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054.危険水域を思い出した

お久しぶりでございます。

長らくお休みをいただいていたので、ここまでのあらすじをつけました。


また、登場人物の詳細については、各章あたまに置いている人物紹介をご覧くださいませ。


※あらすじが長いので、少し短め。明日また次話の更新をします。


■あらすじ■


カレンは、生まれ変わった場所がゲームの世界だと知っていた。


今の自分は「ヒロインの親友」ポジションで、巻き込まれ死ぬだけの立場。それを避けるため、剣を学び、商会経営で経済力を持ち、この世界で生きる力を努力で身に着ける。


なのに、なぜなのか。

流れは、攻略キャラがカレンと接点を持つようにできているのか。


ゲーム開始時期の夜会――


ここで、刺客に襲われかけた王太子をうっかり助けてしまったことで、カレンは「負けたら王太子妃になる」という賭けをすることになってしまった。


賭けの期間は一年。


何としてでも、王太子妃となることを避けたいカレン。


しかし、集団人さらいの一件では、共闘したことで、王太子とともに近衛騎士マリグとも交流を持ってしまうことになる。(第一章参照)



ここで王太子たちとの関係は終わりだと思ったが、残念ながら侯爵令嬢と生まれたからにはそうはいかなかった。


王太子側近であり攻略キャラの一人であるテオドールの執務室(注:汚部屋)の掃除がようやく終わった! と思ったら、次は王太子の執務室の引っ越しを手伝うことに。


しかしただでは済ませない。

ちゃっかり商会の新商品の原料となる果実を手に入れるため、ルドルフに許可を取り付け、王宮専属の庭師とも接点を持った。

しかし、どうやらその庭師の父親(故人)は転生者だったようで。


ゲームの登場人物以外の転生者の存在を始めて知ったカレン。

そして、ひとつの可能性に思い当たる。


――この世界には、ゲームイベントの全てを知る『観察者』がいる――



だが、そればかりに気を取られていることもできない。


王太子執務室の引っ越しが行われる、その夜。


ひとりの王宮侍女が執務室から消えた。


同時に、テオドールの執務室にも侵入者が。

それは、カレンが追っていた青髪の青年、ヨハネスだった。

敵対する隣国のスパイである可能性がある青年。


潜んでいたカレンと王太子ルドルフは、泳がせるために、わざとヨハネスを逃がす。


ヨハネスを追い、辿りついた先は、ひとつの孤児院だった。

王都の城壁に寄り添うような位置に建ち、院長と手伝いのアンジェリカでひっそりと運営されている、見た目はなんの変哲もない孤児院。

その奥のさびれた小屋の中で、ひとつの取引が行われていた。


何か知っている様子のカレンを筆頭に、王太子ルドルフ、王太子側近テオドール、そしてカレンの執事ラルフが小屋にたどり着いた。


中にはこちらに背を向ける男と、小物悪役のドイブラー子爵。


それを見てカレンは思い出した。

――これ、ゲームイベントだわ。

『危険水域』


 乙女ゲーム『悪魔の遊宴』独特のイベント発動のアラートである。

 突如として画面に現れる、ロゼワインがなみなみと注がれたグラス。美しいのに不安を沸き立たせるそこに、一滴の真紅の雫が落とされる。

 すると薄紅のワインが一瞬にして黒に近い赤に染まり、グラスからあふれ出していく。


 ――The cap was filled――


 杯は満たされた――浮かび上がった文字と共に、攻略対象ではない、別のキャラが動き出す。


『マリグ、シェリルを離せ……! 正気に戻るんだ』

『俺は正気ですよルドルフ。これ以上なく、ね』

『マリグ様……嘘でしょう、あんなに優しかったのに……』

『ああシェリル、陰謀と危険まみれの王都ではなく、遠く安全なところへ逃げて穏やかに暮らしましょう。一緒に、二人で、永遠に』


 さびれた小屋の奥、相対する乳兄弟を見ることなく、薄らと笑った紫水晶の瞳は空虚で、奥に狂喜の色を宿していた。

 ヒロインであるシェリルは、マリグの逞しい腕に捕えられたまま、恐怖に息をのんだ。

 ルドルフは唇を噛み、何かに耐えるような表情をした後、覚悟を決めて剣を抜く。

 悲哀に満ちた背に、王太子のマントがはためいた。


『私のシェリルを返してもらう――!』


 ……この世界に生まれ変わった今では、なんて酷いシーンなんだろうと力が抜ける。

 だが当時、この危険水域シーンは、マニアなファンにとても人気があった。

 美形キャラの闇の側面を見つつ、攻略中にキャラが命がけで助けてもらえるという一挙両得イベント。

 孤児院の一角にある、この小屋のシーンもその一つだった。

 ここで示される選択を間違えれば、監禁エンド。

 両脚の健を切られて、一生籠の鳥生活だ。


 あの清廉紳士のマリグが、まさかの闇落ちヤンデレ化。

 本当に耐えられない。

 柔らかな物腰、気遣い抜群の彼が、狂った笑みでヒロインの頬を愛し気に撫でるところなど、今見たら「やめてくださいお願いします」と泣いて土下座してしまう。


 生まれ変わって、心の底から思う。


 リアルヤンデレなぞいらぬ。人間、健康がいちばんだ。


「ふざけるな……!」


 男の声に、カレンは現実に戻った。

 突然思い出したゲームシーンが衝撃的で、小屋の中を覗くのを忘れてた。顔を覆ってうな垂れていた隙に、ルドルフがちゃっかりと横取りして壁の穴に目を当てている。


「ちょっと、どいて」


 素直に場所を譲ったルドルフが「自分の世界に籠るにしても時と場所を考えろ」と嫌味を飛ばしてくるのが気に食わない。人の動揺を知りもしないくせに。


 ルドルフが移動し、別の小さい穴から中を伺うのを横目で見て、カレンも再度小屋の中の様子を確認した。


 小屋の中は、先ほどと人が増えていた。

 記憶ゲームでルドルフが背を向けて立っていたその位置に、恰幅のいい男が立っているのはそまま。だがその後ろに、若者二人が増え、恰幅のいい背中に庇われて立っていた。

 若者たちの服装は、背中を向けた男と似た平民服。ナイフでお互いに手首の縄を切り合っていた。ドイブラーに捕らえられていたのを解放さた直後のようだ。

 若者たちは、長期間拘束されていたせいか脚がふらついていた。しかし取引は続いているようで、まだドイブラーたちに油断のない視線を送っている。


 若者たちを助けた男は、再度ドイブラーに要求していた。

 

「隣にお前が捕えている女性もこっちに渡せ、と言っているんだ。どうせ、どこからか攫ってきたんだろう」

「おやおや、こちらがお支払いする分は当初から決めていたはずです。それでは公平な取引にはなりませんよ」


 よく肥えた頬を歪めて笑みを浮かべるドイブラーの返事に、男は盛大に舌打ちした。

 舌打ちで顔を背けたことで、初めて横顔が見える。

 逞しい顎に髭をたくわえた、精悍な初老の男性だった。


「公平とはどの口が言う。身代金に、我らの生産量限界ギリギリの納品を要求した豚が」

「おやおや、何者かに拉致されたお仲間を助けたのは私ですぞ。その礼に、貴殿らの技術を集めた製品を安く譲っていただいただけ。何がおかしいことがありますか、ねえ、トゥーグ会長?」

「トゥーグの名は誇りだ。貴様の醜い口で、我らの名を呼ぶな」


 男は、個性の強い職人たちをまとめる、威厳のある声をドイブラーにぶつけた。


「トゥーグ鉄鋼会……!」


 カレンの隣で、ルドルフが小さく声を上げた。

 彼が驚くのも無理はない。

 トゥーグ鉄鋼は、国内外にその名を轟かす鉄の技術集団。製鉄法から加工法までを集団内で秘し、父子相伝でしか伝えない。

 組織の名の元となったトゥーグの村は、王都から馬車で丸一日の山の中。

 こんなに距離が近くても、トゥーグの人間の顔を知る者は殆どいなかった。継承者の顔を知られることがないよう、交渉役専門の者が少数外に出るだけで、技術者どころか会長さえも外部との接触を行っていないからだ。

 ルドルフが「どうしてこんな取引があることを知っているんだ」とカレンに視線を寄越すが、無視してやった。

 今は突入のタイミングを計るのが優先だ。


 小屋の中ではまだ会話が続いていた。


「貴様の顔など二度と見たくない。約束通り、今日で取引は終了だ」

「残念ですなあ。こんなによい品を納めていただけていたのに」


 そう言って、ドイブラーはランタンを手に、手下が開けた木箱の中身を覗き込む。

 中身は、剣。

 ドイブラーは一本を取り出した。そこにオイル式のランプを掲げる。

 美しく炎を反射させる剣の刃。何度も剣の角度を変え、その輝きを満足そうに眺め、出来に頷いた。


「やはりいい品ですな――本当に残念です。今日は、約束の期日より十日も早くお会いいただけたものですから、ようやく会長も我々に友好的になったのだと喜んだのですが」

「貴様との縁を一日も早く切るためだ。……そうだな、喜ばせたついでに利息代わりとして、その女性をこちらへ寄越してもらおうか」


 会長の言葉に、ドイブラーは目を丸くし、「ほほっ」とわざとらしく驚いた顔で笑った。

 脂ぎった唇が丸くなって、ちょっと気持ち悪い。


「おやおや、会長も諦めが悪くていらっしゃる。まあ、確かにこの女、なかなか上等ではありますが」


 と、俯いていた侍女の細い顎を掴み、トゥーグの会長に見せつけるように上向かせた。

 長い金髪の巻き毛がさらりと落ち、白い顔が露わになる。


「いっ!?」

「えっ!?」


 小屋の外、それぞれ中を覗いていたメンバーの中で声を上げたのは、カレンと、テオドールだった。


「レイラ!?」

「姉さぁぁぁぁん!?」


 そこに居たのは、カレンの大親友、レイラだった。

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