第二話
少女の姿にはあまりにも不釣り合いなモノの思わず目を奪われ、視線が繋ぎ止められる。
一体どんな事情が彼女の体に潜んでいるのか、ある程度想像がつく気もするが、直接に聞いてみたい。まずは助け起こそうと手を差し伸べる。全く、やましい気持ちなどなかった。
それ故、お静の反応は私にとって全くの予想外であった。彼女は、片手に携えていた銀盆を掲げ、とっさに頭をかばったのである。
その細い腕を見ると、ぷるぷると震えている。
(中略)
その時、応接間の入り口に、もう一人、人影が姿を表した。足音に気づき、顔を向けると、そこにはもう一人、お静が居た。
今度は黒いメイド服を身にまとっている。スカート丈は一瞬前まで目にしていたオレンジのものより、幾分か短いように見えた。
「お客様はこちらへいらして下さい、それと、姉さんから離れて」
硬い声で呼びかけられて気づく。お静は相変わらず目の前にしゃがみこんでいるし、今現れたメイドをよく見れば髪の色が違う。艷やかな黒髪であった。
彼女の案内に従ってその場を離れながら、話しかける。
「君はお静の……?」
「その名前は、姉さん--姉が話したのですか」
軽くうなずいてみせる。
「お静は、私の双子の姉です。先程は取り乱したところをお見せしてしまい、失礼いたしましましっ」
廊下を案内しながら、盛大に噛んだ。妹の方は、姉とは幾分正確が違うように思えてきた。
第一、足音からして、床の絨毯の上を滑るように歩くお静と、コツコツとヒールの音を鳴らしてすすむこの妹とでは随分と受ける印象が違う。
「君の名前は何と?お静の妹だから、お……」
「妙子と申します。お妙とお呼びください」
「本名はともかく、その和風な呼び名はあいつの趣味かい?」
好奇心を発露させながら、記憶をたどる。大学時代のやつはあまりにも多属性に趣味を広げていてついていけなかった覚えがある。みやびな方向も好きなのかもしれない。
「はい、主人のお申し付けです。何でも、和洋の混合こそが文化の極みだとか」
「なるほど、あいつらしいな」
「それでは、お部屋にご案内いたします」
ご主人様をからかってやると、彼女はかすかにニコリとしたように見えた。
お妙と名乗った少女に案内されて階段を上がりながら気づく。彼女のメイド服は、姉の、オレンジのそれと違って幾分スカート丈が短かった。
端的にいうと、常時パニエの裾がチラリチラリと見えてるのである。指摘すべきか、せざるべきか、迷う。
結局、遠回しに聞いてみることにした。
「2人で制服のデザインがちがうのはあいつの趣味かい?」
似たような質問をさっきもした気がするが、他に話の切り出しようがない。
「ええ、姉の方はご覧のとおり生真面目な性格ですので、少しでも活発そうに見えるようにと、ああいったデザインにされたそうです」
「ふむふむ、あえて性格と逆の服にしてギャップ萌えを狙う。やつなら考えそうなことだ」
「そうなのですか?」
「ああ、もう何年も前のことになるけど、俺とあいつが同じ大学の研究室にいたころ、奴はいつも俺が持ちだした萌え話を『それじゃ普通すぎる』って言ってきたんだよ」
「お客様は大学で萌えを研究しておられたのですか」
「いやいや、勉強の合間に雑談していた時の話さ。それにしてもこうやって夢を叶えても、自分の本質を見失わないあたりすごいと思うぜ」
「恐縮です」
「それで、妙子ちゃん?のメイド服の丈が短いのはどんな理由なんだろうね」
「そうですね……私のほうが脚が綺麗だからでしょうか」
少し考えこむような素振りをした後、お妙はそう返してきた。それが冗談だと気づくのに数歩歩く時間がかかった。
大げさに吹き出して見せると、廊下の先を歩く彼女が振り返る。見事なドヤ顔であった。
結局、私が案内されたのは、館の二階にある客室であった。ドアをメイドに開けてもらって入室すると、ほんのりと甘い香りがする。
作り付けの机の上に置かれた花瓶から漂う花の香であった。
部屋の奥に据えられたベッドは広々としたセミダブルに、真っ白なシーツが掛けてある。つい、いつもホテルに泊まるときの癖で、ぼふんと音を立ててベッドに腰を下ろし、シーツに大きくしわを寄せる。
だが、いつもとちがうことが合った。お妙が自分について部屋の中ほどまで入ってきている。
座った私と、こちらを向いて立っているメイドと、視線がぶつかる。途端に気まずくなった。昼間とはいえ、少女と言ってもいい年の女性と二人きりで個室に居るというのはどうも落ち着かない。
「ああ、もう下がってくれていいよ。ありがとう」
「承知しました。御用がありましたらまたお呼びください」
慌てて下がらせると、彼女は深々と一礼して部屋から出て行った。
いい香りのする部屋に、一人残される。いつもの出張で泊まるホテルとは比べ物にならないほど、内装も設備も、立派だった。
なんとなく場違いで落ち着かない気持ちになりつつも、ひとまずスマートフォンを胸ポケットから取り出して、通知を確認する。
この屋敷について以来、慣れないことの連続でこいつを取り出す隙がなかったのだ。
ようやく点灯させた画面には、見事に圏外の文字が表示されていた。