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055.流れで突入するなんて

「レイラ!?」

「姉さぁぁぁぁん!?」


 叫ぶと同時に立ち上がり、小屋の中へと飛び込んでいこうとするテオドール。それを、一瞬で我に返ったカレンが慌てて腰に飛びついて止めた。

 非力上等なテオドールが入っていたところで、猫より役に立たないのは間違いない。


「離せ姉さんが! まな板! どういうことだよ!」

「知らないわよ!」


 抵抗と質問を同時に行う公爵令息に、カレンが返せたのは当然ながら一言だけ。


「誰だ!」


 シスコン弟が本気で騒いだせいで、ドイブラーたちに気付かれてしまった。これも当然である。

 小屋の中がざわついていた。人が増えている気配がするから、ドイブラーの後ろに見えていた扉から追加の手下がやってきたのだろう。この小屋、見た目は小さいが、実は奥に長い造りになっていた。

 外には、暗闇と、手入れされずに生い茂る木々。

 まずい、人数に物を言わせ分散して逃げられたら、見失ってしまうかもしれない。

 んんん、もう! 仕方ない!


「そこまでよ!」


 勢いよく扉を開けたが、正直、台詞に今更感が漂いすぎてて間抜けだった。

 背後の執事から「台詞に知性が足りないですね」とか冷たくつぶやかれた気がするが、聞かなかったことにする。


「貴様、何者だ! どうしてここに」

「お約束の質問、どうもありがとうドイブラー子爵」


 名を呼ばれ、怯んだ様子を見せるドイブラー。それを見て気持ちに余裕が生まれ、不敵な笑みを浮かべることができた。

 本当はもう少しルドルフの前でベラベラ悪だくみをしゃべってもらってから飛び込む予定だったのに、計画が丸つぶれだ。でも、ドイブラーを捕まえるだけならここまでで十分。


「貴方に名乗る名前なんてないわ。トゥーグ鉄鋼会の人間の誘拐、恐喝とカツアゲの現場、押さえたり!」


 指を突きつけ、最後の引導を渡すべく息を吸う。ところが。


「カレンー! 助けに来てくれたのー!?」

「せっかくカッコよく決めたのになんで名前呼んじゃうかなレイラぁ!?」


 吸った息は、捕まっている親友への突っ込みに使われしまった。


「カツアゲですでに台無し。せめて不当強制取引とか言いなよ語彙貧まな板。貧しいのは胸だけにしたら?」

姉弟きょうだいそろって追い打ちかけないでくれる!?」


 さっきまでのシリアス感は、きれいに消滅した。

 意外に元気なレイラの姿に、いつもの調子を取り戻したテオドールが腕組みして鼻で笑っている。

 なんだか泣きたくなった。まさか、最後の大詰めの場面でこんな喜劇を展開することになるとは。


「レイラ……ということは、こっちの女はカルフォーネ公爵家の長女か!」


 扉の外のテオドールを見て、そして改めてレイラを見て、ドイブラーはようやく気付いたらしい。手下に守られ、じりじりと後ずさりながら目を剥いた。

 彼がすぐさま逃げようとしないのは、侵入者が少数で油断しているからというだけではない。退却路のはずだった彼らの背後の古びた扉の前に、いつの間にか回り込んでいたラルフが三日月刀シミターを構えて陣取っているからだ。


「なんで元公爵家の娘が侍女服なんて着て王宮におったんだ!」


 退路を塞がれ、焦りと混乱の吐き場を探して、ドイブラーが破れかぶれに叫ぶ。

 だがそれは現状、カレンたちが最も疑問に思っていたことだった。無意識に答えを求めてカレンたちの視線が、レイラに集まる。

 ここは、生まれながらに空気を読む教育を施された、高位貴族令嬢のレイラ。

 真っ青な顔のまま、引きつった笑顔で答えてくれ。


「カ、カレンと、今朝の話をもっと詳しくしたくて、仕事帰りのカレンを脅かそうと王宮で考えたら侍女服に捕まっちゃった」


 しかし、恐怖がピークに達したレイラの説明は崩壊していた。

「姉さああん!」とテオドールが扉の外で悲痛に頭を抱える。

 頭を抱えたいのはカレンの方だった。

 支離滅裂な説明を親友フィルターで翻訳すると、レイラは、ゲームや『観察者』についてもっと話したくて、出仕最終日のカレンを捕まえに王宮に来ていた。ついでにカレンを驚かそうと侍女服を着たら、変装したカレンと間違われて拉致されたと……。

 ……ていうことは、私のせいってこと……?

 いやいや、不可抗力よ。まさかレイラが侍女服着るとか、囮になるためにフラフラしてハンナより先に捕まるとか、奇跡的なこと起こるなんて予想できないし。

 一方、ドイブラーは、小屋の外に登場した王太子ルドルフの姿に青ざめていた。


「でっ、殿下……!」

「すべて聞いたぞ、ドイブラー。切れ味、頑丈さで戦の勝敗を左右しかねないトゥーグ製の剣をこんな大量に手に入れ、どこに運ぶつもりだったのか……ゆっくり聞かせてもらう」


 元々、器も感情の許容量も小さなドイブラーだ。王太子を狡猾に言いくるめることなど、できるはずもない。


「ぜ、全員、トゥーグの剣を持て!」


 できたのは、攻撃を命じることだけだった。

 ドイブラーの一言で、小屋の中は一触即発の空気が充満する。


「箱の中の剣を取れ! 王太子も側近も、そこの変なメイドと執事、全員()って脱出だ!」

「トゥーグの者たちは、小屋を出てこっちへ! 保護する!」

「なんの殿下、我々も戦います。トゥーグの者で、自分が打った剣を扱えぬ者などおりませんッ」

「カレン、助けてぇ!」


 怒号と悲鳴が入り乱れ、まさしく混乱の渦が狭い小屋の中を襲った。

 はじめに斬りかかったのは、ラルフだった。剣戟はあっという間に広まり、オイル式のランタンが数個しかない小屋の中、男たちが剣を斬り交わす。


「……そもそも、危険水域のイベントに、レイラがヒロインポジションでいるの、おかしくない?」


 そんな中、襲い掛かって来る男たちを無意識に蹴り上げながら、カレンは半ば愚痴っていた。

 ついでに、どうして私が攻略キャラポジションで参加してるの? ――ああ、違うか。因果律によって起こる事件が、後からゲームイベントに当てはめられてるのか。じゃあ、ある程度の条件が揃ってたら機械的に発生しちゃうってことよね。

 巻き込まれる人間はきっとランダム。じゃあ、ゲームの中身を整理して、発生条件が分かれば、危険なイベントの回避もできちゃうってことかしら。


「……って考えたんだけど、レイラはどう思う?」

「わ~ん、カレン~! 何の話か分かっちゃったけど、そういうのは落ち着いてからにして欲しい~! 怖かったぁ~」


 混乱の中、放置気味に隅に追いやられていたレイラをあっさり保護すると、泣きながら強く抱きつかれた。

 レイラの細い肩は震えていた。声は元気そうだが、顔色どころか唇も白い。これはたぶん気絶寸前。気を失ったら荷物になってしまうと思って必死に耐えていたんだろう。「ごめんごめん。よしよ~し、もう大丈夫よ~」と、カレンもことさらに明るい声でレイラの頭を撫でた。

 目的の人質は保護できた。次は。


「ルドルフ! 逃げ道の封鎖と退路の確保!」

「してる!」


 打てば響くようにルドルフから返事が返ってくる。

 言葉通り、彼は小屋の入口という立ち位置を死守していた。

 つい先ほどまで囚われていたトゥーグの若者たちは、体力が著しく削がれていて戦力としては役に立たないため、小屋から早々に離脱させていた。

 その後を追おうとしている(もしくはどさくさに紛れて逃げようとしている)ドイブラー勢を止めているのが、ルドルフだ。

 よし、と頷き、次に声を掛けるのが。


「ついでにテオドール様!」

「ついでって言うな!」


 こっちも打てば響くように怒鳴り返してくる。

 返事は強気だが、テオドールの目は必死だ。姉と同様、彼も血の気の多い現場には不慣れ。剣すら持たず、立っているだけ。けれど、大切な姉を保護するまでは気は抜けないと、脚の震えを隠して扉の外を守っていた。

 カレンはテオドールの勇気に小さく笑った。そうしてレイラを庇いながら刀を振るい、敵味方入り乱れる狭い小屋の中を駆け抜ける。


「貴方の大切なモノ、受け取りなさい!」


 そうして、ルドルフの脇からテオドールに向かって、レイラを突き飛ばした。

 レイラを乱暴に扱いたかったわけではない。

 姉を受け止め「うわぁ!?」とひっくり返る金髪天使を視界の隅に収めながら、身体を返し、振り向きざまに斬りかかってきた男の剣を鍔で受け止めた。こいつが居たから大切な親友を投げ飛ばしたのだと理解してほしい。でないとテオドールは小姑みたいにうるさいから。

 カレンと男の鍔ぜり合いは長く続かなかった。すかさず飛び込んできたルドルフが、相手の男を蹴り飛ばしてくれたからだ。


「やるな、お嬢さん」


 トゥーグ鉄鋼会長が、肩で息をしながら褒める。こちらも、そこそこお年を召している。体力が限界そうだった。


「会長さんも、そろそろ離脱して頂戴。貴方に何かあって証人が減ったら困っちゃう」

「現実的な心配だな」

「お互い目的は一緒でしょう? それに、そろそろ――」

「――なんだこれは!?」


 ドイブラー子爵の驚愕の声が小屋に響いた。

 カレンとラルフを除く全員が、声の主に注目をした。


「剣が、ない! 石ころばかりじゃないか!」


 どさくさに紛れて持ち去ろうとしたのだろう、取引の剣が収められているはずのいくつかの木箱が開いている。だが、中を覗き込んでいるドイブラーは、半狂乱で中身を掘り出していた。


「トゥーグの剣じゃない! これも、これも、この箱も!!」

「バレちゃったわね」


 カレンが二人の男を地に沈め、箱の上のドイブラーを見上げた。

 カレンの隣では、トゥーグの会長が鼻で笑っていた。


「気に入ったか? 鉱山のクズ石をたっぷりと詰めてある。大小よりどりみどりだ」

「お持ち帰りいただいてもよろしいわよ?」

「今日の取引自体、罠だったのか……!」

「あら、貴方が責めるのはお門違いじゃないかしら。トゥーグの将来有望で貴重な人材を誘拐、トゥーグ鉄鋼会に身代金代わりに不利益な取引を求める。そして善良な孤児院経営者を暴力で脅し、取引場所を確保。回りに人気がないのをいいことに、取引を終えたら孤児院ごと焼いて消そうだなんて」

「ぐうぅ……」


 ここまで調べができているとはドイブラー子爵が顔から脂汗を出した。沈黙は肯定。


「なんだと、院を……? ドイブラー、貴様……!」


 孤児院を焼こうとしていたことを初めて知ったトゥーグの会長が、怒りに怒鳴った。


「会長さん、どうどう」

「あの豚、斬ってやらねば気が済まん!」

「殺しちゃ駄目だって。捕えて自白させなきゃいけないことがあるんだから」

「腕の一本でも斬って……!」

「どーどーどーどー」


 会長の怒りも分からなくもない。

 この孤児院の院長は、トゥーグ鉄鋼会会長の長年の友人。そして孤児院を手伝っているアンジェリカという女性は会長の娘だった。

 トゥーグの村の若い者を誘拐された上、大切な友人と娘を殺されかけた。

 この場で切って捨てたくもなるだろう。

 だがそれではカレンも困る。なんせ、ドイブラー子爵は、敵対しているグラム皇国と繋がっている可能性が高いのだ。生け捕りが大前提。


 カレンが体格のいい会長を押さえつけている間に、ドイブラーは腹の肉を揺らしながら、えっちらおっちらと木箱の山を移動していた。

 小屋の入口はカレン、裏口に通じる扉は執事のラルフが立ちふさがっている。

 どうせ逃げられないのに、最後まで悪あがきする奴だ――そう思っていたら、木箱の裏から、ドイブラーが小さな樽状の箱を引っ張り出してきた。

 あれは何。

 確認しようにも、小屋の壁際に積み並ぶ木箱が死角になってドイブラーの手元が見えなかった。

 近づこうにも、カレンがいるのはドイブラーからいちばん遠い位置。次々と扉の向こうから現れ、襲ってくる男たちを捌いていてはキリがなかった。

 ドイブラーが何をしようとしているか。見える位置にいるのは――


「ラルフ! ドイブラーが何か持ってる!」


 だが、小屋は狭いし、障害物は多いし、斬りかかって来る奴らは弱いくせに人数が多い。

 苛立っていた執事は、舌打ちでカレンに返事をした。


「ちょっと今舌打ちしたでしょ!?」

「要求が多すぎなんです――」


 無礼に返そうとして、ドイブラーの手元を確認したラルフが目を瞠った。


「お嬢様、爆薬です!」


 カレンは、ドイブラー子爵が、小さな樽から延びた縄に、ランタンで火をつけるところを見た。

――時差式の爆薬!

 ドイブラーは火のついた縄を投げ捨てた。もみくちゃになっている手下の間をすり抜け、あたふたと逃げて行く。

 カレンは一瞬で行動を決めた。隣を見る。ちょうどトゥーグの会長が、敵を体当たりで跳ねのけた瞬間だった。

 カレンはその身体を思いきり突き飛ばした。

 不意をつかれて踏ん張ることも出来ず、筋肉で重そうな身体はまっすく入口へと飛んでいく。


「爆発するわ! ここから離れて全力で!!」

「カレン!?」


 会長に巻き込まれ、勢いで小屋の外に押し出されたルドルフが、カレンのただ事ではない様子に目を白黒させていた。

 小屋の中では、会長が最後に跳ね飛ばした男が、木箱にぶつかり山を崩していた。

 爆薬の樽が、その下に埋まる。


 カレンは構わず、木箱の山に登った。

 運の悪いことに、樽は無事だった。木箱の隙間に、太り過ぎた豚のように転がっていた。


 木箱の山は厚く、手を伸ばしても届かない距離だった。

 カレンは隙間へ、刀の切っ先を向けた。これならギリギリ届く距離。

 縄を斬る。そうすれば、爆発はしない。


 しかし予想よりも短かった縄は、あっさりと火種を火薬本体のある樽へと招き入れていた。


 音はしなかった。


「カレンー!!」


 微かにルドルフの声が聞こえた。

 それを最後に、カレンの視界は、真っ白に塗りつぶされた。

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