プロローグ
周りは闇だ。
高度5000メートル、ピクシーダンス・ジュニア部門の春季バトルステージ。
その夜戦用フィールドは暗闇に包まれていた。
HUD上に試合開始のコールが流れる。
「さて、まずはAAM-03大蛇のキャリアーを発射」
《了解 投下します》
バシュッという発射音とともに空中停滞誘導機雷「大蛇」の母体がが排出され、
不要になった発射機は投棄する。
「よし、レーダーに反応は?」
《現在レーダー上に敵影無し》
《アクティブレーダーに切り替えますか?》
「いや、今日の試合はハンディマッチで相手は二機編隊だ、先に見つけられるのもまずい」
藤宮姉妹、ジュニアのロッテ戦ではかなりの有名どころだ。
姉の近接格闘に妹の狙撃、伊達にtwinkle comet《輝くほうき星》なんてよばれてる訳じゃないだろう。
だけどこっちだって、The Conjurer《奇術師》なんて呼ばれてるんだ。 中距離射撃戦のハイマニューバ、それにゲームメイクには自信だってある。
ゆっくりと辺りを見回す。
TCAW(Thought-Controlled Aviation Wing《思考制御飛行翼》)の力場に包まれた体は闇夜の空でふわりと停滞する。
「その上、今日は夜戦だ。 マッチメイカーはかなり僕に負けて欲しいんだろうね」
《そのようです》
競技支援用AIであり相棒のエリスと軽口を叩きながらも負ける気はない。
この試合に勝てばピクシーダンス・ジュニア部門の最高連勝記録に並ぶ。
それにまだシーズンの途中だ、次も勝てば抜く事だってできるだろう。
「絶対に負けないさ」
《私も微力ながら―――― レーダーに感有り 10時方向、距離1300 機数1 以降α目標と呼称します》
《α目標はアクティブレーダーを使用しています。 当方の位置は特定されているものと推測》
即座に増速、後方の空間密度を減少させて上方斜め後ろに向かって落下する。
TCAWによる飛行では自分の付近の空間の密度を変化させて位置を移動させる、言うなれば潜水艦の様なものだ。
空中で浮力を中性にして好きな方向に落ちる、人が空を自由に飛ぶという世紀の発明だろう。
接近してくるα目標は姉の方だろう。
頭を押させて接近阻害の射撃。 格闘技技能では負ける、チャンバラは遠慮したい。
「ッツ―――」
α目標よりさらに後方からのレーザーライフルによる狙撃
―――衝撃による速度の低下、そして緩降下。
狙撃を警戒して補助力場を前方に展開していたため、レーザーは減衰されたもののHUDに表示されるデータには命中判定、ダメージペナルティが適応されたと表示される。
《位置不明機からの狙撃によりジェネレータ出力が80%に制限されました。 高機動補助力場の生成速度が低下》
止まったら狙撃が来る、レーザーが光の速度に達する以上認識出来ていない敵の攻撃は回避行動の難しさから命中率が高い。
本来なら策敵機となっているα目標の撃破を優先すべきだが……。
《射撃位置の逆探知に成功、予測空域を表示》
「よし、位置は?」
HUDに表示される予測空域に目を向けえる。
その空域には最初に発射しておいた大蛇のキャリアーが向かっている。
どんぴしゃだ!
最初に発射しておいた大蛇の方向に二人目がいる。
「大蛇母体から誘導機雷を発射、誘導方式は任せる!」
《了解。大蛇、誘導方式はアクティブレーダー近接信管で母体より発射開始》
母体から発射された大蛇は扇状に広がりながら獲物を探知。
発見した場合は子機全体がリンクして獲物に襲い掛かる。
夜の闇の中に光の花が開く。
実体弾系統の装備は速度に難がある代わりに威力の面では優遇される。
落とした自信はある、だが絶対じゃない。 それに!
「α目標は?」
《天頂方向 距離900》
――――ダイブか!
上方から拡散されたレーザーが撃ち出される。
狙いは甘い。
いや、それでも頭は抑えられたか……。
相手の装備はかなり近接戦闘に寄っている、本来なら離れたいところだが既にダイブを開始している相手の方が優速だ。
「今から距離を取ろうとしても厳しいか」
高度はまだ余裕がある、海面に押さえつけられるとまずいがここは相手のダイブに乗ってギリギリで上方に捻り込めばいい。
単純な切り合いなら相手に分がある、だけどマニューバーキルを狙うならこっちに勝機がある。
高度5000からのダイブ、既存の航空機では不可能な高速度からの瞬間的な停止が可能なTCAWならではのチキンレース。
高度3000、相手からの射撃はやはりこちらの移動を阻害する目的だ、相手はこちらを海面に押し込んで格闘戦にもつれ込みたいのだろう。
高度1000、闇夜の中で空も海も区別はつかない、ただ闇の中に飛び込んでいく。
高度500、相手はうまく付いてきている。 そろそろ減速して捻り込みを――――《対地接近警報!》
「そんな!」
高度計はまだ350を指している。 TCAWにとっては何の問題も無い高度の―――
鋭い衝撃 冷たい水 瞬間的に展開された緊急用シールド
シールド越しに誰かが手を伸ばしてくる。
そして意識は暗い海の底へと落ちていく。