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004.無関係のはずでした

ようやく王太子たちが登場。

『どうされました?』


 東屋で靴を脱ぎ素足になるシェリルに、夜会を抜け出してきた王太子が声を掛けた。

 その後ろには近衛騎士も付き添っている。

 シェリルは驚いたものの、すぐ赤くなって俯き、恥ずかしそうに答える。


『王太子様……!あの、実は慣れないヒールで靴ずれが……』

『どれ』

『あっ……』


 王太子は膝をつき、シェリルの脚を手に取った。


『あ、あの……あまり見ないでください』

『恥ずかしがらなくていい。ああ、これはひどい。マリグ、今日侍医は来ていたはずだな』

『はい、いつもの控えの間に』

『よし』


 言うと、王太子はシェリルの膝に手を回し、担ぎ上げた。

 突然持ち上げられた彼女は、急に高くなった視線に驚き王太子の首に手をまわして身体を支える。


『きゃっ』

『そう、それでいい。ちゃんと捕まっていろ。手当してやるから』

『……はい』

『貴女は、何度か夜会で見かけたな。……名前は?』

『シェリル。シェリル・サーミュラーです』

『いい名だ』


 シェリルの顔はますます赤くなる。王太子がそれを見て微笑んだ。


『!』


 甘くなりかけた空気を切るかのように、突然、近衛騎士のマリグが剣を抜き、闇に向かって打ち払った。

 茂みから黒ずくめの男が飛び出し、切りかかってきたのである。


『襲撃か!』


 王太子はシェリルを下ろし、背にかばう。

 近衛騎士からの打撃を数合打ち合って抜いた男は、後ろに居た王太子に向かって飛びかかってきた。だが――狙いはシェリル。


『きゃ……!』


 悲鳴を上げる彼女を守り迎え撃つ王太子に、襲撃をかけた男は歯が立たない。

 そして後ろからマリグが応戦したタイミングで決着がついた。


 地面に沈む男に、剣を収めた王太子が言葉を落とす。


『この王宮で襲撃など馬鹿げたことを。一体誰に、』

『誰だっ!』


 マリグが背後の気配を察し駆けだす。そして物陰に隠れていた人物の腕を掴んだ。


『やめなさい!この手を離すのよ!』

『……レイラ様』


 動揺するマリグ。

 それを見て王太子は冷ややかな表情を顔に浮かべる。


『レイラ嬢、貴女がこの男を使ったか?』

『そんな男知らないわ!でも殿下がその女を守る必要もないのではなくて!?貴方の婚約者はわたくしよ!』

『それが動機か……マリグ、レイラ嬢を王宮へ』

『はっ』

『離しなさい!わたくしは関係ないって言っているでしょう!』


 連行されていくレイラを見送り、王太子はため息をついた。


『巻き込んですまない。彼女は公爵家の人間だ。これで罪に問われることなどないし、また同じことを繰り返すかもしれない。私の傍は危険だらけだ。親しくしない方がよいかもしれんな』

『そんな……。もうお会いできないのですか?』


 目を見開いた王太子は、次にはゆっくり頭を振った。


『……いや、貴女が望むなら』

『望みます。またお会いしたいです』

『……ああ』


 月に浮かぶ二人のシルエット。

 ここから王太子との密やかな逢瀬が始まる――



 ◇◇



 ……なんというか、現場に来ればゲームのシーンが思い浮かぶものである。

 正直、年々前世の具体的な記憶が薄れていたが、きっかけ次第なのかもしれない。


 さてこのイベント。

 最重要警護対象の王太子が偶然庭に居る訳ないだろとか、暗殺者差し向けて現場に居るなよ悪役令嬢とか、恋に落ちるの早くね?とか突っ込みどころ満載のイベントではあるが、そこはご都合主義の恋愛ゲーム。


 が、しかしレイラはもう悪役令嬢でないのである。暗殺者が出てくる訳がない。


 もう一度言おう。


 出てくる訳がないのである。


 ……なのに、現実とは恐ろしい。


 女三人で東屋に居ると、そこに王太子と近衛騎士が現れた。

 そしてなんと、続けて暗殺者も現れたのである。


 きゃーきゃーと騒ぐシェリル(ヒロイン)に、ゲーム補正恐るべし!と固まるカレンとレイラ。


 暗殺者は見事攻略キャラ二人が撃退してくれたが、レイラが巻き込まれ、軽い怪我をしてしまった。


「大丈夫か、レイラ・モートレイ子爵夫人」

「ええ、腕を切っただけで大事ありませんわ。王太子殿下」

「ご婦人に傷を負わせてしまった…すまない。手当をさせよう。…おいマリグ、夫人を個室へお連れしろ。侍医を呼べ」

「はっ」


 王太子も近衛騎士もカレン達も、子供のころに何度か会っているため少しだけ気安い。

 すぐに、王太子の乳兄弟であり近衛騎士であるマリグは、青ざめたレイラを伴って去って行った。

 ここでマナー上、親族でもないカレンがレイラに同伴することはない。救急車と一緒である。またあとで見舞うわ、と目線でレイラに伝えた。


 そして残ったのは一名の騎士と王太子、そしてカレンと、ヒロイン。

 他の騎士は周囲の再警戒に散ったため人は少ない。


「あ、痛い、足が…」

「どうした。怪我をしたか。ええと貴女は……」

「は、はい、シェリル・サーミュラーですわ。殿下。実は慣れないヒールで靴ずれが……」


 このタイミングでゲーム通りのセリフを出すとか、空気読めない感すごいなヒロイン。


 王太子は一瞬ぽかんとしたが、すぐにまじめな顔で対応した。


「そうか。では手当をさせよう。おい、彼女も侍医の元へお連れしろ」

「畏まりました」

「あ?え?」


 当然と言うか何というか、シェリルは名もない騎士に伴われ退場した。…何だか可哀想になったのは私が優しいからだろう。


「カレン侯爵令嬢、巻き込んで悪かったな」

「え?あ。ありがとうございます。殿下にもお怪我がなくて何よりですわ」

「面白い人だな」

「え?」

「こんな状況なのに顔色ひとつ変えない。襲撃を受けている間もそうだった。……まるで慣れているようだ」


 面白がるような王太子の言葉に一瞬顔が強張りかけたが、気合で表情筋を動かし怯えた顔をする。


「そんな。酷いですわ。突然のことに戸惑っておりましただけですのに……」


 武術を一通り学んだカレンは、もちろん暗殺も想定した剣術も身に着けている。実際、ゲームと関係なく身分的に狙われる事も少なくなく、幼い頃から幾度と命の危機にさらされていた。

 家族は知る由もないが、この年で人を殺めた経験もあった。もちろん望んだことではなく、身を守るためである。

 まあ要は、大した腕もない暗殺者一名と腕の立つ二人の立ち回りを安全圏から見る程度、舞台で殺陣たてを見るような感覚なのである。


「悪かった……。からかうような事を言った」


 一応騙されてくれたのか、王太子は眉を下げ謝罪をしてくれた。

 誤魔化せた、と思ったとき。


 カレンの向い、彼の背にある茂みが微かに動いた。

 それとともに殺気が発せられ、全身黒づくめの男が剣を振りかぶって飛び出してくる。


 狙いは王太子。


 さっきの暗殺者は囮だったか。気づくが、王太子の反応が遅い。


 間に合わない。


 とっさにドレスを捌きすばやく王太子の背後に回ると、持っていた扇で男の剣を受けた。


 きいぃん、と金属音が響く。

 この扇は金属を埋め込んだ特別性だ。護身用であるので当然、剣を受ける程の強度はない。


 カレンは勢いを流すように扇を傾け、男の剣を滑らせて避けた。

 同時に反転し、肘で男の鳩尾を突き飛ばす。軽い体重で気絶させることはできないことは承知の上。身体を低く沈めるとヒールを履いた足を回しよろけた男の脚を払い、転倒させた。


 この間4秒。


 この頃になると王太子も状況を把握し、剣を抜いて倒れた男の喉元に突きつける。


「上手く気配を殺していたな……。先ほどの男と共犯か。ゆっくり吐いてもらうぞ」


 周囲に散開していた騎士達も駆けつけ、男は縄でぐるぐるまきにして連行された。


 で、カレンはというと。


 暗殺者が連行されるのを見届けるためゆっくりその場に留まる……訳がない。


 さっさととんずらした。

 正確には、とんずらするため馬車に乗るべくエントランスホールに向かっていた。

 令嬢があんな体さばきをしているのを見て、王太子に根掘り葉掘り聞かれては堪らない。正当防衛とはいえ人を殺した経験があることがバレたら、社交界から追放され、実家にも迷惑がかかる。

 さっさと帰って、また病弱演技を再開ししばらく家に籠ろう!そう決意をしていた。


 ホールの手前には夜会場がある。現在ダンスが佳境で人が溢れているので、まずそこに紛れてしまえば見つからない。

 カレンは回廊を急いだ。


「どこに行く気だい。カレン」


 目の前に 王太子が あらわれた


 昔のRPGゲームの表示が目に浮かんだ。

 うまく逃げたと思ったのに。


 しかもさらりと幼い頃のように名前を呼ばれている。


「先ほどの体術は見事だった。私に気配を悟らせない暗殺者を事もなげに撃退するとは…恐れ入ったね」


 両手を広げ、滑るようにこちらに近づいてくる。

 避けようと廊下を左右に動くうちに、壁際に追いやられてしまった。


 あと一歩の距離に詰め、王太子が優雅に問いかけてくる。低く美しい声が回廊に響いた。


「一体貴女は、何者だ…?」

「……ご存じのとおりジェイド・クォルツハイム侯爵が第二子、カレン・クォルツハイムですわ」

「そう。病弱な(・・・)カレン・クォルツハイム侯爵令嬢だね」


 イヤミか。イヤミだな。


「その病弱な侯爵令嬢が、どうしてあんな動きができる?……貴女は何を隠している?」

「何も隠してなどおりませんわ、王太子殿下。自分の身を守るため精一杯のことをしているまでです。守られるだけなのは性に合いませんの」


 全てを説明する必要もない。だが嘘を言うとまずい気がしてほんの少し真実を伝えた。

 下手にはぐらかして場が長引いても事だ。


 具体的に説明もせず納得してくれるかは疑問だったが、以外にも彼はあっさりと頷いた。形の良い顎に手を当て、ふむと独白する。


「なるほど。立場があれば危険もある……私も先程のように狙われる身だ。自分を守る術を身に着けることが悪いことだとは思わん」


 よっしゃクリア!王太子チョロい!と見えない場所で拳を握る。

 …しかし甘かった。


 王太子は素早い動きでカレンとの最後の一歩を詰め、両側を腕で塞いだ。

 鼻先、息のかかる距離に王太子の顔が迫る。


「だからと言って女性の身であの動きは普通ではない。……貴女はまだ何かを隠しているね」

「しがないいち令嬢ですわ……買い被りです」

「はは。誤魔化し方が堂に入ってるね。本当にとても興味が出てきた。貴女の事が知りたくなったよ」


 そして王太子は美声に壮絶な色気を含めて耳に囁いた。


「女性の秘密を暴くのは……興奮するね」


 背筋に寒気が走った。


 忘れてた、こいつドSだった!!


「カレン、私と遊ぼう?私から逃げきったら貴女の勝ちだ。私が秘密を暴き、貴女を捕まえることができたら……私の妃になってもらおう」


 えええええええええええ!?

 カレンは心の中で絶叫を上げた。


 いやいやいや、それおかしい、すごくおかしいよ殿下!

 ヒロイン、ヒロインどうした!!おーい、ここに王太子いるよ!?攻略してー!!


 絶賛混乱中の頭の中など無視して王太子は続ける。


「私ももう二十一歳でね。婚約者を決めないといけないのだが、その辺の令嬢は皆同じでつまらない。政略結婚だからと諦めていたけど……貴女はとても面白い。楽しめそうだ」


 熱の込められた青い瞳がカレンを射抜く。


 ……なぜ、王太子を助けてしまったんだろう。

 カレンは現実逃避でぼんやりと考えた。


 考えてみれば、か弱い令嬢が目の前で王太子が刺されようと普通何もできるはずないのだ。放っておけばよかったのだ。王太子が死んだら国家的大問題だが、私には何の影響もないはずよね。

 自分が王太子ルートに入ってどうするの。このままでは、悪役令嬢レイラの立ち位置が私に変わるだけじゃない。


 そこまで考えて、はっと気づいた。

 自分が悪役令嬢ポジションになってしまう?

 そして王太子ルートでの悪役令嬢は……たしかハッピーエンドで処刑、バッドエンドでも生涯幽閉の上毒殺……


 冗・談・じゃ・な・い!!


 ヒロイン親友より質が悪い。それなら親友ポジションでさっさと殺される方がましだった。


 カレンは一瞬で現実に戻った。


「……その条件では、私が勝ってもメリットがありませんわ」


 王太子権力を使われたら逃げられない。ここは賭けに乗って逃げる可能性を残した方がマシだ。


「いいだろう。勝ったら何が欲しい?」

「王太子妃候補から完全に外れる権利を。そして婚姻選択の自由を」


 十八歳になった侯爵家のカレンは、王太子候補に挙げられていた。病弱ということで末席ではあったが。

 そして貴族は親同士で決める政略結婚が当たり前だ。自分も例に漏れない上、身分があるだけに拘束も強い。しかしそれではいつまたゲームに巻き込まれるか分からなかった。

 だが婚姻の選択さえ確保すれば後は身に着けた知識で何とかなる。


「褒美が二つとは贅沢だね」

「お言葉ですが、殿下の出した条件も二つでしたわ。秘密を暴くこと、私を捕まえること」

「私の方が不利な条件だと思うが?」

「私がこの賭けに提供するものが二つ、と理解致します」

「……なるほど面白い解釈だね。分かった飲もう。さて、貴女の欲しいものだが、前者は可能だろう。しかし後者は貴女の家の問題では?」

「貴族の結婚は国王陛下の承認が必要です。殿下が裏で手を回し、私が望む相手のみとの婚姻を許可してくだされば結構です」

「陛下の決を王太子の私が左右できると?」

「可能でしょう。殿下なら」


 王太子が、婚姻を含む貴族管理を司る貴内省の実質的最終権限を握っていることは分かっている。そして王の承認は形骸化している。

 王太子妃候補に口出ししたいがため、彼が手をまわして実権を握ったのだ。真面目なのか馬鹿なのか分からない。


「……やはり貴女は面白い。益々欲しくなった」

「…恐縮ですわ」


 半目で返してやる。


「勝負だ、カレン。期限は王太子候補選出期限の一年後。本気で追い掛けるから……覚悟しろ」


 言葉とともに、唇が重ねられた。


 目を見開いた私の視界に、悪魔のような笑みを浮かべた美形の王太子の顔があった。


「では、ゲームスタートだ」



 私は、何を間違えたんだろう――

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