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048.不本意な空間

「しっかし、殿下の執務室に侵入しようとするなんて、大層なことをする奴もいたもんだな」


 夕方。旧王太子執務室。


 引越しの荷運びに担ぎ出された近衛騎士がひとり、同僚に軽い口調で話しかけた。

 大人がひとり、横になれるほどのソファーを運びながら軽口を叩けるのは、さすが鍛えているだけある。

 話しかけられたもう一方の騎士は、背面――進行方向を見ながら慎重に歩を進めた。


「お前は気楽でいいよな。俺たちはその日、王族区域こっちの警備担当だったから大目玉だったんだぞ」

「すまんすまん。今日の手伝いで許してくれ」

「……まあ手伝いはありがてえよ。警戒レベルが上がって人手も足りねえのに、今は出入りが制限されてっからな……おっと、止まってくれ、ドアにぶつかる」

「了解……っと。……そういや、賊の目的は分かったのか?」

「いーや、全くだ。目星もつかねえ。殿下がお持ちの情報のどれかだろうけどな……っと、もういいぞ……で、お引越しだ。この忙しい時期によ」

「グラム皇国の侵攻にピリピリしてる時になあ……やっぱ賊はグラム関係者かな」

「だろうな。殿下の部屋には軍事機密が山盛りだから」

「――オイ、お前ら」


 二人がぎくりと振り返れば、廊下に、腰に手を当てた壮年の騎士が立っていた。


「おしゃべりしながら作業とは余裕だな?」

「た、隊長」

「機密事項をベラベラしゃべっとらんで口を閉じてさっさと行け! 日付が変わるまでに全部の荷物をきっかり運びきれよ!」

「ハッ!」


 冷や汗をかきながらワタワタと去るソファーと騎士二人を見送り、騎士隊長は室内を見渡した。


 すっかり空になった書架。替わりに荷物が詰め込まれ、大量に積み上がった木箱。

 もくもくと作業をする下っ端騎士たち。

 そして壁際には、緑色の侍女服の背中。書籍を箱に詰めているようだ。

 わざとらしいほど鮮やかな金髪が、夕焼けに輝いていて眩しい。


 身元不明の王太子付きの侍女だった。

 実は、彼女に関しては「近寄るべからず、話しかけるべからず」と命が出ている。

 隊長は眉を寄せた。

 本音を言えば、先日何者かが押し入ろうとしたこの旧執務室に誰と分からない者を入れたくはなかった。が、文句も言えない。近衛騎士たちは近寄ることもなく、彼女を遠巻きにしていた。

 しかし、もう夕方。彼女はもうすぐ抜けるだろう。

 今日が最後の出仕だという噂だし、明日からはいつも通りだ。


「さて、と」


 それよりも荷物を運ばねば。


「しかし、こんな大きな箱、どこから……」


 室内を改めて見回してみれば、室内は大小様々な木箱で埋め尽くされていた。

 一人で運べるサイズもあれば、先ほどの三人掛けソファーと変わらないサイズの箱もある。


「何を入れるために持ってきたんだ」


 こんなデカイ箱に荷物を詰めたら、運ぶのはおそらく四人がかり。


「できるなら使うのは避けたいところだな……」


 腰を痛めるのだけは御免こうむりたい。

 この大きな木箱を避けたとしても、それ以外にまだ相当数の荷物がある。

 ……大仕事になりそうだ。

 騎士隊長は袖を撒くり、覚悟を決めた顔で部屋へと脚を踏み入れた。


 ◇◇


 タイミングが悪かったのかもしれない。


 気付けば、旧執務室には騎士がほとんど残っていなかった。


 作業は、こちらだけでなく、離れた場所にある新執務室でも行われている。荷物が新執務室に偏るにつれ、自然と旧執務室の騎士の数は減っていた。


 王宮の壁には電灯がつき、室内を昼間のように……とはいかないまでも、夕暮れ前ほどの明るさで照らしている。


 疲れも感じ始め、騎士たちは無言。

 一人の下っ端騎士が、荷物を移動させるため、箱を持って部屋を出ようとした。

 そこに入れ替わる様に、女が入ってきた。

 緑のドレスを着た金髪の女。

 王太子付き侍女だ。

 てっきり帰ったと思ったが、まだ残っていたらしい。

 出て行こうとした騎士は、すれ違いぎわ、侍女の顔を初めて見た。

 美人だな。

 相手に分からない程度に目を見張り、騎士は思った。

 あれなら王太子が見初めるのも仕方ない。そう納得し、部屋を後にした。


 そして、残ったのは、下っ端騎士二名だけ。


 女はキョロキョロと室内を見回すと、一瞬戸惑ったようなしぐさをし、そっと部屋に入って来た。

 足元には、まだ片付いていない書類の束。

 うっかり踏みかけ、慌ててそれを拾い上げようと、しゃがみこんだ。


 その背に。

 音もなく二つの影が落ちた。

 部屋に残っていた下っ端騎士二人が無言で立ち上がり、素早く女に近づいたのである。


「――!」


 気配に気づいた女が振り向く。が、その顔を確認するより前に、女の頭に剣の鞘が振り下ろされた。


 鈍い音と共に、女の体が地面に落ちる。


 騎士二人は、意識を失った女を抱え上げ、大きな木箱に収め、蓋をした。

 そしてそれを持ち上げ、引越しの荷物を運ぶような顔をして部屋から運び去って行った。



 ◇◇



 暗く狭い密室に、カレンは横たわっていた。


 カレンのような小柄な女性でも、なんとか一度寝返りが打てる程度の幅の狭い場所。天井板は、仰向けに寝た状態で腕を垂直に上げて、肘が当たる程度の高さ。

 窮屈に感じるが、縦の長さは十分にあり、脚を伸ばしても余りがあるのは救いだった。


 まるで棺桶のような空間。

 かれこれ数時間、カレンはここに居た。

 いい加減身体が固まりそうだ。


 壁には穴がいくつも空いていた。ところどころの隙間から光が入り、身体や底板にまだらに模様を作り出している。

 スポット的に落ちた光に、カレンが被っている金髪カツラが光った。随分とお世話になっている変装用カツラだった。


 暑いけど、まだ少し取るわけにはいかないのよね。


 手で軽く顔を扇いで、ふうっと息を吐いた。


 と、そのとき。空間の天井が開き、薄らとした光が射した。光は横一文字になったか思うと、あっという間に広がって面になる。天板が誰かによって開かれた。カレンは身体を固くした。

 今は夜。入って来る光も眩しくないため、蓋を開けた人物の顔はすぐに確認できる。カレンはその顔を見て目を丸くした。

 その人物は、こちらに手を伸ばしたかと思うと――なんと、カレンの入っている箱の中へするりと身を滑り込ませてきたのである。


「うーっ」


 空間が狭いせいで、入ってきた人物は半分、カレンの上に乗っかる形になった。重い。

 カレンは重さに呻き、ジタバタと空間の隅に移動する。

 カレンが寄ってできた隙間に、相手はすっぽりと収まった。

 向かい合う形になり、カレンはキッと相手を睨んだ。


「何で貴方が来るのよ、ルドルフ」


 問い詰める声は厳しいが、細心の注意を払った小声である。


「多分お前と同じ理由だな」


 細い光に照らし出された青い目が、楽しげに細められた。

 王宮に隠れ、時を待っていたカレンの前に、一番面倒な相手が現れた。



 ◇◇


 こうなった経緯を説明するに、時間を少し巻き戻す。


 夕方、引っ越し作業を終えた後、カレンは帰ったフリをしてもう一度王宮に戻ってきていた。

 戻った先は、側近テオドールの執務室。


 このときのカレンは、裾の長い侍女服ではなく、膝丈スカートの動きやすい王宮メイド服だった。もちろん金髪カツラは装着済み。

 メイド服のヒラヒラスカートがどうも可愛らしすぎて似合わない気がするが、王宮ではこの恰好の方が目立たないから仕方ない。


 このメイド服、何気なく着ているが、実は、王宮の制服なので相当厳重に管理されている。つまり、そこら辺のコソ泥程度では変装に使えないシロモノ。

 なのにカレンがこの服を持っているのは、ひとえにカレンの経営するクォルツハイム商会がこの服のデザイン元であったから。

 職権乱用とルドルフは怒るかもしれないが、そもそも、自分を囮に使おうとしている相手に配慮する義理はない。


 近衛騎士の厳重な警備の中を堂々と進み、テオドールの執務室にあっさりと着く。


 本人が不在なのは初めから把握していた。

 部屋の主が不在のため、立哨の騎士も、他の人影もない。

 ポケットから、先を複雑に折り曲げた針金を取り出し、鍵穴に差し込む。慎重に動かせば、鍵がカチャリと開いた。

 ラルフ仕込みの鍵破りだった。


「良い子は真似しちゃいけません……」


 誰に言うでもなくつぶやき、後ろ手に扉を閉める。

 部屋の中は、思ったよりも整然としていた。

 可憐による汚部屋掃除以降、テオドールは律儀にも整理された状態を維持しているようだ。


「よしよし、キレイに使っていて偉い偉い」


 よっぽどテ汚ドールと呼ばれるのが嫌らしい。


 必死にキレイを保っている部屋の主を小さな声で褒めてから、カレンは部屋の中央にある応接セットに近づいた。

 そして、三人掛けの大きなソファーに近づき、座面を持ち上げる――と、座面が丸ごと浮き、蓋のように開いた。

 中は、空っぽ。


 そう、ここは大きな収納スペースだった。

 木彫りの細工を施した箱状の土台の上に、クッションと背もたれがついた、大きな収納型ソファー。片付けられない男、テオドールのために作られた数々の収納のうちのひとつ。

 棺桶のようなそれに、カレンはするりと入り込み、そっと蓋を閉める。そうして息を殺し、タイミングを待つ。


 今夜、ここに来るだろう相手を待って。


 ――ーだが。


「なんで貴方が来るのよ」

「多分お前と同じ理由だな」


 違う! 待ってたのはこの男じゃない。

 夜目がきくカレンには、王太子の表情が丸見えだった。

 どうしてそんなにキラッキラした笑顔なのか。


「くっつかないで。離れてってば」


 寄せてくるルドルフの胸を押して距離を取ろうとするが、相手の身体は動かない。

 柑橘系のさっぱりした香りが,狭い空間にじんわりと広がってきた。以前も嗅いだことがある、ルドルフの香り。着替えて薄まってはいるが、身体に着いた香水は消えきれず、密室でふんわりとただよった。

 嫌いな香りじゃない。けど、なんだかいっとう落ち着かない気分になった。


 隠れるつもりなら香水くらい落としてきなさいよ~!


 さらにぐいぐい押すが、ルドルフが渋い顔をした。


「無理を言うな。この狭さではこれが限界だ」


 ルドルフの言うことの方に理がある。そしてやはり胸板の位置は変わらず、カレンの背が反発力で壁に押し付けられるだけだった。

 それどころか。


「暴れるな。隠れている意味がない」


 そう言ったルドルフの胸に抱きこまれてしまった。


「……~~~~!!」


 ――この……っ!


 ゴッ、という鈍い音が、夜の闇に包まれた執務室に響いた。

さて、何が起こったのでしょう。

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