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006.特に再会は望みません

 昼からは街に下りてみた。

 社交シーズンで商会関係の調整に忙しかったので来るのは久しぶり。


 市場は活気にあふれ、そこかしこで人寄せの声がする。食材を中心に日用品や装飾品、薬草や花、家財など様々な商品が並べられていた。また、ちらほらと食べ物屋台もあって食欲をそそる匂いが立ち上っていた。


 この市場のある内城は貴族が中心となって住むエリアではあるが、貴族の屋敷に勤めたり貴族向けに商いを営むなど、ここで生活する平民も結構いる。

 貴族だって金持ちばかりではないし、こういった庶民的な買い物ができる場も大切なのだ。


 ということで市場調査がてら市場を巡るカレン。

 さすがに屋敷に完全に引きこもっていては感覚が鈍る。


 今日もいつもどおり平民風に青の膝下ワンピースでお忍び散策中だ。あとまだ少し肌寒いので薄手のケープも羽織ってみる。

 庶民らしさを出すのは得意だ。

 元一般人(パンピー)舐めんなよー。


「お嬢様ぁ。あの鳥の串焼き買っちゃダメですかぁ」

「だめ。さっき唐揚げと肉サンド食べたでしょ」


 さすがに侍女を連れて完全平民風とはいかないので、自分の設定をちょっと大きな商家の娘とし、お嬢様呼びを許容している。

 連れているのは侍女のハンナ。

 カレンより年上なのに口調はいつも甘ったるく、演技もできない。身についてしまった敬語も崩せないので彼女から侍女設定を外すことは困難だ。残念ながら。


「じゃああっちの果物……」

「南国フルーツ!?高いわよ。給料全部食べ物に使う気?」


 小柄なのに食い意地張りすぎ。

 って言うか、本当にこのフルーツ高い…。


「お嬢様のケチぃ」

「言っとくけどもう奢らないからね!」


 私の財布もカラになるわ!


 こんなやり取りを何度かしつつ、顔見知りのテントをいくつか覗いてから、今度は商店が軒を連ねる場所まで移動した。


「お嬢様ぁ、パン食べましょー」

「……買いたいだけ買ってきたら」


 このあたりで怒るのも疲れてきていた。

 お金を渡してやると、ハンナは嬉しそうにパン屋に駆けこむ。

 入って行ったと思ったら、すぐにドアから顔を出してきた。


「お嬢様ぁ、三十分待ったら出来立てが食べれるそうですぅ」

「……好きに待ったら」


 ハイ!と元気に返事をするハンナに脱力し、カレンは向かいのカフェで一人待つことにした。

 オープンテラス席に座り、石畳みの通りを挟んだ向かいのパン屋でわくわくと焼きたてを待っているハンナの様子を見ながら紅茶を飲む。内城で店を構えるだけあって、カジュアルながらも比較的形式は整ったカフェだった。そして紅茶はクォルツハイムブランドのローズティ。


 うーん、淹れ方が甘いなあ。もうちょっと熱いお湯を使えばいい香りが出ると思うんだけど。いっそカフェ向けの紅茶講座でも開くべきか……


 思案していると知った顔が通りを歩いていくのを見つけた。

 十代前半の少年少女がカレンを見て寄ってくる。


「カレンお姉さん!こんにちは。買い物?」

「こんにちは。まあそんなところよ。そっちこそ今日は姉弟きょうだいで買い物?」

「そう、父さんが腰を痛めちゃって母さんがつきっきりで。今日は私がご飯作らなきゃだから今から市場へ行くの」


 そばかすの少女が胸を張って答えた。

 横で少女より少し背が低い少年も胸を張る。


「オレは姉ちゃんが買い物しすぎないか見張る役!」

「よけーなこと言うな」

「痛ってえ!この暴力女!」


 買いすぎの前科はあるみたいだ。

 しかし本当に姉弟仲がよくていいことだ。カレンは笑って二人の頭を撫でた。


「二人ともえらいわ。気を付けて行ってね。あとベンノ親父おじさんにお大事にって伝えて頂戴。また鍋修理を頼むかもだし」

「オッケー、伝えとく」


 姉弟の父親が営むベンノ鋳物店が扱う鍋は丈夫でもちがいい。しかも厚みを絶妙に抑えてあって他店の鍋より軽いので、実はクォルツハイム家の厨房の鍋のほとんどがベンノの作。

 だけどベンノ本人は自分の作った鍋が侯爵家で使われていることを知らない。

 知ったらたぶんもう一度腰を痛める。きっと。


 鋳物店の姉弟に手を振って別れると、カフェの店員から声を掛けられた。


「お客様、申し訳ありませんが相席をお願いしてもよろしいでしょうか」

「構いませんよ」


 相席など別に珍しいことでもない。昼過ぎの忙しい時間帯だしと快く了承した。


 すいません、と恐縮するように向かいに座ったのは青髪で金の眼の青年であった。


 女性受けしそうな甘いマスクねー。ついでに自分がモテるの分かってる上でなるべく謙虚に振る舞おうとしてる感じかな。


 ざっと見てカレンは判断した。

 服装は白シャツに濃い茶のズボンにブーツと平民っぽいラフさだが、布の質がいいのでもしかして下級貴族かもしれない。上級貴族の令息だったらカレンにも分かるが記憶にない顔だった。


 カレンが目線を合わせないようにお茶を飲んでいると、あの、と青年が話しかけてきた。


「ここ、本当に座って大丈夫でしたか?お連れの方がいらっしゃるのでは?」

「いえ大丈夫ですよ。向かいの店の連れを待ってるだけですので。連れが戻ればすぐに出ます」


 と向かいのパン屋に目線を向けた。

 ちょうどこちらを見たハンナが手を振ってくる。

 ああなるほど、と青年は頷いた。


「よかった。もし恋人がいらっしゃったら見つかると大変だと思ったので」

「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですから」


 もしかしてそんな修羅場が過去にあったのかしら。

 安心させるように笑顔でカレンは答えた。


 それで気が楽になったのか、青年がいくつか話題を振ってきたので軽く雑談をした。

 王都での流行りの演劇から、地方の特産の話まで。提供される話題が大変広く、カレンも興味を惹かれるものばかり。


 なかなかやるわね、と感心した。

 年は二十代前半というところか。たぶんカレンとも二、三歳程度しか離れてないだろう。

 見た目もよいし、その気になれば下級の外交官くらいはできそうだ。


 経営は人が全て。そう考えているカレンにとって優秀そうな人材は確保しておきたいところ。


 だけどね……


「でも今日の僕はラッキーです。こんな素敵な女性と出会えるなんて」


 金色の眼を僅かに輝かせ、笑顔で青年が言った。


「よかったら二人で食事でも行きませんか。もっと貴女のことが知りたいんです」


 こういうところは信用できないわー。


 身内や関係者に手を出すかもしれない軽い人物はノーサンキューだ。

 自分の身も危ないので早々に距離を取るに限る。


 それにこれ以上異性と何かあって、ラルフにちくちく言われたらたまらないわ!


「褒めてくださってありがとうございます。お上手ですね」

「あっ、すいません誤解しないでください。こんなこと誰にも言わないんです。その……貴女が魅力的だったから」


 ほお、こんな薄い顔の私によお言うた。

 ますます信用ならない。顔コンプレックスのしつこさを馬鹿にしちゃいけない。


「あの、怒らないでください。貴女に嫌われたら今夜は眠れないかもしれない」

「本当にお上手ですね。貴方も素敵ですし、きっとたくさんの美しい女性が貴方を好いてくれると思いますよ」

「貴女がいいのに……」

「ありがとうございます。そう言ってもらえて、私が今日はよく眠れそうです」


 そのとき大きな紙袋を抱えたハンナがパン屋から出てくるのが見えた。


「連れの用事が終わったようです。楽しいお話ありがとうございました」

「あっ」


 席を立つと、青年も一緒に立ち上がった。


「まだ飲み物も残っているんですから、ゆっくりしていってくださいね。それではこれで」

「あの、僕、ヨハネスと言います」

「失礼しますね」


 聞こえない振りをして、にっこりと挨拶をしながら席を離れた。

 自分の名前は答えない。


 初対面で口説く人が全て危険だとは思わないが、この青年からは何となくあざとさを感じた。

 モテたことなんてないけど、前世で仕事柄何千人という人間と接し、人間性を見てきた勘が働いた。彼には近づかない方がいい。経験でそう判断した。


 ていうか、昨日のドS王太子といい、なぜ私にはロクな男性が近づいてこないんだろ……。

 侯爵家の娘として結婚は必須だ。時期になれば兄が嫁ぎ先を見つけてくれるだろうが、現在の男運のなさに先行きが不安になった。


 会計を済ませ店から出ると、表にハンナが待っていた。

 パンのいい匂いが漂っている。


「お待たせしましたぁ」

「買いすぎじゃない?」


 小柄なハンナが腕いっぱいに抱えるサイズの紙袋。


「お嬢様にいただいたお金分買いましたぁ」

「お釣りはないってことね……」


 多めにあげたのが間違いだったらしい。


 何か疲れた……。


 せめてひとつ寄越しなさい、と紙袋からパンをひとつ取って食べた。


 ハンナから泣き声で抗議されたけど、知らない。

 出来立てパンはなかなかおいしかった。


 紅茶とパンでカフェ経営でもしようかなー



 ◇◇



 たまには外城の城壁近くまで行ってみよう、と足を延ばした。


 二人は「雑貨屋コリーナ」と看板が出る店に入った。

 中には食品から日用品、ちょっとした薬まで幅広く置いてある。この国で雑貨屋とは、日常使うものが広く取り揃えてある万屋よろずやのことである。


 カレンは慣れた様子で奥に声を掛けた。


「コリーナおばさん、いる?」

「おやあ、久し振りだねえカレンちゃん。最近どうしてたのさ」


 豊かな身体をゆっさゆっさと揺らして中年の女性が現れた。


「市場には行ってたんだけどね、ちょっと忙しくてあまりこちらに来れなかったの。おばさんは変わりない?」

「身体はいつも通り元気さ!社交シーズンで王都にも人が増えたし、稼ぎ時に休んでられないよ!」


 わっはっは、と豪快にコリーナは笑った。


 王都の社交シーズンは春から夏。そして少しあいて晩秋から年末まで。これは国会開催期間と同様だ。

 この時期に各領地から貴族や良家の人間が王都に集まってくる。

 シーズンが終わると一気に人口が減るので、王都で商いをする人々にとって社交シーズンの稼ぎは一年の中で大きな割合を占める。コリーナの言う通り休む暇などない。


「本当に一気に人が増えたわね……あと、騎士も多いわね」

「人が増えるとやっぱり治安もね。騎士様方も忙しいだろうさ」


 店の前の通りを緑の服を着た数人の騎士が横切って行く。

 外城に近い分、治安も悪くなりやすいので先ほどカレン達がいた商店街よりも警備をする人間が多いみたいだ。


 この国の騎士は大きく二種類いる。


 王宮を守る近衛騎士団。青地に金糸の刺繍で縁取られた制服が特徴。

 攻略キャラの騎士、マリグはこの近衛騎士団の中でひとつの部隊の隊長をしていた。


 そして王国騎士団。

 ここは役割がさらに二つに分かれている。

 ひとつは王都警備。緑地に白糸の刺繍で縁取られた制服を身に着ける。

 残りは地方警備。王都以外の主要都市に置かれていて、緑地に黒糸の刺繍で縁取られた制服を着ている。


 今カレン達の目の前を通って行ったのは王国騎士団のうち、王都警備隊だった。


「何だか物々しいなあ」

「こらこら。私らを守ってくれるんだ。感謝こそすれ文句言っちゃいけない」

「そうね」

「お嬢様ぁ。この苺食べたいですぅ」

「また!?ハンナってばパン……もう食べきってる!?」


 あの量がどこへ消えた!?

 もうこれはイリュージョンだ。


「育ち盛りなんですぅ」

「二十歳にもなってそんな訳あるかあ!」

「でも料理長はいつも沢山食べていいよってご飯くれますぅ」

「我が家のエンゲル係数一人で上げるのやめてくれる!?」

「私ぃ、虐待みたいな扱い受けてる気がするぅ」

「こんなに心が広い主人おらんわ!」


 あと料理長、帰ったらちょっと話し合いしようか!


 食費がうなぎ上りの理由がようやく判明した。クォルツハイム家の予算割りの見直しが必要だ。


「まあまあカレンちゃん。苺、よかったら試食してみないかい?今日入ったばかりなんだけど私もまだ味見してないんだよ」

「コリーナおばさん……」


 女神だ。ここに女神がいる。ちょっとふくよかだけど!


「ありがとうございます。すいません」

「気にしないで。ただし美味しかったらちゃんと宣伝しておくれよ」

「任せてください!」


 表の通りが見える窓辺の椅子に座り、二人は籠に入った苺を摘まんだ。


「甘い!」

「んー美味しいですぅ」

「ん、いい感じだね。ここの卸からはまた買おうかね」


 これジャムにしたいなー。確か苺は今年作ってなかったし、今度まとめて仕入れよ。


 家のジャムのラインナップを思い出しながら苺を食べていると、カレンの視界に気になるものが入った。


 窓の外を見ると、緑の騎士服の中に、一人青い騎士服の人物。

 流れる銀髪に紫水晶の瞳。

 その輝くような色と美しい容貌は無骨な騎士の集団の中でひときわ目立つ。


 近衛騎士、マリグ・アベーユ。


 攻略対象の騎士で王太子の乳兄弟である男だった。


 なんでこんなところに!

 思わず屈んで、外から見えない位置に身体をずらす。


 カレンの様子に気づいたハンナが苺を口にしながら窓の外を見た。


「あれぇ。近衛騎士のマリグ様ですねぇ」

「近衛騎士様がこんなところまで来たのかい?何かあったのかねえ」


 不思議そうにコリーナは外を眺める。


 お、王太子とか居ないよね……?


「マリグ様だけのようですよぉ」


 ハンナがぽややーんと答える。


 ほっとして身体を起こし、そっと外を見回す。確かに近衛騎士は一人だけのようだ。


 きっ、今日はもう帰ろう。うん。


 寒気を感じ、カレンはすぐさま帰宅を決めたのだった。

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