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どちらでもないもの  作者: 林公一
プロローグ
3/11

目的と邂逅

 決意を胸に飛び出してから数日。

 紫苑は元あった隠れ家の近くの化物共を一掃し、瓦礫諸共吹き飛ばして更地に変えた。

 簡易的なものではあるものの、半径三百メートル程の範囲に結界を張り、人間以外が侵入すれば即座に焼き尽くす防衛機構も付与した。

 現在に至るまで、あまり強い化物は目撃していないため、当面はこれで保つはず。後は人を集めるのみ。

 いくら結界があるとはいえ、残していくのはあまりにも不安なので、花梨を背に乗せて空に向かう。

 化物共がチラつく度に切り裂き、砕き、焼き尽くしながら空を飛翔する紫苑に、花梨が問うた。


「ねえお兄ちゃん。これからどうするの?」


 オークと同じく緑の体躯だが、体は二回りほども小さく、頭頂部に短い角が一本生えている小鬼、『ゴブリン』を片手間にブレスで焼き払い、焼却してから返答する。


「とりあえず人を集める。何をするにしても数がいるからな」


 しかし花梨はその答えに不満気な顔を見せた。


「どうした?」


「……それって……」


 地上でぎゃあぎゃあ喚くゴミを消し飛ばし、欠片も残さず消滅させる。

 花梨の危惧している事がわからない、と紫苑が思っていると、どこからか悲鳴が聞こえた。

 花梨は特に反応した様子もないことから、遠めの距離にいるということだろう。

 身体の向きを変え、悲鳴がした方向へと飛ぶ。風切り音が耳元で鳴り、自分が出している速度がどれほどのものなのかを知らしめる。

 当然、花梨には細心の注意を払って、今紫苑が使用できる最大の魔力コーティングを施しているため、振り落とされることもない。

 故に全力で加速し、飛行する。

 数分とかからず紫苑は目標を捕捉。その勢いのまま女性に襲い掛かろうとしたゴブリンを拳で貫いた。

 無造作に腕を振るってゴブリンを振り落とす。どちゃっと不愉快な音を立てて自らが作った血溜まりに沈み、動かなくなったのを確認してから女性に向き直る。

 完全に怯え、震えている。だが、その恐怖の対象は変わったようだ。


「ひ……っ! ば、化物……! こなっ、来ない……ひ……嫌っ……!」


 どうやら紫苑に襲われるとでも思ったらしい。歯がガチガチと震え、腰が抜けているのか立って逃げる様子もない。よく見れば身に着けている服の下腹部あたりが濡れている。

 そんな女性の様子を見て、憤慨したように花梨が声を上げた。


「あなたねぇ! 折角助けて貰ったのにお礼も無いの!?」


 つかつかと歩み寄る花梨。

 人間である花梨を見て少し正気を取り戻したのか、女性がようやく会話を始める。


「あ……あなた……何で……」


「……? 何が……?」


「……何で……何でそんな化物・・と一緒にいるのよ!」


 花梨はしばし固まり――その言葉の意味を理解した。

 彼女は、花梨の兄を化物だと言ったのだと。

 冗談ではない。あんな屑共と、何故兄が一緒にされなければならない。

 花梨の頭の中が真っ赤に染まる。その衝動のままに腕を振り上げ、自分の兄を侮辱したこの女に制裁を加え――ようとしたところで。


「やめろ花梨」


 紫苑に腕を掴まれその動きが止められた。


「なんでよ! この女はお兄ちゃんを――」


「花梨」


 食い下がる花梨を、紫苑は一言だけで制した。

 そして女性の方を見る。


「ここから向こうに行けば、化物共がいない場所がある。信じるかどうかはアンタ次第だが、一応は伝えたぞ」


 その方向を指差してぞんざいに説明をした後、女性の返答も聞かずに飛び去る紫苑。

 後に残された女性は、恐怖に塗り潰される思考を押さえつけ、震える足に鞭打って、差された方向に向けて歩き始めた。






「なんなのよ、あの女! 助けて貰った癖にお礼も言わないどころかお兄ちゃんを――!」


 未だ怒りが収まらないらしい花梨を背に乗せて、再び人を探して飛翔する紫苑。

 紫苑の目的は、とにかく人を集めること。

 まずはこの近辺で生き残っている者を探し出し、先ほど掃除した位置に誘導して数を確保することだ。

 紫苑本人は礼など求めないし、助けた責任を取るつもりも無い。

 全てはこの腐りきった世界を変えるための行動の一つに過ぎない。

 故にもし助けた者が動かなくても文句を言うつもりもないし、逆に動いてくれたからと感謝する気も微塵も無いのだ。

 自らの人生の先を決めるのは他人ではない。自らの意思で選び取ってこそ『生きている』といえるのだ。

 そう。紫苑がそうして今『生き』延びているように。

 しかし花梨の怒りもわからなくはない。

 人間としての心を失った紫苑にしてみれば、礼を言われるかどうかなど瑣末なことなのだが、齢十二の花梨からすれば、『助けて貰ったらお礼を言うのは当たり前』なのだろう。

 さらに花梨は少々兄贔屓が過ぎるところがある。紫苑もそれには気づいているが、それを矯正はしないし、しようとも思わない。嫌われて遠くに行かれるよりは、余程守りやすい。

 しかしそれ故に、花梨は兄以外に興味をあまり持たない。こればかりは紫苑としてもどうにかなってほしいと思っているが、花梨本人はまるで気にした様子もない。

 兄冥利に尽きるとはいえ、もう少し周りに興味を持ってほしいものだ。カルい男に引っかかるのだけは容認し難いが。


「実際、見た目は化物だから構わない。考え方も前とはだいぶ違ってる。だからあの人の言っていたことに間違いはないんだ」


 そう紫苑は花梨を諭す。しかし花梨は納得がいかないと頬を膨らませる。


「何も変わってないもん。お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん。あんな人助けなければ良かったのに」


 その可愛らしい顔からは想像も出来ないほど、聞く人が聞けば怒り狂いそうな発言を花梨は言ってのける。

 思わず苦笑しそうになる紫苑をそこで留めたのは、またも女性の声。今度は花梨にも聞こえたようだ。


「……また助けに行くの?」


 先ほどのことも相まって、人を助けに行くことに否定的な感情を抱いた花梨は、また紫苑に問う。

 しかし紫苑は当然だとばかりに、返答の代わりに声のした方向へと進路を変える。

 花梨は溜息をつきつつも、兄の決めたことだと受け入れた。

 花梨にとって、兄のすることは絶対である。そこに一切の例外は無く、例え紫苑が人殺しをしたとしても花梨は笑顔で受け入れるだろう。

 全ては兄のために。花梨はそうやって生きてきたのだから。


 数分ほど飛ぶと、声の主と思われる女性の姿が見えた。オーク三匹に囲まれて追い詰められているようだ。

 紫苑は拳を握り締めると、弾丸の如き速度で突っ込み、オークの体を爆散させた。

 バラバラになった肉塊が血と共に降り注ぎ、なんともグロテスクな雨が紫苑達の身体を濡らす。

 花梨は嫌そうに顔を顰めて、緑色の肉塊を恨みを込めて蹴り飛ばした。

 そんな現象を目の当たりにして、ぽかんと口を開けてフリーズする女性がはっとしたように立ち上がる。


「あっ、あのぉ! ありがとうございましたぁ! おかげであいつらにやられなくて済みましたぁ!」


 紫苑の手を取ってぶんぶんと振りながら、笑顔と感謝の言葉を向ける目の前の女性。

 今までのやつとは随分違うなと驚きながら、しかし冷静に手を離して安全地帯の場所を告げる。

 そして立ち去ろうとすると、またも女性が紫苑の手を取った。


「あ~……お気持ちは嬉しいんですけどぉ……。実は私、他のやつにも追われているんですよねぇ~……」


 知るかと叫びたくなったが、折角助けたのにすぐに殺されるのも気分が悪い。まして紫苑は化物共を殲滅することも目標にしている。

 どうせわかっているのなら、今ここで少しでも数を減らしつつ、僅かでも人が襲われる確率を下げた方がいい。

 そこまで考えて、目の前の女性に文句を言っている花梨を宥めつつ紫苑は言葉を返した。


「わかった。場所は?」


「えっと~……あ~……多分もうすぐ来るかと~……」


「何?」


 瞬間、後ろから轟音。ビルの残骸を破壊して土煙と共に現れたのは、オークよりもさらに一回り大きな緑の化物。

 よく見れば何匹かオークを引き連れているあたり、それなりに統率力があるようだ。

 力こそ正義なコイツらのルールは、あの一際大きいオークを頭領としたらしい。名前をつけるとすれば『オークキング』といったところか。


「ああ、アレですアレ。アレに襲われてたんです」


「らしいな」


 こんな状況下でも、どこか緩い雰囲気のまま女性が告げる。

 そもそも、この女は何なのか。オークを見ても怯えず、オレに対しても友好的。それどころか、余裕のようなものすら感じ取れる。

 思考を巡らせて解を探していると、オークが咆哮を上げた。獲物に逃げられてイライラしているのか、それとも追い詰めたと歓喜しているのか。まあどちらでもいいことだ。


 化物共は殲滅する。


 大地を踏みしめ、コンクリートを破壊しながらオークの集団に迫る。

 オークが五匹。ゴブリンが三匹。そしてオークキングが一匹。

 他の種族も連れているあたり、このオークは他の個体よりも強いのだろう。

 だが、所詮はオークだ。ドラゴンの血肉を喰らってその力をものにした紫苑の敵ではない。

 応戦しようと武器を振り上げるゴブリンの顔面を潰し、武器を腕ごと引きちぎって、それを別のゴブリンに向けて投げ放つ。

 高速で飛来する鉄の塊がゴブリンの腹を貫通し、その穴から赤い液体を液体を撒き散らせる。

 頭を失ってゆっくりと崩れ落ちる緑の肉塊を、固まったままのオーク共に蹴り飛ばし、残り一匹の生きているゴブリンの頭を地面に叩きつけた。

 ゴキャ、と頭蓋が砕ける感触を手に感じつつ、残ったオーク(殺害対象)に目を向ける。

 仲間が殺されたことに怒りでも感じているのか、それとも恐怖なのか。震えながら耳障りな声を張り上げて拳を振りかぶるオークに対して、紫苑は真っ向から挑んだ。

 ボギュッ、と腕がひしゃげる。

 骨が肉を突き破って肩から露出し、激痛に耐えられず絶叫して倒れる醜い緑の豚を見下ろし、その顔を踏み潰した。

 三十秒と経たぬ間に次々と惨殺されていく仲間を見て、オークが声を荒らげる。


 ――もういいな。


 紫苑が喰らったドラゴンの記憶が脳へと司令を送る。

 それに従い紫苑は体内で魔力を練り上げる。全てを焼き尽くす業火が、紫苑の練り上げた魔力を喰らって力を増していくのを感じる。


 見かねたオークキングも、怒号を上げながら紫苑に迫る。

 しかし紫苑はそれに対して興味もなく、ただ腕を振り下ろした。


 突如巻き起こる紅蓮の火柱。灰すら残さず焼き尽くす煉獄の炎が、醜い化物共を包み込む。


 圧倒的に自分達に有利な状況。人間ザコが一匹とその雌が二匹。負ける要素があるはずもない殺戮のはずが、そのザコに、今、焼き尽くされそうになっている。

 信じ難いその事実を受け入れられず、しかし動くことすらままならない業火の中でオークは見た。


 自分達の世界の覇者。その名だけで世界を震え上がらせるとまで言わしめた、最強の種族の面影を、その人間に重ね見てしまった。


 ――理解するのが遅過ぎた。ヤツは――。


 そんな思考を最後に、オークキングはこの世界から消滅した。

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