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057.トンネルの先

おさらいがてら、軽くこれまでの説明も入れてます。

少し短め。

 すぐに出口があるだろう。という予想は裏切られ、トンネルの出口はなかなか見えなかった。


「結構長い」


 ぽろりと漏れた愚痴に、前を歩いている執事が顔半分だけで振り返る。


「引き返すとおっしゃるなら、私はそれで構いませんが」


 言葉は丁寧だが、表情が「お前が進むって決めたんだろうがさっさと歩け」と言っている。

 目が口ほどにものを言う執事である。


「歩くわよ。ドイブラーを追わないといけないんだし」


 グラム皇国との繋がりも吐かせたいが、カレンはドイブラー子爵に個人的な恨みもある。それを果たさずに帰るわけにはいかなかった。

 ふああーと、欠伸をもよおす。

 トンネルは暗い。途中までは壁の穴に設置されている火皿が明々と灯っていたが、この辺りの油は空になっているのか、しばらくトンネルが明るくなることはなさそうだった。

 ということで、暗いから眠い。


「ラルフ、ダメ眠い。何かしゃべって」

「鍛え方が足りないんです」

「いきなり説教かい」


 突っ込んだら少し眠気が収まった。何か悔しい。


「というか、この一週間ほとんど寝ていないんだから誉めてくれたっていいじゃない。今日も夜通し活動してるんだから、よくやるゎょ……」


 語尾が変な風に消えたのは欠伸に飲まれたからだ。

 カレンはここしばらく、寝不足に悩まされていた。原因は、ドイブラー子爵である。


 ドイブラー子爵がカレンにちょっかいを出してきたのは、この社交シーズンが始まった頃。カレンが「王太子妃候補」に挙がったことだった。


 ドイブラーは元々、自分の娘(まだ幼児)を王太子妃にしたがっていた。

 だが、不本意だが、身分的にも年齢的にも、カレンが筆頭候補。

 ドイブラー子爵の娘が候補に挙がる可能性などほぼない。しかしあきらめの悪いことに、他の王太子妃候補を消すべく、ドイブラーは、あちらこちらにマメに刺客を派遣していた。もちろん、カレンのところにも。

 雑な仕事しかできない刺客でも、頻繁にやって来ればまあまあ手間になる。この時点で、若干カレンは苛立っていた。


 極めつけは、テオドールの嘘だった。

 噂程度でしかなかった可能性を、王太子側近であるテオドールが「カレン・クォルツハイムが王太子妃の有力候補」と(嫌がらせで)言ってしまったことで、火に油を注いだ。

 襲撃者の腕も、頻度もぐんと上がった。

 もちろんすべて叩き出してやったが、カレンの寝不足には拍車をかけた。

 ただでさえ人手不足。カレンは毎夜毎夜、刀を振るった。

 毎回殺害対象(ターゲット)が、最前線で襲撃者をノしていくことへの矛盾に、刺客は誰も気づいていなかった。

 カレンが腹を立てて暴れ回るので、返り討ちにするまでの所用時間はどんどん短くなっていった。

 お蔭でクォルツハイム家の護衛は、意外に楽をしていた。

 ちなみにカレンはこの事実にまだ気づいていない。


「ここでドイブラーをブチのめして牢に入れて、至福の睡眠時間を確保するのが私の狙いよ」


 拳を握って、執事の背中に向かって固く誓う。


「それで、王太子殿下も追っているヨハネスという男はの扱いは、どうされるつもりですか」


 ラルフは前方を見つめたままだった。

 青髪のヨハネス。

 以前カレンが関わった、王都での集団誘拐事件の――おそらく首謀者。

 ドイブラーの空き屋敷を拠点にし、攫ってきた娘を集め、グラム皇国へ奴隷として送り込もうとしていた。


「ヨハネスについては、ルドルフが彼を捕える前になんとか接点を持ちたいわね」


 ドイブラー子爵は悪役としては間違いなく小物。ただ利用されているだけ。グラム皇国のどこからか指示を受けているのは、ヨハネスの可能性が高い。

 国としても重要人物。ルドルフたち王宮側が彼を先に捕えてしまったら、きっとカレンが簡単に会うことはできなくなる。


「ヨハネスが、ゲームの隠しキャラかどうかを確認しないといけないわ」


 レイラの微かな記憶によれば、隠しキャラはグラム皇国の皇子。

 幼い頃に殺されかけ、亡命している、らしい。

 ゲーム通りなら我がルヘクト王国の貴族に拾われ、養子として成長していて、年齢は、ルドルフと同じ二十歳前後。

 だが調べてみても、年代、見た目に符合する青年は国内貴族にはいなかった。


 ヨハネスの青髪、金の瞳は、グラム皇国の人間の特徴。

 また、隠しキャラも同じ色を持っているという。

 そしてヨハネスは、ゲーム開始の時期に合わせたようにカレンの前に現れた。

 彼が隠しキャラである可能性は、比較的高い――とカレンは思っている。

 ゲームの強制力というものを信じているわけではない。なにせカレンは、現実が、『観察者』の手によりゲームとして組み立てられたと考えるのが自然だと考えている。

 けれど同時に、ゲームの情報は疎かにできないとも思っていた。

 過去の小さな出来事が、その先の複数の分岐点を作り、「今」に結びついているとしたら――タイミングもいわゆるフラグも、ゲームから乖離することは、おそらく……ない。

 

「ところで、どうやって調べるおつもりですか?」

「?? 何を??」


 カレンは、きょとんと顔を上げた。ラルフは、問いかけたにも関わらず、前を向いたまま、主人を振り返ろうともしない。


「お嬢様は、あの男がグラムの元皇子だと、どうやって確認するのです? ヨハネスが本当に元皇子だったとして、殺されかけ、身を隠して生きてきた者があっさりと身分を白状するはずはありません。何か、算段があるのですか?」

「…………」


 カレンは、返事に詰まった。

 沈黙に、ラルフの脚が止まった。


「……もしかして、普通に質問するつもりだったのですか」


 久し振りに振り返ったラルフは、目を丸くしていた。無表情な執事が珍しく、本気で呆れていた。胃が痛い。


「……あはは、ラルフ。片眼鏡が無い顔も新鮮ねえ」

「お嬢様はバカですか」

「はじめてはっきり言われた!」


 頭が回らないのは寝不足のせいよ! と言い訳したが、その後、冷血執事は返事もせず、ひたすらスタスタと歩き続けた。つらい。





「……長い」


 次に言い出したのは、カレンではなくラルフだった。


「ほらぁ、長いでしょ」

「というか、おかしいですね」

「何が」

「このトンネルが脱出用のものならば、もうとっくに外へ出ているはずです。孤児院の周囲には建物も人気もありませんから、出口を作るには好都合なはずです。城壁の外に出口がある可能性も考えましたが……それにしては歩く距離が長すぎる」

「え。でもドイブラーたちもここを通っているでしょう?」

「――違うかもしれません」

「どういうこと」


 カレンの声が真剣になった。続きを促す瞳に、ラルフはゆっくりと、記憶を手繰るように話した。


「爆風の衝撃で意識は曖昧ですが――――思えば、穴に飛び込んでから坂をずいぶん落ちた気がします。もしかして、坂の途中に脇道があったのかもしれません」

「根拠は」

「ドイブラーたちの足跡がありません」


 カレンは膝をつき、地面をじっと見つめた。確かに、いくつもある足跡の中に、新しいものはない。


「入口の穴が塞がっているかもしれない、という先入観でそのまま前進したのがまずかったわね」

「途中に脇道もありませんでしたが、塞がれた穴はいくつかありました。古いトンネルなので自然に埋まったのかと思いましたが」

「あら。そんな穴、あった?」

「ええ。しかし今考えれば、崩れていた場所は、火皿が灯っている場所との境目が多かったように思います。明暗の切り替えで目が慣れないうちに通り過ぎるよう、計算されていた可能性があります」


 カレンよりずっと、ラルフの方が夜目がきいた。

 逆に、だからこそ目くらましにはまって気付かなかったのかもしれない――人の手で潰した穴が、自然の落石で塞がったと見える細工に。


「こういった脱出トンネルは普通、追っ手をかく乱するために複数のルートが作られます。どうやら、私たちはドイブラーとは別のルートに来てしまったようです……気づかず申し訳ありません」


 珍しく素直に謝罪をするラルフ。眉間には、深い皺が作られていた。

 自分の領域である闇の中で、相手の思惑に嵌まってしまったことでプライドが傷ついたらしい。

 滅多に見れない、執事の悔しそうな顔に、カレンはニヤついた。


「……何を笑っておいでですか」

「いや、ラルフでもそんな顔するんだなあって」

「……いつか後悔しますよ」

「落ち込みながら脅すの!?」


 いつでもいつでも、容赦ない。

 でも、脅す元気があるなら大丈夫だろう。カレンは肩を竦めた。

――それに。


「――案外、こっちも正解ルートかもよ」


 カレンは、トンネルの先を見据え、口角を上げる。


「どういうことですか」

「罠もない。脇道もない。ご丁寧に明かりまで点けて。これはご招待されているとしか思えないわよねえ」


 ラルフもカレンに習い、進行方向に顔を向けた。

 先ほどまで真っ暗闇だった前方に、煌々とした明かりが灯り、カレンたちの足元に光の小川が届いている。

 明らかに「ここだよ」と主張している、強い光。

 こんな分かり易い呼び方をする人間は、彼だけだ。


「行きましょう。ヨハネスが歓迎してくれてるわ」

ラルフの機嫌が悪かった。


お読みいただきありがとうございます。

次回更新は、明日9/21夜の予定です。

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