って食おうとか、人体実験とかそんなのじゃないですから。私は人類の希望を探しに来たんです。それが『あなた』だって話ですよぉ」


 にへらと笑みを浮かべる目の前の女性が、よくわからない説明をする。人類の希望という単語が嫌に耳に残った。そしてその希望が『星空せら紫苑しおん』だと言うこの女性は何なのか。


「ああ、申し遅れましたぁ。『対魔族戦闘兵育成機関』所属、しろあきと申します。これからよろしくお願いしますねぇ」


 ぴっ、と軽く敬礼をしながら、目の前の女性はそう言った。






 このふにゃふにゃした女性――御代秋の話を要約するとこうなる。

 一、この世界に現れた化物共は別の世界から現れた『魔物』だということ。

 二、以前から観測はしていたが、ここ最近で異常な程融合率が跳ね上がり、予測していた時期よりも早く、この世界に魔物が侵攻して来たということ。

 三、それに対抗するための『可能性』をずっと探していたということ。そしてそれが『星空紫苑』なのだということ――


「――ってことでいいのか?」


「はぁい、そうですよぉ~。という訳で、紫苑君には私達と一緒に来てもらいま~す」


「断る――と言ったら?」


「皆仲良く滅亡です♪」


 冗談のように、軽い調子で言う秋だが、その目は全く笑っていない。

 何故なら、説明した全てが冗談ではなく事実であり、滅亡を回避する唯一の手段が、星空紫苑を連れ帰ることなのだから。

 そしてそれは、紫苑もなんとなく感じ取っている。秋が嘘を言っていないことと、自分が行かなければ確実に人類は消滅するのだと。

 ならば答えは決まっている。もとより、アイツらを滅ぼせるのなら、手段を問わないつもりなのだから。


「――わかった。連れて行け」


 ただし、と前置きをして。


「向こうにオレが助けた人がいる。そいつらも助けてやれないか?」


 紫苑が指差した方向を見て、ふふんと笑った秋は、


「もちろんですよぉ。貴重な人材をみすみす死なせる訳無いじゃないですかぁ。生きてさえいれば全ての人間を助けるのが『私達』の役目ですしぃ。さあ、では行きましょ~。方角は私が指示しますのでぇ、その方向に飛んでくださぁい」


 言うが早いか、ぴょんと紫苑の背中に飛び乗った秋に、花梨は明らかな敵意の視線を向ける。しかし秋はそれを微塵も気にせずに受け流した。

 それに気付いた紫苑は、振り向かずに背中の秋を尾で持ち上げる。紫苑の小さな身体では、二人を背に乗せて運ぶことは流石に出来ないからだ。

 故に、後乗り乗車の秋は尻尾で固定することにした。ビジュアル的にぞんざいな扱いになることは受け入れてもらうしかない。紫苑にとっては花梨が第一なのだから。


「お? おお~。なんか捕まった気分ですねぇ~」


 その本人()は楽しんでいるようだから問題は無いが。


「じゃあ行きましょうか。南南西に飛んでくださぁい」


 秋が指示する方向へと、紫苑は飛翔した。






 もはや何処が何処なのかもわからない。東京の新宿と呼ばれていたそこも、もうその面影は無い。

 名というものがあるだけ馬鹿らしい、瓦礫の山と化しているそこに、秋の所属している組織はある。

 地上に降り立ち、秋が手を広げた。


「さあ、着きましたよぉ。ここが私達の組織。人類の最前線です」


「…………」


 そう嘯く秋に、紫苑は不信感を抱いた。

 そこには何も無い。あるのは瓦礫の山だけ。組織どころか人の気配すらない。

 同じように疑問を抱いた花梨が、紫苑の背から降りて口を開く。


「着いたって……何も無いじゃない。まさか嘘吐いたんじゃ……」


「いえいえ~。ちゃんと着いてますよぉ? 見えないだけです(・・・・・・・・)


 そう言って、秋はズボンのポケットから携帯端末を取り出して操作し、呼びかけた。


「あー、あー、聞こえますか〜? こちら御代秋で〜す。くだんの人連れて来ましたので、ステルスフィルターの解除をお願いしま〜す」


 緊張感の欠片もない僅かなやり取りの後、景気の一部が歪んだ。

 ぐにゃりと歪曲する空間の奥から、鉄鋼作りの頑強そうな建物が姿を現す。

 かつての光学迷彩すらも凌駕する程の、完璧なステルス性能を搭載したこれには、紫苑と花梨も流石に驚愕する。

 『対魔族戦闘兵育成機関』。いずれ来るであろう魔物の侵攻を食い止めるため、政府に創設された組織である。

 異様な科学技術を目の当たりにし呆然とする二人に、秋は機関をバックに手を差し出した。


「ようこそ、最低の職場へ」






 建物内に入ると、秋と同じ服を着た人達が忙しなく動いていた。いままで特に意識しなかったが、どうやらこれは軍服らしい。

 着飾ることに興味の薄い紫苑は、ここに至るまで秋の服装に対してそれほど違和感を抱いていなかったが、流石に同じ服を一度に見ると意識はするようだ。

 黒を基調とした布地に、袖に金の刺繍が入っている。無駄を極限まで削ぎ落とし、動きやすさ優先の軍服に見える唯一の遊び心は、右胸辺りに、鳥が舞い降りるところに手を伸ばす人間の紋章があるぐらいだ。

 花梨が秋に聞いてみたところどうやら意味があるらしく、鳥は『守護』、人は『自由』の象徴らしい。

 紫苑の姿が珍しいのか、奇異の目を向けられることに若干の居心地の悪さを感じながらも、涼しい顔をして進んでいく秋に着いて行くしかない紫苑は、暇潰し程度に秋に話を聞くことにした。


「なあ。そもそもなんでオレが『希望』なんだ?」


「簡単ですよぉ。魔物に対する有効な攻撃手段があなたにしか無いからです」


 秋の話を聞く限りでは、魔物には一切の攻撃がほぼ通用しなかったらしい。銃弾程度では怯まず襲いかかってくるし、それ以前に生物としての次元が違う。肉弾戦では勝ち目ゼロ。兵器であっても耐える者もいた。そんな相手にどう対処すれば良いのか。

 その答えが向こうの力を盗むことだった。

 政府は反撃することを早々に諦め、兵器は牽制程度に留めて向こう(・・・)の物資を集め始めた。

 理論そのものは完成していたため、物さえ集まれば形にするのはそう難しくない。時折開く異界のゲートからこぼれ落ちる向こうの素材を使って、なんとかいくつか魔物に対して有効な道具を開発することに成功したのだ。

 その一つが先ほどのステルスフィルターであるが、残念ながら攻撃手段は用意することが出来なかった。


「……なるほどな。その攻撃手段ってのがオレってわけだ」


「察しが良くて助かります♪」


 魔物に対する有効な攻撃手段が確立されるまでには、まだまだ時間が必要だったため、この異常事態に対処することが出来なかった。

 必要だったのは『鍵』となる存在を見つける時間。あまりにも膨大な人類の中からたった一人。それを見つけることが出来なければ人類は滅亡の一途を辿らなければならなかった。

 だが『鍵』は見つかった。希望が。未来が。光が。ようやく見つかったのだ。

 最悪の事態から拾い上げた可能性。不幸中の幸い。真っ暗な闇に差し込んだ一筋の光。

 見つけることが困難だったはずの『それ』は、何の因果か魔族侵攻のおかげで見つけることが出来たのだ。

 異常な魔力密度の上昇が、それの出現を示唆した。


「で、私達はそれを辿ってあなたを見つけたというわけです。お解りいただけたでしょうかぁ?」


「それは解ったが、どうしてオレ(・・)なんだ? この力だって、その辺にいた化物喰って得た力だぞ。もう少し探せば他にも同じようなやつがいたんじゃないのか? それこそ飢饉層にある国の人間の方が……」


「いましたよぉ。魔物を喰らって内側から弾けちゃう人や、魔物と化した人もなんかも。こちらで観測出来た人達はみんなどっちかの末路を辿ってます」


 あっけらかんと言うその内容は、酷く壮絶なものだった。つまり、魔物を喰らおうが喰らうまいが、どちらにせよ死ぬという事なのだ。これが可能性の話なのか、それとも何らかの耐性によるものなのかは、紫苑には解らない。

 ただ、自分は運が良かっただけなのだと紫苑は理解した。


「向こうの食べ物には多少なりとも魔力成分が含まれてます。魔物と一緒に来た果物とかならともかく、魔物はその体に大量の魔力を保有してるんですよぉ。そして人間には魔力が存在しない。人間に元々存在しない異物を、大量に取り込んだらどうなるのか? 結果はお察しです」


 顔だけを振り返らせて、手をパッと開いたその仕草が、その状況を物語った。

 そしていよいよ話が佳境に差し掛かったのか、やけに芝居がかった口調で秋は続ける。


「さて、そんな悲惨な最期を遂げる皆さんでしたが、唯一それ(・・)を食べても死なないどころか、適応しちゃったちゃっかりさんがいましたぁ。はてさて、一体それは誰なんでしょうねぇ?」


 にやにやしながら顔を向ける秋に、紫苑は肩を竦めるだけで答えを返さない。


「そのどこかの誰かさんはどうして適応出来たのか? それが判れば人類の反撃の糸口になるかも知れない。と、いうわけで着きましたよぉ」


 物々しい扉の前で足を止めた秋は、コンコンと二回ノックして答えも聞かずに扉を開けた。


「御代秋、ただ今戻りました〜。後ろの少年がそうで〜す」


 秋に着いて中に入ると、そこは膨大な量の本が所狭しと積み重ねられ、今にも崩れそうな紙の塔が建てられていた。

 本棚はまともに機能しておらず、適当に入れられた本がずり落ちて床に落下し、近くの塔を崩壊させた。

 にこにこしながらそれを流す秋に対して、花梨はいかにも嫌そうな顔をする。綺麗好きな性格のため、この部屋は気に入らないようだ。

 デスクに積まれた本の影の奥で何かが動くのが見える。資料に目を通していたらしい、のっそりと立ち上がったそれは、熟年の男性。

 口元と顎に短い髭を生やしており、服の上からでも判る筋肉質な体型。

 顎髭をなぞりながら、男がゆっくりと口を開いた。


「全く……あれほど礼儀は弁えろと言っただろうが」


「言われた通りノックはしましたぁ。それに緊急の用件ですし、悠長にしている時間も惜しいですよねぇ?」


 返事を聞かずに入ったことを叱責された秋は、それを涼し気に聞き流す。もういい、下がれと溜息をついた男性に言われて、申し訳程度に頭を下げた秋は「ごゆっくり〜」と終始笑顔で去って行った。

 残された紫苑と花梨の二人は、目の前の男性と相対し、軽く辞儀をする。


「ああ、君達がそうだね。初めまして。私は朝霧あさぎりよすが。一応ここの部署の部長をやらせてもらっている」


 丁寧な辞儀をする縁が、二人を見比べてふうむと唸る。


「少年……と言っていたな、秋は。ということは、君が『希望』なのかな」


「どうやらそうらしいですね。実感は無いですが」


 人によれば無礼ともとれる紫苑の態度に、しかし縁はむしろ小さく笑みを浮かべた。


「ふふ、その姿。希望と呼ぶにはあまりにも、だね。ああ、気に障ったのならすまない」


「いいですよ。自覚はしてます」


 花梨の怒りの気配を感じ取った縁が素早く謝罪し、同じように紫苑も返答して花梨を制する。

 それよりも本題を、と紫苑が切り出すと、縁は顎髭を弄り考え込み始めた。どこから話せばいいのかを迷っているらしい。


「……秋から何か聞いているかね?」


「オレが特別だってことは聞きました」


「そうか……ならば話は早い。着いて来たまえ」


 言って、縁は椅子をずらしてその下を探る。

 すると床が持ち上がり、下へと続く通路が現れた。ゲームでよくある隠し通路の登場に、紫苑は若干の呆れ声を出した。


「……随分と面白い仕掛けがあるんですね」


「何、こういった娯楽の一つも無いとやってられんのでね。君も好きだろう? 男の子」


 確かに憧れが無かった訳ではないが、実際に見せられると驚愕よりも呆れが先んじるのだと、紫苑は要らぬ知識を増やした。

 縁はふっ、と微笑しながら下へと続く通路に入って行く。紫苑と花梨は顔を見合わせて、縁に続いた。


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